2018.03.31
西浦の帰りの風景。

ついこの間まで西浦から帰ってもまだ暗かったころを
思えば日に日に日の出の時間が早くなっていることを
実感しています。


アンティパスト・ミスト・マーレ(西浦マーレ)を
食べられたお客さまや
すいません途中です。

2018.03.27
Tortelli in brodo
クラテッロと仔牛肉を詰めたトルテッリ・イン・ブロード



2018.03.27
鮃とアスパラ、トレヴィスのサラダ仕立て
イタリア・ピエモンテ州産の仔牛のカツレツミラノ風

2018.03.27
春爛漫
通勤路の風景。
蕨も出始めました。
苺のパンナコッタ

2018.03.26
夜桜
近所の花園幼稚園の桜はなかなか見ごたえのある景観で
特に夜桜が好きです。店からほんの数分のところにある
にもかかわらず去年は変な咲き方の年でしたよね。確か。
それに、バタバタとしていて気が付くと見逃してしまいました。


今年はばっちりです。ほぼ満開。

冬が寒かったから、ここのとこの温かさで一気に咲いたって
ラジオで言っていました。この調子だと幼稚園の入園式には
葉桜になってるんでしょうか。


昔は、桜とか咲いていてもそんなに関心もなく過ごして
いましたが、年を取ったということなんでしょうか。
特にこのあたりは田舎と言うこともあるのでしょうが、
綺麗な花を咲かせる木花や庭木を植えている家が多く、
普段見慣れた風景ですが、この季節になると一気に華やぎを
みせる景観がとても好きです。あちらこちらに色鮮やかな
花をつけている各家ごとの木花を遠目に見渡すとそれだけで
通勤の運転が軽やかな気分になれます。



本当に小さかったころの記憶、今は宅地造成されて
すっかり当時の面影はありません。半田白山町。


当時その白山町、下からてくてくと上がってきて、その一番
奥におじいちゃんの勤めていた機屋(はたやさん・この字で
いいんでしょうか?)の社宅と言うか長屋に家族8人で住んで
いたことがあり、今思えばその一帯が宅地造成されるころで、
その土地が引っ掛かり、幼稚園の年中の頃引っ越しました。
その頃の話。当時半田で花見と言えば雁宿公園でした。
しかし、うちからその花見の名所まで行くには、低い山ですが
その尾根の部分の林の中を子供の足で小一時間かかったでしょう
か。突っ切っていくしか方法はありませんでした。勿論車が
あるわけではありませんので最短のルートがそれでした。行きは
まだ明るい夕方前に家を出ます。公園の中に出店が一件。
小さな動物園も兼ねた公園で娯楽のないころだったこともあり
花見以外のシーズンに行ってもカップルや家族連れなどで
結構にぎやかしかったと思います。

でもさすがに一番の稼ぎ時のこのシーズンは、桜の木の合間に
設置したぼんぼり、そのわきにこの時期だけテーブルと椅子が
所狭しと出されます。うちもちょっとした料理をお重に詰めて
持って行っていたと思いますが、温かいものおでんや団子は
そこで現地調達していたのでしょう。

食べるのなんて当時娯楽の少なかったころでは、子供よりも
大人の方が楽しみだったのではないでしょうか。おぼろげな
記憶の中でさえ無数のぼんぼりに桜がポーっと浮かび上がり、
公園のあちらこちらで大人たちがお重を広げ、さんざめく楽しい
雰囲気が公園中に満ちていていたのをいまだに思い出します。


もう一つその出店でいつもおじいちゃんが注文してくれるのが、
ところてんでした。が。なぜかところてんは箸が一本しか付いて
こず。当時幼稚園児で、ただでさえおぼつかない箸が一本。
で、ところてんです。ほぼ食べれずてこずっていても、大正
生まれのおじいちゃんで、結構頑固だったので、そこは譲って
もらえず、うまく食べれず、半べそかいていたと思います。
ちょっとほろ苦い思い出として残っています。ところてんを
箸一本で食べるって地域他にもあるんでしょうか。


で。行きはよいよい帰りは恐い。山道が怖いだけではなく
眠い!幼稚園児ですもの。確か公園の消灯は21時だったと
記憶していますが、当然寝る時間を過ぎています。弟が、
「歩けない。」ってこともありましたし、僕も親父の背に
おぶされてすやすや寝て帰ったこともありました。


今そこは、びっしりと家や商業施設、図書館など立ち並び
そんな花見の道すがらの風景を知っている人ももうそこには
ほとんどいないんでしょう。

当時、帰りは消灯の少し前に公園を後にしますが、21時少し
回ったろ山道をとぼとぼ歩いてても後ろからまだ帰りを惜しむ
大人の賑やかなさんざめきが聞こえてきました。その山道に
ポツンぽつんと、子供の足で遅いので追い越していく大人の
懐中電灯の光をなんとなく覚えています。



ふと思い出した今から50年前の昔話。



2018.03.14
Torta di ricotta”

天草有機甘夏のマルメラータを混ぜ込んだリコッタチーズの
トルタ。
Dolce misto”

・オリーブオイルのジェラート、みかんのマーマレード
・甘夏のマルメラータのパイ包み焼き、アーモンド風味
・福津農園・松沢さんの栗のカタラーナ、栗のはちみつ
Asparagi in salsa”

豊川・北川さんのグリーンアスパラ、遠山さんの地玉子のソース
リコッタチーズのクロスティーニ

2018.03.13
天草有機甘夏のマルメラータのパイ包み焼、アーモンド風味

2018.03.12
PANE
今日はちょっと近年にない衝撃を味わいました。


パンについて今まで書いていないと思うので、ちょっと
この機会に気合を入れて書きます。


※今回の【パン】と言うのは食事パンのことで、菓子パンは
外しています。…菓子パンは大好きですよ!


19歳でイタリアに渡りローマでの生活が始まって、今思い返して
みると、と生活の中でワインには初めから違和感なくすっと
なじめましたが、PIZZAとレストランやトラットリアなんかで
出てくるテーブルパンに始め馴染めませんでした。お口が子供
だったのでしょう。


PIZZERA のPIZZAは半年ほどですんごく美味しい。”て、なり
ました。


何せ日本の菓子パンに親しんでいたお口が、いきなり本場の
ぱさぱさ、ポコポコ。味もそっけもなく感じるイタリアのパン
は暫らくの間、どうも美味しいと思えませんで居ました。
いつからか、『これか!そういうことだったのか。』と思える
ようになったのかは、今思い返してもその分岐点となるきっかけ
は思い出せません。

たぶん、帰国して東京で働き始めて初めて彼の地のパンの
あのそっけなさが、日本で食事をしていても出会えない。と
気付いてからかもしれません。今思えば向こうのパンは日本の
ご飯と同じ。でしょうか?美味しすぎてもかって食べ飽きて
しまうし、美味しくないと食事そのもののテンションが下がる
と言いますか・・・。


ちょっと余談。先日ラジオを聴いていて言っていたことで。
『食べ物はガソリンに例えられますが、全然違います。
機械はガソリンを入れて動きます。人間の食事は、体を
作ります。』そう!【あなたは、あなたの食べたもので
できている。】ですよ。



イタリアでのパンの汎用は、勿論食事の御伴。夕方ちょっと小腹が
空いたときには、生ハム、サラミ、チーズなどなどペロッと一枚。
そんな豪勢じゃなくていいんです。かえって貧弱っていうか、
シンプルなほどいい。言ってみればおにぎりとおんなじ。
美味しいごはんであったら梅干し一個に海苔を巻いて。それさえ
あればもう何にもいらないのとおんなじ。それを海で食べるんなら
おかずもいらないかも。海風。潮の香りがあればおにぎりを
もう一段引っ張り上げてくれます。

ぱくっとやると、ちょうど小腹を満たしてくれます。常備総菜に
早変わり。それから2ー3日たって固くなったパンは水にさっと
つけてトマトとバジルを挟んでパニーノに。慣れないとぐじゅっ
としてますが、夏なんかかえってさっぱりします。もっと固く
なると、しっかり水で戻してPappa col pomodoroトマトと
パンのスープ。Panzanellaパンのサラダ。Ribollitaリボリータ
(パンと野菜のトスカーナ風ミネストローネ)。フードプロ
セッサーにかけて自家製パン粉にもなっちゃいます。

で、東京時代。今から25年ほど前のこと。フランス/イタリア
料理店が町場にどんどんでき始めていた時代の東京でさえ、
シェフたちが望む食事パンを賄ってくれるようなベーカリーは
ありませんでした。よくて、美味しいバケットを焼くパン屋が
近くにあればいい方でした。

イタリアのレストランでは、パンは契約先のパン屋から毎日納入
してもらうのが一般的。家庭でもどんな村でもなんとかAlimentari
食料品店があれば必ずパンは入手できます。

その時代東京のレストランでは気に入った食事パンが手に入ら
ない。と言うことと、お店の特徴を出すために、自家製パンを
自分とこで作ろう。と言う流れが出始めたころでした。
ご多分に漏れづわが修業先Acqua pazza”でも天然酵母を
使ったパンを焼いていました。当時も(今も)どこのレストラン
も、充実した設備のない中で、だからこそできる味のあるパンを
試行錯誤して生み出しているような時代でした。


時代は下って、うちのカンパーニャの始まりは、22年前頃の話。
料理の鉄人に出られた大津にあったビストロ・オブロンの
フランス人シェフのお店に何度か気に入って通っていました。
ある日伺うとお店のパンが変わっていてすごく美味しいカンパ
ーニュをお店で焼き始めていて、店頭販売もしていました。
一つ買い求めそれを基に自分でもパンを研究し始めたのが
今のお店のカンパーニャになっています。


ただパンもやり始めると底なし沼で。ある意味片手間で、位で
置いておかないときりがなくなってしまいます。ましてや今
全部自家製。それも一人で!週二回西浦にも4時起きでいってるし。
体壊さないように仕込みをこなしていかなくてはなりません。


仕込みに充てている月曜日の日中ですが、年明けてからここの
ところ、なんだかんだと気ぜわしく仕込みに追われて過ごして
きていました。たまには、ちょっとお昼にうどんでも食べに
出てもばち当たらんやろうとって思い。仕込みをやりくりして
何とか遅めのお昼くらいに仕事のきりがつき、目的のうどん屋
さんに自転車で行ってみると、案の定、そういう時に限って
臨時休業!・・・ちょっと残念。

で。気を取り直して。ずっと気になっていたベーカリーに。
満を持して入ってみることにしました。新しいお店に入るのは
ほんと勇気がいります。


入ってびっくり。菓子パン0!!!・・・PIZZAとハード系
パンのみ。それも小麦の特性を生かすようにしっかりと焼き
込んだパンのみ。

20年前自分が豊橋でオープンしたころには考えられない。でも
素敵な光景が広がっていました。(当時タルトをそういった
しっかりと焼き込んで小麦の香りが一番出るようにしっかりと
焼き込んでいたら、見たことない色のタルトだったんでしょう。
上のアパレイユとフルーツのところだけ突っついて、ほとんど
タルト生地だけ残された。ほんとほろ苦い経験があって、その後
タルトを10年間くらいお店に出すことはありませんでした。)

その店内の光景の中で、ポーっとなりこんなパン屋があった
だなんてと興奮してきて、夢中で4種類手に取りました。
店内にパンについて何か質問がありましたら遠慮なく
聞いてください。”みたいなことが書いてあったので初対面て
ことをすっかり忘れて、あれやこれやと質問させてもらいました。
やっぱ素敵な変態でした。こんな人が豊橋にいるんだ。って。


で。持ち帰ったパンを前に、こんな麗しいパンならチーズで
しょうと。賄いをうどんからパンとチーズに変更です。


また。で。パンのテイスティングも兼ねて、そのままスライス
したものとカットして再加熱したものを食べ比べてみました。
ご主人曰く『自分は第二の人生を何にするかって考えた時に、
自分らしいものを形にできる仕事って観点から考えて、パン屋に
たどり着くんですが、修行してないし。全部自己流で何度も
試行錯誤して今の形にたどり着いたから。師匠もいないですし。
フランスのパンとかを目指しているわけでもないし。すべて
自己完結しているのが自分のパンで、それを気に入った人が
買ってくれて家族を養えれればそれでいいのかと思ってます。』

…イタリアのパンと言うわけでももちろんないのですが、今
までもお店のラインナップで一種類くらいそういった粉と酵母と
水から出来ているあの独特の風合い、素朴なパンと言うのには
出会ったことはありますが。買った4種類全部がそういった
風合いを持っていることにびっくりしてしまいました。

門外漢の自分でさえ日本のパン屋では菓子パンで生計を
維持していることくらいは知っていましたし、年会1100件の
パン屋が出来、1200件のパン屋が廃業するって言うことも
先日TVで知りました。レストランも似たようなものですが。
それを100%テーブルパンでやっているお店がほんのすぐそば
にあったなんて本当に驚きです。

あれは何なんでしょう。フランスは行ったことはないから
わかりませんが、そのパンを食べているとスーッと入って
いくんです。そうしてふっとイタリアで食事しているような
錯覚が。素朴な。お皿の中の(今回はチーズとミネストローネ)
にすっと寄り添っているんです。俺は○○○のパンだ!
なんて主張は一切ない。

個人的には菓子パン大好きでメロンパン・クリームパン・
あんパン・ミルククロール・シナモンロール”あとパン屋の
レモンケーキ・ドライフルーツケーキなんていつもお使いに
するくらい。


で。今回衝撃を受けたパンとの出会いは、ほんと。一瞬パン作るの
やめようかってよぎりました。ま。物理的には全くやめてしまう
ことはしませんが。そのくらいの衝撃が僕の中を通り過ぎました。



でもそこから想像をたくましくすれば、自分がいつかこの業界を
去るとき、頭の真上を音速のジェット機が飛び去るような今回の
経験が、料理を作る自分の身近で起きたとしたら、もう俺料理
やんなくてもいいかな。って瞬間が来て。幕が引けたらすてき
だなって妄想してしまいました。


まだまだ若いもんには負けませんが。そうなったらいいな。






2018.03.02
角度を変えて見てみると。

三月に入って卒業シーズン。一ヶ月もすると桜も咲いて、
入学・入社シーズンです。

普段お子様(乳幼児から高校生くらいまで)を伴われての
来店客数はそれほどでもありませんが、これからの時期は
さすがのうちみたいなレストランでも、いや。うちみたいな
形態だからこそと言ったほうがいいのでしょう。入学祝や
就職祝い、いや。いや。ちょっと俯瞰して自分も親として
見てみると、この一年子供をサポートしてきた戦友として
自分たち親こそ、ほっと一息したいものだと!美味しいもの
でも家族で一緒に食べに行こう。となるのではないでしょうか。


こう見えてうち。そういった数は少ないながらも【少数精鋭】
の子供達から絶大な信頼を受けています。・・・えっへん。
以前は正直言っていやな思いもしたので、一律子供さんの
入店お断りにしていた時期もありましたが、覚えていませんが
何かのきっかけで再開し始めました。


自分とこの経験でいうと。以前まだ三女が幼稚園卒業した年の
3月末。4月1日が誕生日の千春さんの誕生会という名目で、慰安
旅行で奈良。ほぼ観光なしで、奈良ホテルに泊まって、メイン
ダイニングで食事をしようではないか。という壮大な計画を
立てました。勉強を兼ねて、日本の5件か6件あるクラシック
ホテルのひとつで。

その時の話。

・・・食事の予約をして訪れたメインダイニングの中央に
総勢9名の長テーブルがセッティングされていました。
「まるでゴットファーザーの晩餐会みたいだねって。」
軽口をたたきながら興奮を抑えて席に着き食事のオーダー
を終えて、ワイン(せっかくなのでシャンパン)をオーダー。

このあたりから場の雰囲気、僕らのテーブルの扱いが微妙に
変わってきました。オーダーしたのがヴィンテージシャンパンで
全員でアラカルトで、それも楽しそうに食事をのテーブルを
囲んでいたからだと思います。そして、二本目の80年代の
ヴィンテージのブルゴーニュの赤を注文したころにはもう
サービススタッフの主だったメンバーがうちらのテーブルを
囲むようにしまいには支配人まで遠巻きに見守られていました。
もうそれこそ【ファミリー】の食卓状態。

そりゃあぼくらも人間。あらを探しに来るようなテーブル、
慇懃無礼なところもしかり。はできれば避けたいもの。ちょっと
これは余談。・・・余談ついでに、僕らが読む専門誌『専門料理』
で以前連載されていた関西の料理人の方の一言で印象に残って
いることが。・・・「美味しいものをお店で食べようと思ったら、
その店の料理人に、こいつに旨いもんく食わせてやろって気に
させなくてはだめ。」お店に媚を売るわけではなく、その気に
させれるお客になるってこと。それってなかなかできることでは
ありませんが・・・。


でその接客途中で起きたこと。全員アラカルトなので、初めの
テーブルセッティングがこういったホテルなのでフルコースの、
それもクラシックなフルセッティング。自分んも学校では
習いましたが体験したのは初めて。で、この時千春さんは、
スープだったでしょうか、フルセッティングがはがされる
ように自分のだけほとんどのフォーク・ナイフが取り払われて、
子供用のちっちゃなスプーンとフォークに取り替えられました。
その瞬間ものすごく悲しそうな顔になり、今にも泣きだしそう
になりました。すぐに下げているスタッフの方に少しだけで
いいので大人と同じセットをおいてくださいとお願いしました。
それがわかるとふっと笑顔に戻り、そしてお澄ましして“私も
大人の仲間入り。”と言わんばかりに、また楽しそうに皆の
会話に入ってきました。
もう一つ。イタリアでも“ナターレ(クリスマス)”“パスクワ
(復活祭)”などの祝祭はイタリアではみな親戚一同を集め食事
をします。もしくは、レストランに足を運びます。はたらいていた
RIS,CACCIANIで何度も見かけた風景。そんな日にレストランに
お出かけしてくるファミリー、両親に伴われて彼らもおめかし
してきます。日本でいうと小学校の入学式のような恰好です。
胸を張ってはつらつとレストランのエントランスを入ってきます。


今思うとですが、やっぱ。子供たち、一人前に扱ってもらうと
嬉しいんだ。…自分もそうだったよなあ。と。


そう思えるようになるとあとは簡単。それを伝えるように仕事をするだけだ。とね。



だから最近ではこう思っています。し。こう思ってレストランを使ってほしいと。

自分たちがレストランに行くのに子供どうしようかではなく。
子供達にも自分たち大人と一緒に美味しい時間を楽しもうと。
だからちょっとみんなでお洒落して、普段なかなか取れない時間をみんなで一緒に
過ごしましょう。と。



ね。どうでしょう。

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