「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

「2026年、アフターコロナのエトセトラを報告?します 2月篇」

 

 清八でございます。毎月、「食」に関する書籍・漫画・映画・DVDなど、主に中古品を探しては買い求め、読んだり、観たりして学習しております。それでは、2月分を報告させていただきます。

 もう、かなり前から2月は名古屋市内で北村想作品の演劇を観て、夕方から駅近くのお店で飲食して帰宅という体験を続けてきました。一昨年2月に劇団は解散したのですが、ゴッホ昨年は劇団員有志での公演があって継続できました。ところが、今年はその公演もなく、とうとう2月の名古屋体験は終了?かなと思っていたのですが、愛知県美術館で3月23日まで開催されている「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」前売りチケットを入手できたので、今年も名古屋体験が可能になりました。(画像①)

 


(画像①ゴッホ展)

 

 2月10日、駅近くでのランチの後、地下鉄で池下へ。今回は、「古川美術館」と文館の「爲三郎記念館」での鑑賞でした。古川美術館は、初代館長故古川爲三郎が収集し大切にしてきた美術品を1991年11月から展示公開されている美術館です。伊藤深水・上村松園・奥村土牛・片山球子・東山魁夷・横山大観・梅原龍三郎・小磯良平・ジュディオングなどなど、収蔵品の一部を鑑賞させていただきました。そして、徒歩1分の「爲三郎記念館」へ移動しました。この記念館は、旧古川爲三郎邸で1995年から公開されています。茶事による真心のもてなしを意趣とする数寄屋造りの母屋「爲春亭」と庭園、茶室「知足庵」が配されています。2018年に正門・東門・待合・雪隠を含めてすべての建物が国の登録有形文化財に登録されました。(画像②、③)

 


(画像②③「古川美術館」と文館の「爲三郎記念館」)

 

 

 36年前にアムステルダムに行ったんですが、国立美術館でレンブラント作品を観ただけでした。今回は、ファン・ゴッホ美術館所蔵作品なので愉しみにしておりました。圧巻の展示内容なのに、おじさん団体の「何だ?ゴッホだけじゃないのか?」発言は、失礼だと思いました。没入体験会場は撮影・SNS発信可能と書かれていましたので、画像④として掲載させていただきます。


(画像④圧巻の展示内容)

 

 この日の夕方からは、JR金山駅から148mという場所にある「金山おでん でーもん」さんを17時30分に予約して伺いました。名古屋おでんと串揚げのお店で、「あさり出汁おでん5種盛り」(画像⑤)、「名古屋味噌おでん5種盛り」(画像⑥)、「名古屋味噌牛スジどて煮」(画像⑦)、「鱈白子おでん」(画像⑧)、串揚げ3種(画像⑨)、「なめろう」を肴にして、生ビールとバイスサワー(画像⑩)でいただいてきました。串揚げはサイズと比較するとお高めでしたが、味噌おでんはいい味付けでした。とにかく駅に近いのがサラリーマンにはベストなお店だと思いました。


(画像⑤あさり出汁おでん5種盛り)


(画像⑥名古屋味噌おでん5種盛り)


(画像⑦名古屋味噌牛スジどて煮)


(画像⑧鱈白子おでん)


(画像⑨串揚げ3種)


(画像⑩バイスサワー)

 

■NHKラジオセンター「子ども科学電話相談」制作班・編「NHK子ども科学電話相談 キッチンから宇宙まだ ふしぎなんでもQ&A」NHK出版(2012.7.15) 中古本

 コロナ禍の期間、旅行や外出、不特定多数への集まりなど控えるよう政府からのガイドラインにありましたね。自宅でDVDの映画を観たり、Amazon prime videoを観たりしていたのですが、自然とラジオを聴くようになりました。そして民放よりもNHKを。当然ですがCMが無いので、30分とか60分とか他の作業をしながらの時間の感覚に便利だったのです。いろいろな番組の中で、以前から聴いてきた番組が、この「子ども科学電話相談」だったのです。前回のこのコラムでも書いたのですが、私は「アマチュアの噺家」です。この3月20日で戸籍年齢は72歳になりましたが、まだ現役です。プロの噺家さんは、毎日、お客様の前で喋られておりますので、昨日今日の話題やニュース・新聞記事、世間の話題を噺の前にマクラとして喋ることができます。残念ながら私は月に一度位の頻度なので最新の話題?を取り上げることは殆ど不可能です。そこで、かなり以前から参考にさせていただいてきたのが、この番組でした。

 テーマで「恐竜」の日があります。もう5年位前の放送ですが、小学3年生の女の子からスタジオの大学の先生に質問がありました。その質問の内容が、女の子が疑問に思うレベルではないような専門的な質問が続いたんですね。もう、先生は喜ばれて、持ち時間をオーバーするようにQ&Aが続きました。それでも女子アナさんが「〇〇ちゃん、ごめんなさいね。次のお友達の質問もあるから、今日はここまでにしてぐたさい」と止めた後、「ところで〇〇ちゃん、今日は〇〇先生に答えていただいたんだけど、〇〇ちゃんは、将来、大きくなったら大学に入って〇〇先生からお勉強をならうのかな?」ってふったんです。〇〇先生も、その気になってたのか「〇〇ちゃん、それまで僕は、この大学に居るからね」。女子アナさんが「〇〇ちゃん、将来は何?になりたいのかな?」「‥カフェのお姉さん!。もう、この時はスタジオ内が大爆笑でした。小学3年生ですから「忖度」はありませんわねぇ。

 この書籍の質問には「どうしてピーマンは中がからっぽなの?」とか「どうして牛乳はバターや生クリームになるの?」「ごはんを食べておなかいっぱいのときでもアイスクリームやおかしなら食べられるのはなぜ」。さぁ、あなたならどのようにお答えになりますか?(画像⑪)

 


(画像⑪子ども科学電話相談)

 

■里見真三著・飯窪敏彦写真「いい街すし紀行」 文春文庫(2009.1.10) 中古本

 2002年12月に文藝春秋から発行された単行本の文庫化本でした。里見真三は、「B級グルメ」の提唱者で、文藝春秋の「ベスト・オブ・ラーメン」「すし」「蕎麦」など、原寸写真集を編集された方です。

 2000年から2002年にかけて、全国25の名店のすしを写真と共に紹介されています。この頃には全国的に「回転寿司店」や「お持ち帰り店」がチェーン店展開されています。回らない店の一人前の「お寿司」盛合せの写真を次々と見ていくと、確かに大人向けの酒の肴が主であったカウンターでの一皿をいろいろと思い出しております。私は、今でも「握り寿司」よりは「ちらし」や「祭り寿司」「ばら寿司」の方が好きで、初めてのお店のメニューにあれば、頼んでしまいます。

 84~93頁に、東京・銀座六丁目の「鮨青木」さんが紹介されています。「初夏の特別ちらし(5000円)。ランチ限定で供する特別ちらしは、中央におぼろ、その上にサイマキエビ、コハダ、マグロ、真ダイ、トリ貝などを並べ、脇をカスゴや小柱、サヨリのシソ巻などで飾る。」「ランチメニュー限定のちらし2種、各3000円。手前は赤身、スミイカ、コハダ、タコの桜煮、車エビなどを盛り合わせた吹き寄せちらし。奥のばらちらしの鮨めしも刻んだタコの桜煮入り。上に季節ものの煮ハマグリものせて。」「40尾のサイマキ(小型車エビ)を使った特注ちらし、時価。下には酢蓮とエビおぼろが敷き詰められている。ひな祭りや正月など慶事用の注文が多い。注文の際は、お重持参で。」この文面だけでも、何とも贅沢なちらしという事がわかります。この特注ちらしですが、現在のホームページを拝見したら、25,000円よりとありました。

 私は湖西市新居町内で生まれ育ち、実家から子どもの足で徒歩5分内に4軒の魚屋さんがあり、大人数の家族だったので、刺し身は「柵」で買ってきて、父が切り分けていました。当時は、「大根のつま」は無料だったので、かなりの量が皿に盛ってありました。親戚のおじさんが来られた時だけ、お土産の握り寿司が折りから出されて、食卓を飾りました。大人たちは生寿司を食べて、子どもたちには玉子焼きとかかんぴょう巻きでしたね。でも漁師町だったので、刺し身は季節毎の新鮮な魚が常にあって、今から思えば贅沢な子ども時代だったと思います。

 ただ、生寿司は子どもの頃には殆ど食べられなかったので、このソルト・ドットコムの和食店に掲載されていた湖西市の「新駒寿司」さんには、約35年間通い続け、テイクアウトも続けてました。惜しまれつつ2021年3月23日に閉店されましたが、ご縁があって3年前から毎週のように浜名湖ガーデンパークをご一緒にポール・ウォーキングを楽しんでおります。また、年4回位のランチ会(低山歩き)には、奥様手作りの玉子のだし巻きの差し入れがあり、お店の味を思い出させてくれます。ありがとうございます。(画像⑫)

 


(画像⑫いい街すし紀行)

 

■DVD「食堂かたつむり」 アミューズソフト (2010.9.1) 中古

 小川糸の小説を原作とした2010年公開の日本映画で、当時、映画館で観れなかったので中古DVDを入手しました。

 主人公・倫子に柴咲コウ、母親・ルリコに余貴美子。インド人の同棲相手に家財道具や調理道具、祖母とともに漬けた梅干しなどの食材をすべて持ち逃げされ、心因性失声症となった倫子が自由奔放に生きる母ルリコのいる田舎に戻り、一日一組の「食堂かたつむり」を開きます。メニューはなく、お客様との事前のやり取りからイメージを膨らませて作る倫子の料理は、食べた人の人生に小さな奇跡を起こしていく。主人公による調理シーンやロハス生活の描写はよいのですが、ペットとして飼っていた豚を食べてしまったり、死んでしまった白い鳩を食材として使ってのシーンはグロテスクかな?うまく理解できなかったけど、「料理」を通じて母と娘の関係が修復していく作品でした。ラストで「声」を取り戻せたから良かったね。という作品でした。(画像⑬)

 


(画像⑬食堂かたつむり)

 

■三田村鳶魚著「江戸の衣食住」 青蛙房 (1957.7.7) 中古本

 著者の三田村鳶魚は1970年生まれ・1952年没の江戸文化の第一人者で「江戸学の祖」と呼ばれています。現在の東京都八王子市千人同心の家系に生まれ、新聞記者などの仕事の後、江戸時代の武家や町人生活、風俗を徹底的に調べ執筆して後世に遺してくれました。当時の定価では380円ですが、現在の物価だと10倍の3,800円位だと思います。

 175頁の「家康の死因は天婦羅の食傷」。「‥『慶長日記』の元和二年正月廿一日のところに、茶屋四郎が京都から駿府の家康のところへ帰って来て、いろいろ京の話をした。この頃京都で珍しい料理がはやって、互に饗応し合っている。それはどんな料理であるかというと、鯛を胡麻の油で揚げて、蒜といふから韮みたいなものでせう、それを摺りかけて食ふ。大変はやってもいるし、食べても珍味である、ということを申し上げた。そこへ丁度大鯛と甘鯛を献上した者がありましたので、あんな英雄でも年を取ると食気に嵌ると見えて、家康が早速それを揚げさせて、不断よりも沢山食べた。ところが四時間ばかりたつと腹痛を起して、それがもとでたうとう亡くなってしまひました。

 176~177頁の「街頭に進出した天婦羅」。「とにかくさういふやうなわけで、家康は天婦羅と心中された形になりました。そのためかどうか知りませんが、諸大名の方にもあまり天婦羅を食った話がない。一時大変に流行したといふ京都ても、全然絶えたわけではありますまいが、前のやうにはやらなくなった。少くとも私の見た範囲では、元和二年以後、当分切れるのですが、それが再び現れた時には、一般民衆の食物になって居ります。この筋道はどういうものであるか、一向わかりません。」(画像⑭)

 


(画像⑭江戸の衣食住)

2026.3.29 清八





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