「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

「ディープなベルギー、その3」

 清八でございます。

 前回の続きです。ブリュッセルの「INADA」の稲田シェフについて、ご紹介します。訪問前にエピファニーの南竹シェフから伺っていたのですが、寸座ビラのオープン当時の厨房スタッフとして来浜、その活躍ぶりは今でも逸話として語り継がれているそうです。ですから、この遠州地区とは縁のある方だったのです。30年ほど前、フランス料理研修の一員として全国レベルで選抜され、スイスのローザンヌへ渡られました。当時のフランスでは、まだ日本人を受け入れていただけなかったそうです。研修後、どうしてもフランス国内で修行を続けたかったとの事で、隣国のベルギーに留まり、現在の場所にオーナーシェフとして「INADA」をオープン、現在に至っているとのことでした。

 日本人が多く暮らしている地域だけあって、日本大使館職員、商社員の奥様対象の料理教室、ケータリングサービスも大評判なのだそうです。今回は、「マグロの刺身」をいただきましたが、次回は「鰻の蒲焼」を注文してみようと思います。前回、書きましたように大の落語・噺家好きで、連休前にお亡くなりになられた三遊亭円弥師匠の訃報をご存知でした。来年以降、落語・噺家の最新情報を持って定期的に来店することを約束してしまいました。実は、この日、ホテル着が深夜2時だった為、翌日以降の予定を変更せざるをえず、裏を返す(二度目の訪問)事ができなかったのです。帰国後、直ちに落語・噺家さんのホームページ、ダウンロードできるURLを連絡させていただきました(写真①)。

 さて、翌日、5月4日の行動です。昨夜の就寝時間から考えても、朝食抜きで遅めにホテルを出ました。成田を出発する時の予定では、ブリュージュへ行くつもりだったのですが、現地での情報とブリュッセル空港でのあまりの日本人の多さで、ゲントに変更しました。

 この街は、ブリュッセルとブリュージュの中間にあり、国鉄でゲント・セント・ピータース駅までは、約40分でした。ゲントは東フランダース州の州都で学園都市です。2つの中世の城、19の博物館、5つの修道院、400の記念建造物が残されている旧市街が有名です。駅からトラム(路面電車)に乗り、中心部まで約10分でした。この街も水路が重要な交通 経路となっていますので、さっそく水路ボートに乗り込みました(写真②)。 確かにブリュージュのように日本人団体観光客が少ない為、全体に落ち着いた雰囲気でした。

 ボートを降りて、さっそく昼食です。探している時間がもったいない為、この船着場にある「シェ・レオンティン」にしました。ゲントの名物料理は「フランドル風カルボナード(牛バラ肉のビール煮込み)」(写真③)と「ゲント風ワーテルゾーイ(鶏肉の入ったクリームシチュー)」(写真④)なんです。これらの写真で、どんなに量が多いかイメージしていただけると思います。ビアグラスの横にあるのが「フリッツ(フライドポテト)」なんですが、これもとんでもない量 でした。ビールは隣接の「水辺亭」が姉妹店の為、お隣のビールリストからでもOKだそうです。昼食後は、中世の屋内肉市場と魚市場(現在はレストラン)を見学、今回の目的の一つを探しに行きました。

 成田へ向かう前日にインターネットで、ゲント市内に日本人とベルギー人ご夫妻が経営されているB&B(ベット&ブレックファースト)があって、全く日本語で大丈夫だという事がわかったのです。そこで、ホームページを参考に探すことにしたのです。ゲントの一番のメインの建物セント・バーフス大聖堂の近くで、すぐ見つかりました。写真⑤なんですが、1880年代に建てられたギルドハウスで地上5階、地下1階の建物でした。一階にテイクアウトのお寿司屋さんがありました。値段は一人前8貫で12ユーロ(約1700円)ですから少し高目でしょうか。ベジタリアン向きには、アスパラ握りなんてのもありました。調べてみたら、国際結婚されて、このようなB&Bとか、現地案内をされているツーリストが増えているので、次回は利用してみようと思いました。ゲントでは、ブリュージュに次ぐ観光都市として日本人の誘客を図っていくのだそうです。

 それでは、次回までおつかれさまでした。

2006.7.3


34年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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