「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

「落語のネタ帳、その13」

 清八でございます。
長くベルギーの話を書かせていただきましたので、久しぶりに噺家に戻ります。

「武士の商法」という死語があります。明治維新によりお侍が士族と身分を変えられ、奉還金を元手に様々な仕事に手を出します。それまでが頭を下げたことのない方々ですし、世間知らずですから、今で言うブローカー・プランナー・コンサルタントに騙されて失敗して丸裸にされてしまいます。その時代にも庶民(これも死語になっているようですが)が言い出した悪口なんだそうです。

 大きなお屋敷に暮らしておりましたお侍、奉還金をいただいて悠々自適の生活に変わった のですが、毎日毎日退屈でしょうがありません。そこで、何か商売でもと、以前から出入りしていた鰻割きの職人を呼び「鰻屋」を開業することにしました。ところが、この職人が酒乱でこれまでにも度々トラブルメーカーで困っていた職人でした。そこで、オーナーはこの 板前に「酒を絶つ」という条件提示で契約しました。ところが、オープン初日の片付け後に うっかり呑ませてしまい、結果、一杯が二杯、三杯となってしまい旦那や客の悪口で大喧嘩、飛び出してしまいました。翌日、心配していると「昨夜は申し訳ない。もう二度と呑みません」と仕事に戻りました。ところが、仕事が終わると、一杯が二杯、三杯の連日連夜の酒乱状態。とうとう、仏の顔も三度、縁切りとなってしまいます。

 お店の方はといいますと、この職人の腕が良かったものですから、オープン初日のリピーターさんたちが連日押しかけております。「中串を三人前ばかり頼む」と言って二階の座敷に二人連れが上がってしまいました。さぁ、困ったのがこのお侍、今日は職人が居なくてできないとは言えませんので、自ら手を出すしかありません。

 鰻の桶に手を入れて掴もうとしますが、「この鰻は、この首が急所であるから、この親指と人差し指で、………、と逃げてしまうであろう。他の鰻が安心をしているところを見すかして、………、と逃げてしまうであろう。では、卑怯ではあるがうしろの方から急所を、………、と逃げてしまうであろう」
「旦那様、つかまらないではございませんか」「うるさい。ザルを持ってまいれ。よいか、こちらから追うぞ。よいか、そのほうがザルに入れよ。やっと、入ったな。それでは、いよいよ料理にかかるぞ。しかしながら、ヌルヌル抜けてしまって、 まな板に移せないではないか」「あの、旦那様」「何じゃ」「漬物に使っております糠を振りかければ」「よい知恵ではないか。糠をかけて、それ、まだヌルヌルして抜けてしまうな。かようにいたそう。拙者が鰻をつかむ。抜けて頭を出したところに、そのほうがすりこ木で頭をポカとやれ」「いざ、いざ、よいか、それ、ここじゃ。あっ!痛い。拙者の頭じゃ」やっとの事で、まな板に乗せましたが、「その錐を持ってまいれ。その錐を。頭に打て、頭に。拙者の頭ではない。………、仕留めた、仕留めた。包丁を持ってまいれ。この首のところに包丁を入れて、あっ、首が取れてしまった。首などは、どうでもよい。この腹を裂かんとな。あっ、逃げた、逃げた、頭の無い鰻が逃げた。(手で鰻を掴んでいるイメージです。握った指の間からヌルヌル抜け出して上へ上へ)「これ、その踏み台を持ってまいれ、踏み台を」(手を前に向けると、今度は前へヌルヌルと)「これ、そこの戸を開けなさい、戸を。履物を出さんか、履物を」「旦那様、鰻を持ってどちらへおでかけになるんでございます」「拙者にわかるか、前にまわって鰻に聞け」

 夏場の寄席では、毎日のように演じられる「素人鰻」という落語なのですが、動き・しぐさはイメージ願います。

 さて、お亡くなりになられた杉浦日向子さんの著作にあったのですが、鰻屋というのは、江戸時代はデートの場所になっていたんだそうです。当然、注文してから鰻を割いて焼くわけですから一時間はかかります。店の人が、離れのお座敷に熱燗とつまみを置いていって出来上がりまでは誰も声をかけない、というシステムであったそうです。ですから、当時は女の子から「鰻屋に行こう」と誘われたら、男の子はドキドキしたんだそうです。しかも、男の子からは誘ってはいけなかったそうで、当時の方が進んでいたのかもしれませんね。

2006.9.4


34年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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