清八でございます。
私が2024年6月から理事長を務めさせていただいている「NPO新居まちネット」は、湖西市の指定管理者として、新居関所近くの元・芸妓置屋(国登録有形文化財)、「小松楼まちづくり交流館」(画像①)の管理運営を続けております。4月22日(水)から10月21日(水)まで「クーリングシェルター」として、月曜日(祝日の場合は開館します)以外は、9時から15時まで「涼しいお休み処」として展開中です。また、7月18日(土)から8月30日(日)の毎週土・日は「冷たいミネラルウォーター」を提供しております。(画像②、③)周辺にコンビニも自販機も無い所なので、休憩していただけると幸いです。

(画像①小松楼まちづくり交流館)

(画像②クーリングシェルター)

(画像③冷たいミネラルウォーター)
7月6日(月)は、10時から14時まで「豊橋水上ビルの朝市」に出かけました。2022年から毎月第1月曜日に開催されているマルシェ型の朝市です。この水上ビルにはアーケードが設けられているので、雨天でも買い物や飲食を楽しめる通りになっているのです。既存店を含めて100店以上の出店、久しぶりの雨の日だったけど賑わっておりました。(画像④)私は、開始当時に旧東ドイツの大皿を2枚購入できました。そして、おじちゃんとおばちゃんでやられている「平和食堂」さんで味噌カツ丼と赤だし(750円)をいただき(画像⑤)、水上ビルにある三徳商店のアンテナ・ショップ「SANTOKU」で「にかけ図鑑」(画像⑥、⑦)を購入できました。三河地区の「にかけうどん」が60店舗、紹介されている自費出版本です。よく取材して、よい内容にして出版されましたね。

(画像④豊橋水上ビルの朝市)

(画像⑤で味噌カツ丼と赤だし)

(画像⑥にかけ図鑑)

(画像⑦にかけ図鑑)
豊橋市の郷土料理「にかけうどん」は、今年5月に、文化庁の推進する「100年フード」に選ばれました。かつおとアジのだしを利かせた甘めのつゆに、麺、かまぼこ、刻み揚げ、青味野菜、花かつをなどを盛ったシンプルな一品です。この出版本によれば、「‥昭和58年(1983年)、製麺・粉もの業界で『製麺業界の第一人者』とされる人物 故・柳清(ヤナギ キヨシ)先生が、地元・豊橋を中心とする東三河エリアで、うどん・そば屋を対象にした麺の講習会を定期的に開講。職人たちが互いに学び合い、地域全体の技術を高めていくそんな文化が、この地に根付いたのは、まさにこの頃から。‥」とありました。「すうどん」「かけうどん」とは具が違ったり、出汁が違います。三河地区では、元々、小麦栽培が盛んで、明治期には自家栽培の小麦を「うどん券」と交換できる仕組みがあったそうです。思い出したのですが、私の子どもの頃、65年位前ですが、小麦の自家栽培をしていて収穫できると製麺屋さんに持って行って、「うどん玉」と交換してもらって、その日の夜は「うどん定食」でした。
7月18日(土)は、土用の丑の日より一足早く、鰻を食しました。白焼きをワサビ醤油で、赤ワインを飲んで、締めが鰻丼でした。鰻専門店ではなく、地元の総菜屋さんで焼いていました。美味しかったですよ。(画像⑧)
7月26日(日)の土用の丑の日も、鰻を食しました。18日に購入した同じ総菜屋さんです。この日も白焼きをワサビ醤油で赤ワインを飲んで、締めが鰻丼でした。浜名湖の養殖鰻ですが、昨年より少し安くなっていました。今夜は、頭(かぶと)まで食しました。(画像⑨)新居町は、浜名湖の西側で関西の食文化が入っているので、私は子どもの頃から煮た頭(かぶと)や尻尾を食べておりました。なので、今でも抵抗はありません。

(画像⑧土用の丑の日より一足早く)

(画像⑨土用の丑の日)
7月27日(月)、今日の「浜松三ツ星会」の勉強会は、浜松市中央区篠原町の「本多産業」さんでした。浜松で鮎を養殖して50年、三ケ日みかんを餌に混ぜた「三ケ日みかん鮎」。(画像⑩)元々は養鰻業からスタートされたのですが、50年前から鮎の養殖に移行され、年MAX74万匹を育てておられます。そのうち「三ケ日みかん」を酵素分解したエキスをエサに配合した「三ケ日みかん」は、年間2万から3万匹とのことでした。「三ケ日みかん」の生産者には申し訳ないのですが、いわゆる規格外品のみかんを使っているそうです。このエキスの効果として、鮎の内臓の色が違ってきて、血の色が「朱色」になり、特に子持ち鮎の「子」は、みかんの味がするとのことでした。現在の養殖場周辺の地下水は良好なのですが、昨年の「猛暑」による外気温の上昇でエサを食べくなったり、成長が鈍化したり、出荷できない形になったりと、困っておられるとの説明でした。(画像⑪)見学のお土産に冷凍の鮎を5匹いただきました。後日、塩焼きでいただきましたが、たいへん美味しかったです。(画像⑫)ありがとうございました。見学後は、新居町の「割烹紅葉」で、鮎の刺身、塩焼き、天ぷら、茶わん蒸し、で試食させていただきました。なお、通常メニューにはございません。(画像⑬、⑭)
なお、この「割烹紅葉」は「小松楼まちづくり交流館」から徒歩1分の場所、ランチが早めに終わりましたので、全員見学していただけました。こちらも、ありがとうございました。

(画像⑩浜松三ツ星会)

(画像⑪三ケ日みかん鮎)

(画像⑫塩焼き)

(画像⑬割烹紅葉)

(画像⑭天ぷら)
2025年6月2日にKADOKAWAから発行された、松原彩著「舞妓をやめたそのあとで」を入手しました。1998年生まれで中学卒業後、15歳で地元を離れ、京都で舞妓となり19歳で舞妓から芸妓に襟替えを行い、22歳まで勤め上げたあと、年季明けで引退。22歳から定時制高校に入学、25歳で卒業された女性の青春の1頁がコミックになっていました。
修行中のルールが面白おかしく描かれていました。「‥舞妓さんのイメージを守るためのルールが山ほどありました。舞妓のイメージにそぐわないファーストフード店、コンビニ、ドラッグストア、スーパー、ゲームセンター等々‥すべて入ってはならず、舞妓のイメージにそぐわない携帯電話の所持は禁止、お休みの日でも『どこでお客様が見てはるかわからない』という理由で奇抜な服装をしてはならず、おしろいがのらなくなるので日焼けも禁止されます。
‥」お客さんから京都市内のお寺や神社、お祭りのことを聞かれた時、「‥ちょっと、スマホで調べますわな‥」は出来ないんですね。それでも抜け道はありまして、「舞妓だけで入ってはいけないお店もお客様と一緒ならOK。ということで、旦さんと一緒ならファーストフード店でもコンビニでもOKになってはるようです。(画像⑮)

(画像⑮舞妓をやめたそのあとで)
2025年12月10日に祥伝社から発行された、紀文食品おでん研究班編「おでん学!」を入手しました。1938年創業の株式会社紀文食品の食品広報室には、全国のおでんの調査・研究を行う「おでん研究班」があって、30年以上、アンケート調査やデータ分析、フィールドワークを続けるなど、多角的に「おでん文化」を紹介されています。
111~124頁が「しぞーかおでん」でした。「しぞーかおでん」の専門店のご主人に、黒い汁の秘密について伺ったところ、「牛すじ、昆布、かつお節からとっただしに豚もつを加えてコクを出し、濃口醤油などで味付けをします。その汁を継ぎ足しながら使うため、色が濃く黒くなるのです。家庭でこの味を再現するのは手間がかかりますし、継ぎ足しの作業も難しいので、外食や惣菜店で召し上がる方が多いですね」とのこと。
131~135頁が「京都のおでん」でした。私が落語を聴くようになったのは、55年以上前ですが、故・桂米朝師匠が噺のマクラで、「‥この頃、京都や大阪で『関西風関東煮』(かんさいふうかんとだき)あります。ちゅう店が増えてますけど、あれ、何でんねん‥」と言うたのを覚えていて、学生時代に調べたことがありました。京都・大阪のおでんは具材ごとに出汁を変えて煮てました。割烹料理屋さんが、今でもそうです。それが、居酒屋とか「一見お断り」しないお店が登場してくると、対応が難しくなって関東煮のように具材を一つの鍋に入れて煮て提供するようになりました。それで『関西風関東煮』という、ようわからん名称が生まれたとわかりました。
132~133頁にありました。1882年創業の京都・鴨川近くの「蛸長」の調理法は、種ものごとの特性に合わせて下ごしらえをし、別鍋で炊いた後におでん鍋で馴染ませるという手順で行われます。これは日本料理の「炊き合わせ」に近い手法です。これが「関西風おでん」と言えば、わかりやすいと思います。(画像⑯)

(画像⑯おでん学)
豊橋水上ビル
https://suijou.net/
小松楼まちづくり交流館
https://a-machinet.org/
割烹紅葉
https://www.instagram.com/kappo_momiji/
2026.8.30 清八