「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

 

「2022年、コロナ自粛中のエトセトラを報告?します5月篇」

 

 清八でございます。毎月、「食」に関する書籍・漫画•DVD など、主に中古品を探しては買い求め、読んだり、観たりして学習しております。

それでは、5月分を報告させていただきます

 

■「神楽坂淳著 醤油と洋食」
小学館文庫(2022.4.11発行)中古本

「女学生三人娘のグルメロマンス」と背表紙にあってパラパラと立ち読みしたら、明治42年の女学生三人娘の日常を描いているグルメ恋愛ストーリーでした。江戸時代から続く麻布にある料亭「鈴川」の一人娘・八重は、目白の椿山女子大学に通う女学生。その同級生の虎姫、男爵家のご令嬢の雫は実業家の娘。登場している料理は、「馬鈴薯と竹輪の味噌バター炒め」、「馬鈴薯のトースト」、「大根の皮の炒め物」、「馬鈴薯の皮の味噌汁」、「目玉焼き」、「蜆のかき揚げ」、「蕪と大根の蒸し野菜・マヨネソース」、「蕪のすり身入りコーンスープ」、「鯛のパイ包み」、「はんぺんとキャベツの蒸し物」、「苺のライスカレー」、「トマトとハムのがんもどき」、「鯛のキャベツ蒸し」、「八丁味噌バタートースト」、「スルメと竹輪とキャベツのバター煮込み」、「つくしと大根の皮と蛸のかき揚げ」、「卵の素揚げ」、「鰹節出汁と味醂の稲荷寿司」、「鰹節と昆布出汁と味醂、刻んだ漬物を入れた稲荷寿司」、「鰹節と昆布に椎茸出汁に砂糖を加え、椎茸とかんぴょう煮を入れた稲荷寿司」、「薄切り牛肉のバター炒めの牛丼」、「鰹と冬瓜のソテー」、「果実味のシロップかき氷」、「豆腐とあんぺいの蒸し物」、「牛スジこんにゃく煮」、「胡麻油で揚げたおこげ」、「生姜と山芋のスープ」、「冬瓜と大根のソテー」、「竹輪の天ぷら(穴に馬鈴薯のマッシュ)」、「南瓜の中に鶏肉のクリーム煮」、「トマトかけご飯・胡麻油かけ」、「胡麻豆腐と鶏肉の吸い物」、「蕪と銀杏、芝海老の洋風茶碗蒸し」、何と何と、これだけの料理が展開されていました。この「ソルトドットコム」の読者の方でしたら、どんな料理なのか、想像出来ますね。(画像①)

 


(画像①神楽坂淳著 醤油と洋食)

 

■「米原万里著 旅行者の朝食」
文春文庫(2015.12.5発行)中古本

 元ロシア語会議通訳、作家の米原さんの食ネタ37篇です。ロシアによるウクライナ侵攻から約四か月、世界中での報道は、現在の情勢と共に、「ロシア革命とは」「レーニンによる改革とは、何だったのか」に移行されています。この著作の154~158頁の「パンを踏んで地獄に落ちた娘」では、アンデルセンの「パンを踏んだ娘」を紹介しているのですが、1860年に書かれた寓話と、2000年に書かれた米原さんのエッセイが、現在の「穀物略奪」を言い当てているように感じました。「…やむなく、革命政権は、農村地帯に武装した穀物没収部隊を送り込む。こうして生まれた革命政権のパンを生産する者に対する不信感こそが、その後の暴力的な農業集団化政策の推進要因になったのだろう。その過程で、抵抗した多くの暴力的な篤農家が粛清されている。結果的にソビエト農業は壊滅的な打撃を受け、革命前には小麦を輸出していた農業国は、小麦輸入国に転落する。それでいながら、ソビエト連邦は革命の理想である『誰でもパンが好きなだけ食べられる社会』でありつづけようとした。国庫の貴重な金塊を使って、集団農場や国営農場に補助金を出しつづけ、一方で外国から小麦を購入しつづけた。パンの市価を極端に安く抑えるために、差額補填をやめられなかったのであめ。その結果、人々は、ただ当然のパンを思いっきり粗末に扱うようになった。食堂や製パン工場は、家畜の餌用穀物より安いパンを畜産農場に横流しするようになったし、市民は、ちょっと硬くなったパンを平気で捨てるようになった。それは、ご存じのように、国家財政を破綻へと導き、ソ連邦は崩壊した。地獄に堕ちたのである。…」(画像②)

 


(画像②米原万里著 旅行者の朝食 )

 

■「月刊誌 波5月号」
新潮社(2022.5.27発行)新刊本

 毎月、楽しみにしているのが、阿川佐和子「やっぱり残るは食欲」。56回目は「キーウの音色」でした。その内容は、「キエフ風カツレツ」の思い出と、試作と試食の感想でした。鶏肉のカツレツで、中にバターを詰めた「コットレット・ア・ラ・キエフ」「キエフスキエ・カトレートゥイ」の一皿です。ネット検索でレシピを調べ、冷蔵庫内にあった鶏のもも肉と挽肉を使い、バターを肉の中央に詰め、巨大おはぎのようにして、まわりに小麦粉をまぶして卵液にひたし、パン粉で覆う。バターが外に出ないように、卵液とパン粉をもう一個繰り返し、油で揚げる。皿に盛り、食卓へ。ナイフとフォークで真ん中から恐る恐る二分すると、鶏肉が生揚げ状態とわかった。そこで、電子レンジで二分程チンしたら、鶏肉には充分に火が通ったが、バターソースが皿に流れ落ちてしまった。そこで、多めにつくっておいたハーブバターをスプーンですくってチキンカツにかけたら、それはそれはの「おいしさ」でした、という顛末が書かれていました。最後の締めの言葉に、「どうか一刻も早くウクライナに平和が訪れますように。そしていつか美しいキーウの街を訪れて、本場チキンカツレツから飛び出すバターに驚いて、みんなで大笑いしたいです。」(画像③)

 


(画像③月刊誌 波5月号)

 

■「月刊誌 図書6月号」
新潮社(2022.6.1発行)新刊本

この号は、6月4日に入手して読んだのですが、理由があって次回ではなく、今回のお話とさせていただきます。2~5頁に、原田宗典さんのエッセイ「ひまわりを観よう」が掲載されていたからです。ロシアのウクライナ侵攻後、三月半ばから全国のミニシアターで映画「ひまわり」の上映会が広がっています。この映画のポスターにも使われている広大なひまわり畑は、キーウの南500キロの地域で撮影されていたからです。原田さんは、3月25日9時30分、新宿武蔵野館で鑑賞して後、ツイート投稿しております。〈満席だったら喜んで出直そうと決めて出かけたら、観ることができた。戦闘が終わっても、戦争の悲劇は長く長く長く続く続くことを改めて思い知らされる映画だった。上映してくれた新宿武蔵野館と観客の皆さんに心からの敬意を表します。#ひまわりを観よう〉文末には、「仏教には『無財の七施』という考え方があるという。その筆頭に挙げられているのが、眼施だ。眼施つまり優しい眼差しで見ること。それはひとつの行動であり、施しである。施しは相手に与えることだが、それは巡りめぐって、やがては自分に返ってくる。私はこの考え方が好きだし、信じている。」とありました。「無財の七施」とは、「眼施」「和顔悦色施」「言辞施」「身施」「心施」「房舎施」で、約2600年前にインドで説かれた教え、とのことです。異論・反論・オブジェクションはおありだと思いますが、ウクライナ侵攻を否定しない「ロシア正教」よりは、信じてよい教え、だと思います。(画像④)

 


(画像④月刊誌 図書6月号)

 

■「暮しの手帖18号」
暮しの手帖社(2022.5.25発行)新刊本頁

いつもなら、「料理」「暮らしのヒント集」から読むのですが、今回は違いました。5~11頁は、浪曲師・玉川奈々福さんの物語でした。出版社での編集・監修の仕事の合間に習った浪曲三味線から浪曲に出会い、浪曲師の道に入り、価値観を変えようとしている芸人のおひとりです。「芸能は、心の再生だと思います。そこに集まった人たちが、肩書も出自も関係なく、同じ夢を見る。他者との境界があいまいになって、あわいに溶けていく」「わからないことがあるって、怖いこと、けれども、わからない森のなかをさまよい歩く間は、日常を忘れて埋没できます。それはいまの世界において、幸せなことではないでしょうか」「人間はフラットなもの。中途半端じゃない人ほど、差別区別をしないし、みずみずしい感性を持っています。」「ものの価値っていうのは、はじめからあるものでも、誰かから与えられるものでもなく自分で見つけていくものなんですね。」これらの「奈々福語録」、私の50年間の蒐集品に加えさせて下さい。(画像⑤)

 


(画像⑤暮しの手帖18号)

 前回の「別冊ちりとてちん」に掲載していただいた、第93回本果寺寄席「第三回瀧川鯉丸の会」は、5月29日、無事、開催させていただきました。当日の演目は、私、喜六家清八「SR~胴切り」、瀧川鯉丸「初天神」「かぼちゃ屋」「甲府い」の三席でした。ありがとうございました。(画像⑥)

 


(画像⑥瀧川鯉丸の会)

 

なお、「別冊ちりとてちん」掲載の「清八コレクション寄席のお宝展」は、湖西市新居町内の元・芸妓置屋「小松楼まちづくり交流館」の一階お座敷に、私の50年間の蒐集品から76点、展示させていただいております。1977年頃、桂米朝師に書いていただいた色紙、1980年頃の「笑点手ぬぐい」、1976年版と2022年版の「笑点暦」、私が40年間継続している本果寺寄席のポスター、お手伝いしていた遠州文化連盟「えんしゅう寄席」のポスター、1980年頃の瀧川鯉昇師のポスターなどなど、お宝を公開しております。ご興味がありましたら、ご来館ください。

2022.6.15 清八



38年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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