「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

「落語のネタ帳、その11」

 清八でございます。
 「暑さ寒さも彼岸まで」毎年のように繰り返されるフレーズですが、正にそのとおり、秋の気配が感じられる今日この頃です。しかしながら、9月初旬の八ヶ岳の山荘では、すでに朝晩17度、戸隠の森では15度と晩秋の気温になっておりました。スポーツの秋、芸術の秋、 食欲の秋、いろいろ言うてますが、今回は「茶道」のお話です。

 蔵前の、さるご隠居さん。倅さんに代を譲りまして楽隠居、根岸の里の家を買い取りまして、お気に入りの定吉を連れまして、引き移りました。しばらくしますと、退屈で退屈でしょうがおまへん。風流な遊びをしようと定吉を呼びましたな。「茶の湯をやろうと思うんだが、第一番にお茶碗の中に入れる、あの、青い粉が、なんだったのか、忘れてしもうてな」 「旦那さん、知ってます。お金ください」お足を持たせると跳びだして帰ってきました。
「行ってきました」 「どこへ行って買ってきた?」 「角の乾物屋で、青黄粉を買ってきました」 「そうそう、青黄粉、よく思い出してくれた」
さっそく煮え立ったお湯をお茶碗に注いで、この青黄粉を入れてかきまわしますが泡が立ちません。
「まだ、何ぞ、入れたぞ」 「知ってます。お金ください」また、跳びだしますと、また、何か持って帰ってきました。
「何を買ってきた」 「椋の皮で」 「おぅ、そうそう、椋の皮、椋の皮、これを茶釜の中へ入れると」 「わぁ、蟹が泡吹いてるみたいになっちゃった」 「かき回す手間がなくていい。さぁ、飲め」 「何です」 「定吉、飲みなさい」 「飲み方がわかりません」 「これはな、茶碗の両はじを持って目八分に持ち上げるな。ここでな、茶碗を三遍ゆすぶる。青黄粉が淀むといけないから。それから、この泡を向う岸へ吹きつけて、こっちぃ来ない隙を伺って、飲むんだ」 「へぇ、こうやって、吹いて、ごくん。こりゃ、風流だ」

  毎日風流だ風流だ、やってましたが、元は青黄粉と椋の皮ですから、二人とも下痢を催しまして、「定吉、定吉」 「何ですか」 「昨夜はたいへんだったな。便所へ16回も行ったよ」 「あたしなんか、一遍でしたよ」 「えらいなぁ、一遍ですんだのか」 「へぇ、朝まで便所から出られませんでした」
これでは体をこわしてしまいますから、町内にご案内を出しまして、手習いのお師匠さん、大工の頭、豆腐屋さん、町内から犠牲者を集めます。いくらなんでも、青黄粉と椋の皮では集まらないだろうと、虎屋の羊羹をあつらえました。こうなると、お客も考えまして、お茶を飲んだふりをして、羊羹を懐に入れて帰ってしまいます。ご隠居さんも考えまして、サツマイモを一俵勝ってきました。これを蒸しまして、皮むきをして、すり鉢の中へ入れて、黒砂糖と蜜を入れてがらがらがらがら…。さて、これを型に入れて抜こうとしたんですが抜けません。しょうがないんで、灯油を塗って抜けるように工夫しました。これに利休饅頭と名前をつけたんですが、食べられる代物ではございません。被害者が続出、魔界の館と呼ばれております。

 ある日のこと、蔵前にいた頃の知り合いが訪ねてまいりました。
「ご隠居、この頃、お茶を お楽しみとか。ぜひ、私にも、一服」犠牲者の志願が現れました。さぁ、待ってましたとばかり、入れたの何の、青黄粉と椋の皮をいつもの倍入れまして、「さぁ、どうぞ」 「いただきます」と口に入れたものの、とんでもない液体になっていますので、涙とともに無理やり飲み込んでしまいました。何か口直しは、と見ると、うまそうな利休饅頭、欲張って二つ取ってしまいました。一つを口に、あぐっとやると、とても食べられるものではありません。もう一つは、袂へ入れたんですが、灯油が襦袢の裏地へべっとり。あわてて、便所に駆け込みます。どこか捨てるとこは、と見たんですが、一面の敷き松葉。もう少し向うは、と見ますと、一面の菜畑。ここならよかろうと、勢いをつけまして放り投げました。

 すると、菜畑にいましたお百姓さんの頬にべちゃ、「あぁ、また、茶の湯か」

 この噺は、浜松出身の瀧川鯉昇師匠の十八番なのですが、何と、お茶席で演じられて、大爆笑だったとか。

2005.10.1


34年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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