「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

「落語のネタ帳・食べ物編…その8」

 清八でございます。

 やっと涼しい日々が戻ってまいりました。「食欲の秋」になってきましたので、いよいよ「目黒のさんま」を御紹介いたします。

 江戸時代も平和な時代が長く続きますと、殿様も毎日毎日たいくつな日々を過ごしております。ある秋晴れのいい天気の日、急に思い立って馬で遠乗り。ところが、ふだんあまり乗っておりませんから、すぐに疲れてしまい目黒のあたりで馬から降りてしまいました。それでもよほど気分が良かったとみえて、丘を家来とかけっこをしたりして遊んでおりました。ちょうどお昼どき、いつものように「おなかがすいたぞ。弁当を持て」と家来を呼んだのですが、殿様の急な行動のため用意してありませんでした。と、その時です。近くの農家から魚を焼く、おいしそうな匂いがしてきました。「あの芳しい匂いはなんじゃ」「ははっ、あれはさんまを焼く匂いでございます」「さんま、とは何じゃ」「さんまという名前の魚でございます」「わしは、そのような魚を見たことも食べたこともない。食したい」「殿、あれは下々の食するもの。殿のお食べになるような魚ではございません」「構わぬ。苦しゅうない。これへ持て」当時は、殿様の言うことは絶対です。庭先でさんまを焼いているおじいさんに小判一枚を出して「さんま塩焼き定食」を用意させました。縁の欠けた皿に焼きたてのさんまが五匹、大根おろしをたっぷり添えてお醤油をたっぷりかけて、家来に渡しました。殿様、この「さんま塩焼き定食」を見て驚きました。細長くて、まっ黒、しかもブシュプシュと音をたてています。それでもお腹がすいていますから、こわごわ一口食べてみますと、これがうまい。あっという間に五匹、食べてしまいました。

 殿様、さあそれからというもの「さんま」がちらついてしょうがありません。なにしろ、お屋敷での魚は白身や鯛の塩焼きですから。ある日、どうにも辛抱ができなくなって、家来を呼びます。「また、目黒に出かけたいの」「ははーっ、すぐ、馬の用意を」「そうではない。あの時出てきた、細長くて、まっ黒な、プシュプシュ…」「殿、その事だけは、どうかがまんなさって下さい」家来もたいへんです。それからしばらくたってから、殿様、親戚のお屋敷に招かれました。食事の時間になりまして、「今日は、お殿様のお好きなものを何でもおっしゃって下さい」殿様、これはチャンスだと思ったのか、「そうか、では、さんまを食したい」ご主人、あわてましたな。まさか、「さんま」とは、当然、用意してありません。そこで、急いで日本橋にある魚河岸に買いにいかせました。さぁ、料理番は大はりきりです。先ず、油が強いからと蒸し上げてすっかりとってしまいました。そればかりか、骨が喉に刺さってはあぶないと、毛抜きで小骨を一本一本抜いて、おつゆの中に入れて、おわんの蓋をして差し出しました。殿様、何で、おわんに入って出てくるのか不思議に思ったのですが、蓋を取ると、確かにあの時の匂い。さっそく、一口、食します。「これこれ、このさんまはどこから持ってまいった」「日本橋の魚河岸でございますが」「日本橋?それはいかん、さんまは、目黒に限る」

 いかがでしたでしょうか。この「目黒のさんま」も死語に近づいているように、現実には「アイルランドのさんま」も「カナダのさんま」もあり得る状況なんですね。もっとも、この噺ができた頃は、士農工商の時代ですから、なに不自由なく生活しているお殿様でも不自由な食生活をしている、庶民の方がおいしいものを食べているぞ、という笑い話だったと思います。それでも、キャビアでも鮑でも明太子でもエビ・カニ、牛肉…何でもお金で入手できるようにしてしまったシステムとその関係者には、この噺はどのように受けとめられるのか、興味があります。まだまだ、庭先で七輪を使って、じゅうじゅう焼ける状況を持っている方が一番なのではないでしょうか。

2004.10.8


34年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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