「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

「落語のネタ帳、その18 ちりとてちん」

 清八でございます。たいへんごぶさたでござりました。10年半程前にこのコラムを始め させていただいたのですが、どうしてこのタイトルにしたのか簡単に書かせていただいたのですが、その後の「落語のネタ帳」に取り上げることを忘れておりました。ごめんなさい。

 美食(もう死語ですわな)、食通(これも死語ですわな)、食い道楽(これも死語ですわな)、グルメという単語が一人歩きを始めて、もうかなりの年数が経っております。Wikipediaに書かれておられましたが「~食通は常に新しい料理、食材との出会いを求め続ける新奇探求性格者と捉えられるだろう~」こうした傾向は、昭和や平成になってからの出来事でない事は落語を聴いても理解できます。その一つが、「ちりとてちん」なんです。


 私の芸名としております喜六が贔屓にしていただいている旦那さんの誕生日に、ご招待される場面から始まります。この喜六、私と同様、誠に人の良い男でございまして、京都の「白菊」というお酒を出されますと、
「これが白菊ですか。このお酒は、昔、京都に住んではった華族さんだけがいただけたという銘酒でございます。幻の酒でございますよ。ごく上等のお酒でございます。私、生まれて初めて頂戴致しまして、もう寿命が七十五日ほど延びましてございます。」
こない言われたら、旦さんも上機嫌ですな。
「あんたのように気持ちよう飲んでいただけると嬉しいがな。あんたのお口に合うかどうか分からんけどな、鯛のお造り、ちょっと食べてみるか」
「何でございます?鯛のお造り、私、生まれて初めてでございます。えぇ、鯛の塩焼きはいただいたことがありますが、お造りは初めてでございます。ここに盛ってますのんは、ワサビですか。私、ホンマもんは初めてでございます。このお醤油に溶きまして、いただきます、いただきます。コリコリとしておいしゅうございますな。」
「ついでに茶碗蒸しも食べておくれ」
「えっ、何でおます。茶碗蒸し、初めてでございます、旦さん」
「茶碗蒸しは初めてやないやろ」
「いやいや、こないきれいな茶碗蒸しは初めてでございます。柚子の皮がちょこっと乗ってございますなぁ。奥様は洒落たことをなさるんですなぁ。えっ、この中に、海老が入ってございますな。これは、百合根ですか。蒲鉾、銀杏、旦さん、これは何でございますか。黒いように茶色いような。えっ、何ですか。穴子。私、穴子と女子は大好きでございまして」
「おもろい男やなぁ。わしゃ、喜ぃさん、あんた、大好きや。何じゃて、鰻屋さんから蒲焼が届いたて?どや、喜ぃさん、炊き立てのご飯があんのや。一杯呑んだ後、鰻乗せて丼にして食べて帰ったらどないや」
「えっ、炊き立てのご飯?私、ご飯、初めてでございます」
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「アホなこと言いないな。いゃ、しかし、あんたは嬉しい人やなぁ。何を出しても喜んで食べてくれる。これが人付き合いやなぁ。この裏に住んでる竹っちゅう男いるやろ。あの男は憎たらしいで。何を出しても、旨いとか美味しいとか、うれしいとか言うたことが無いのや。その割に、お昼になったらよう家に来てな、まずい、まずいちゅうてご飯五杯食べて帰りよんねん。腹が立つ男やで。これ、何をバタバタ騒いでますのじゃ。何じゃ、水屋に豆腐を入れ忘れてて、腐っております。色が変わってます。面白い、ちょっとこっち持ってきなはれ。あらーっ、黄色、赤、緑、こないに変わるか。しかし、えらい臭いもんやな。喜ぃさん、ちょっと見てみなはれ」
「えっ、豆腐の腐ったやつ。旦さん、私、初めてでございます。」
「あんた、食べる気かいな。こらちょっと食えんで、何ぼ何でも。そやっ、ちょっと面白いこと思いついたわ。」
「旦さん、わかりましたで。あの竹に食べさすんと違いますか。」
「そうや。あいつのこっちゃ、知らんとは絶対に言わんわ。あの男がこぉもがき苦しむのを見ながら飲み直そうやないか」
「旦さん、誕生日にえぇご趣向になりますな。やりまひょ、やりまひょ。ほなね、この豆腐を箸で潰します。味付けに醤油入れて、ワサビも入れまひょ。死んだらいかんさかいな、毒消しに梅干しも入れまひょか。うわぁ、何やドロドロっとしたけったいなもんになりましたな」
「おぉ、それでええ。そやけど、このまま出したんでは、あいつも食べよらんな。何か大層な名前を付けんとな。そうや、あいつ、この間、長崎に行ってきた言うとったからな、長崎名産としようか。どんな名前がえぇと思う。」
「そうですなぁ。あっ、旦さん、今、奥のお座敷から三味線の音が聴こえてまいりましたが?お嬢さんのお稽古。旦さん、これはどうでございます。長崎名物ちりとてちん。」
「異国から来たような感じがするがな。これ、これちょっとそっち持っていって瓶に詰めて、何ぞ折箱があったら、入れて厚手の半紙を上にかけて「長崎名物ちりとてちん」、そうや、元祖と書いときなはれ。それから、竹を呼んできなはれ。これ、笑うたらあかんで、笑うたら」
「旦さん、聞きましたで。お誕生日。何でもっと早う言うてくれまへんね。何もおまへんで。えっ、お酒。喜ぃ公も来て呑んでまんの。それで、何でんねん、そのお酒は?白菊?あれ名前だけでっせ。私、百ぺんぐらい呑んだことありますけど、しょうもない酒でんねん」
「そら悪かったな。その代わり、鯛のお造り、茶碗蒸し、鰻の蒲焼は、どうや」
「旦さん、わたいね、口が肥えてまんねん。こんないつでも食べてるもんやなくて、珍しいもん。珍味を用意しときなはれ。」
「竹さん、あんた、今、珍味言うたな。ちょうどええわ。珍味が一つあんのや。長崎の人が送ってくれたんや。長崎名物ちりとてちん。あんた、知ってるか?」
「知ってるか?この間、行てきたちゅうてますやろ。朝、昼、晩と食べてましたがな。」
「ほう、ご飯と一緒に?どないして食べるんか教えておくれ。」
「どれでんねん。ほぅ、長崎名物ちりとてちん。元祖と書いてますな。ホンマもんでっせ、旦さん。偽もんは、本家と書いてまんねん。さっそく、この折箱から出してと、ほぅ瓶詰ですな。フタを取りまっせ。臭っさー!あぁ、臭さっ。」
「臭っさーて、おまはん。食べてきたんやろ。」
「これね、珍味でっさかいね、よけ食べるもんやおまへん。お箸にちょっと乗せてね。あのね、目にピリピリッとくるんで、目をつぶりまんねん。鼻へツンときますでしょ。この、鼻ツンが食べ頃ですわ。いただきます。いただきます。オエ~ッ、オエ~ッ、もうちょっとで戻すとこやった。あぁ、美味しい」
「ホンマかいな?涙目になってるで。」
「いゃあ、もう涙が出るほど、美味しいんです」
「そぉか、それで長崎名物ちりとてちんって、どんな味や?」
「ちょうど、豆腐の腐ったような味ですわ。」

 

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お疲れさまでございました。東京では「酢豆腐」という名前を使っておりますが、「ちりと てちん」の方がええような気がしますな。台湾・中国の「臭豆腐」、沖縄の「豆腐よう」をイメージしていただけると、また現実味があるのではないでしょうか。ただし、あくまでも落語ですので、イメージだけで、それぞれはたいへんおいしい珍味でございますよ。ところで、あなたは、旦さんですか、喜ぃさんですか、竹さんですか?

2013.10.7


34年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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