「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

 

 

「名古屋でのワイン試飲会から、浜松市のターバンさんの話になりました」

 

 清八でございます。5月11日、二年ぶりにワイン輸入会社「株式会社稲葉」さんの春のワイン試飲会(画像①、②)に行ってきました。

 


春のワイン試飲会案内状(画像①)

 


春のワイン試飲会の様子(画像②)

 この試飲会は名古屋市内で30年以上の歴史があり、拙宅での「わいわいワイン会」のワインとチーズをお願いしてきた高山市の坂本酒店のご紹介で通い続けてきました。この日は、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、チリ、オーストラリアの通常価格税込み1,188円から7,560円までの50本が用意されていました。不確かな記憶ですが、バブル期にはボルドーとかブルゴーニュの同じ生産者から4~6アイテム、当時の定価で2千円から2万円という試飲もありました。ただし、当時の参加者は名古屋市内のオーナーシェフ、ソムリエ、ワインショップなど関係者限定だったため、吐器を使われて本当に試飲されていたように思います。もう10年位前からでしょうか?1アイテム1ドリンクになったり、高価なアイテムは引き換えチケット制になりました。

 今回の、1杯限り30mlとなっていたのは、「2016 シャブリ・プルミエ・クリュ・ヴァイヨン」「2013シャサーニュ・モンラッシェ・プルミエ・クリュ・クロ・ド・ラ・ブドリオット」「2013アマローネ・デッラ・ヴァルポリチェッラ」「2016レッジェンダ・プリミティーヴォ・ディ・マンドゥーリア」でした。この日は、夕方から、いつもの柳橋市場内「天ぷら小島」さんを予約してありましたので、全部で12アイテムにしました。少しずつですが、グラスワイン2杯分は飲んでいたと思います。

 私が本格的にワインに入り込んだのは、この稲葉商会さんのドイツワインからでした。30数年前、浜松市内にドイツワイン協会浜松支部があって、SBSプレスタワー15階でのセミナーに参加させていただきましたが、市内の酒屋さん、レストランでは扱われて無かったと思います。その後、稲葉商会さんがフランス、イタリア、スペイン、チリ、アルゼンチン、オーストラリア、ポルトガルと輸入地域を広げられると共に、坂本酒店さんからのご指導により成長させていただきました。同時進行のように、佐鳴台のエビファニーさんの「ワイン会」に三年程通わせていただき、フランスワインを教えていただきました。14年前に豊橋で、偶然ランチで入店したのがご縁となり、フラスカティさんでイタリアワインを味わえるようになりました。

 ところで、実は、私は今年の3月10日で満65歳となりましたので、20日付けで勤務先を退社(卒業)しました。これまで、この「ちりとてちん」の中で書いてきたように、私の趣味は落語で、46年間素人前座として喋り、書籍・音源・映像を蒐集し続けてきました。料理本、演劇・映画の古書も含めると約1万冊の保管文書があります。レコード、カセット、オープンリール、VHS、CD、LD、DVD等の音源、映像の保管媒体は、約4千本あります。4月以降は、虫干し、整理整頓を続けております。4年前から再開できた浜松市の講師として市内の協働センター、公民館で地域の方々に「生きがい講座」「婦人講座」「ふれあい講座」などで、落語を演じて喜んでいただいております。会社勤めの時は、曜日・時間によってお受けすることができなかったのですが、今は自由にお引き受けできるようになりました。

 話を戻しますと、整理整頓中の資料から、いろいろ貴重な資料が出てきております。2017年8月に閉店された浜松フレンチの草分けだった名店「ビストロ・ド・ターバン」さんの1978年当時のメニューが書かれたポスター(画像③)が見つかりました。当時、月例会として「フランスワインと地方料理」をテーマに続けられていたサークルがあり、10回達成記念に創られたと記憶しております。77年から78年にかけてですが、遠州文化連盟(略称:遠文連)という文化団体の主催で、「フランス料理の夕べ」が会費3,300円、定員10名で毎月開催されていました。この年のクリスマスディナーは、2,500円と3,500円でした。当時、私は、76年から寄席部門「えんしゅう寄席」のスタッフとして遠文連を手伝っておりました。コンサートの手伝い、イベント、日帰りツアーへの参加もしておりましたので、事務局から誘われてターバンさんにも通っておりました。もう時効になっていると思うので書きますと、定員10名が毎月は集まらない時代でした。5~6名で全員女性の月に2日前位に電話がかかってきて参加しておりました。松島登シェフからは毎回、料理の説明とワインとの組み合わせのレクチャーが続けられました。遠文連の機関紙には長期間に渡って、「ワインのおはなし」や「メニューの見方」など、コラムを担当していただきました。

 


名店「ビストロ・ド・ターバン」1978年当時のメニューが書かれたポスター(画像③)

 

 78年6月16日のカード(画像④)を保管してありました。この日は、生まれて初めて食した「アーティチョーク」でした。和名で「朝鮮あざみ」と言いますが、松かさ風に重なった鱗状の葉っぱを一つ一つ毟りながら食べました。それも、葉っぱの真ん中あたりを歯で咥えて、葉っぱの先端をつまんで引き抜いて…、初めての食べ方を経験したのです。83年にエピファニーさんが開業された一年以内に、当時のお店(近くのマンションの一階)に一人で行くことができたのも、ターバンさんからの体験があったからでした。そうそう、当時、遠文連の事務局・スタッフでキャンプやバーベキューを楽しんでおりました。都田でのキャンプの時、当時は珍しかった羊一頭分の下拵えをしていただき、お店に取りに寄った記憶があります。

 


生まれて初めて食した「アーティチョーク」について書かれたカード(画像④)

 

 今年の大河ドラマは、「いだてん」ですね。視聴率は低迷しているようですが、古今亭志ん生をビートたけしが演じているので、寄席関係の場面のみ観ております。明治時代、浜松市内にあった寄席「勝鬨亭」が登場するのですが、肴町のカフェサイモンさんの二階「かちどきビリヤード」にあったと記録されております。先日、県居協働センターで「田畑政治ヒストリー」というパンフレットを手にしました。読み進めていくと、「田畑家の生家跡」が成子町にあったレストラン「オーク」の敷地内だったと知りました。この「オーク」さんは68年に田畑政治さんのお兄さんの息子さんが開業、初代料理長として招聘したのが、あの今井克宏シェフなのです。現在、森町の「三鞍の山荘」、浜松時代は「ビストロ・トック・ブランシュ」「トック・ルージュ」「フランス料理今井」を展開されていましたね。そして、今井シェフのお弟子さんが「シェ・モリヤ」の守屋シェフ、「エピファニー」の南竹シェフ、「ホテルコンコルド浜松」の佐渡シェフ、昨年8月に閉店されたブリュッセル「INADA」の稲田シェフなのです。

 「はままつ子」さんたちには誠に申し訳ないのですが、68年に今井さんが来浜されるまでは、浜松市内にフレンチのレストランもビストロも食堂も存在しておりませんでした。当然、ワイン単体を提供してくれるバーも無かったと思われます。私は、浜松フレンチの黎明期を経験させていただいた世代の一人だと思います。本当に有難く、感謝しております。2003年2月に、このコラム掲載を依頼されたのも、エビファニーの南竹シェフからの紹介でした。

 これからも、私の「ちりとてちん」、サイト内のレストラン、いつまでも続いていけるよう、よろしくお願い申し上げます。


稲葉商会  
https://www.inaba-wine.co.jp/

ターバン(閉店時)
https://www.wr-salt.com/turban/

今井克宏の忘れ得ぬ人 
https://www.wr-salt.com/wasureenu/08.html

 

2019.5.20 清八



37年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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