「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

 

「2025年、アフターコロナのエトセトラを報告?します 4月篇」

 

 清八でございます。毎月、「食」に関する書籍・漫画・DVDなど、主に中古品を探しては買い求め、読んだり、観たりして学習しております。それでは、4月分を報告させていただきます。東京・上野での「真打昇進披露宴」出席の報告もあります。

 

■志賀内泰弘著「京都祇園もも吉庵のあまから帖」PHP文芸文庫(2021.2.16) 中古本
■志賀内泰弘著「京都祇園もも吉庵のあまから帖2」PHP文芸文庫(2022.4.15) 中古本
■志賀内泰弘著「京都祇園もも吉庵のあまから帖3」PHP文芸文庫(2021.3.18) 中古本
■志賀内泰弘著「京都祇園もも吉庵のあまから帖4」PHP文芸文庫(2021.9.21) 中古本
■志賀内泰弘著「京都祇園もも吉庵のあまから帖5」PHP文芸文庫(2022.6.22) 中古本
■志賀内泰弘著「京都祇園もも吉庵のあまから帖6」PHP文芸文庫(2023.1.24) 中古本

 私の「喜六家清八」の名刺には「趣味」として落語(素人落語、書籍・音源・映像蒐集)、料理本蒐集、手ぬぐい蒐集、ジオラマ作り、演劇・映画鑑賞、山歩き、街歩きと書いてあります。また、「道楽」として「新居・本果寺寄席」主催(素人前座)、古書店・古レコード店散策と書いてあります。浜松市内の各店舗には、約55年位は散策してきたと思います。西武百貨店浜松店があった頃は、春と秋には浜松古本市が開催されて市外の店も含めると30店舗以上が出展されていた記憶があります。

 5年前、いえ、もっと前からですが、「浜松古本市」が場所を変えて開催されています。これは、元々の古書店以外に本が好きな方や読書会を企画されているような方々のフリーマーケットです。今年は、4月19日、浜松市の新川モールで開催されたので行ってきました。この6冊の文庫は、その時に購入出来ました。発行当時の定価4,520円(税抜き)なのですが、700円でした。

 元芸妓のもも吉が祇園で営んでいる甘味処「もも吉庵」。一見さんお断り、メニューは「麩もちぜんざい」のみ。そんなお店を訪れる様々な悩みを抱えた人達とのエピソード集でした。228~286頁の「第五話 葛汁粉 春遠からじ吉田山」には、ぜんざいの小豆を濾して汁粉を作り、それに丁寧に吉野葛を溶いて行平の小鍋で熱を加えた特製の「葛汁粉」が登場しています。この葛汁粉のあえに、フニャリとのっているのが「麩」ではなく、寺町の亀屋良永の「御池煎餅」でした。

「‥亀屋良永は、江戸期天保の創業。良質のもち米を粉にして焼き上げた麩焼き煎餅が名物だ。サクサクの歯触り、ふわふわの口どけ。その煎餅を適当に割って、汁粉に混ぜてある。それも、元の触感を少しでも残すため、火を止めて清水焼の器に盛ったあとに、そっと混ぜたものと思われた。‥」

 あぁ、京都へ行って買うて、食したいものです。(画像①)

 


(画像①京都祇園もも吉庵のあまから帖)

 

 

■山田登世子著「贅沢の条件」岩波新書 (2009.7.22) 中古本

 この中古本も、「浜松古本市」で購入しました。当時の定価は700円(税抜き)に対して300円でした。著者は、フランス文学・文化史の愛知淑徳大学の教授です。中世修道院文化からココ・シャネル、白洲正子までフランス文化と現代日本の贅沢とは?を書かれていました。143~151頁に「修道院の美酒」が書かれていました。

 「‥そして、ブルゴーニュ・ワインのほかに修道院がつくりだした銘酒といえば、いちばん名高いのが、かのシャンペン、「ドン・ペリニョン」であろう。モエ&シャルドン社の看板商品として世界に名をはせるシャンペンである。十七世紀、シャンパーニュ地方の郊外に生まれたピエール・ペリニョンは、十九歳でベネディクト会に入会し、二十九歳の時にオーヴィレール修道院のワイン貯蔵庫長の職に任命され、七十七歳で世を去るまで、その職務を全うした。歳とともに視力をなくし、異常なまでに研ぎ澄まされた味覚と臭覚をもって、ワインを賞味した。一口含んだだけでどこのワインか言い当てたなど、さまざまな伝説を残している。‥こうして生まれた数々のフランス・ワインのなかで、極め付きの贅沢品というならやはり、「ロマネ・コンティ」であろう。時はルイ十五世の治世下、ブルゴーニュのロマネの畑で採れる葡萄が最高のワインを生みだした。この畑を手に入れようと、ルイ十五世の愛妾ポンパドゥール夫人と、コンティ公が争ったという。結局コンティが畑を手にして、夫人に勝ち、以来この美酒は『ロマネ・コンティ』の名をもって知られるが、名は知られても実際に味わうことができる人間はごく少数にすぎない。なにしろ、極端な少量生産で、ロマネの畑は二ヘクタールにも満たない。この希少性ゆえに、異常な高価格で、一本百万円は下らない。まさしく贅沢をきわめる『伝説』のワインなのである。‥」(画像②)

 


(画像②贅沢の条件)

 

■髙橋源一郎著「ラジオの、光と闇-高橋源一郎の飛ぶ教室2」岩波新書(2025.4.18) 新刊

 2012年4月2日から2020年3月13日までNHKラジオ第一で8時30分から11時50分まで放送されていた番組が「すっぴん!」でした。私は、戸籍年齢65歳で定年退職後、2019年4月から2020年3月13日まで、殆ど毎日のようにこの番組を聴いておりました。アンカーが古今亭菊之丞の奥様、藤井彩子さんでした。金曜日のパーソナリティが高橋源一郎さんで、オープニングテーマの前のコメントと紹介される書籍やご友人・知人のエピソードが秀逸でした。最終日は録音してパソコンの中に保管してあります。この「すっぴん」のパーソナリティ、月曜日はサンキュー・タツオ、火曜日はダイヤモンド☆ユカイ、水曜日は能町みね子、木曜日が川島明(麒麟)でした。この「すっぴん!」の終了が公表されると全国からNHKに対して、「終了撤回、放送継続」のメールや電話が連日連夜続いていた記憶があります。今からでも復活していただきたいです。そして、2020年4月3日から毎週金曜日の21時05分から放送されているのが、この「高橋源一郎の飛ぶ教室」なのです。

 22~24頁に、2022年度前期放送分から「いままで食べたなかで一番おいしかったもの」が掲載されていました。藤原辰史著「食べるとはどういうことか」からのエピソードでした。大学で講義したり、ディスカッションをするとき「いままで食べたなかで一番おいしかったものはなんですか?」の質問への回答は大きく分けて三つになる。「一つ目は『おかあさん』が登場する回数が多いこと。中でも多かったのは、ふだん作ってくれたものを久しぶりに食べる状況だったそうです。‥二つ目は、特定の店が登場することです。とくにラーメン屋が多かったのは、おそらく比較的安く、比較する項目も明確であるためではないかと藤原さんは書いています。‥そして、三つ目は、状況依存型であること。たとえば『登山して、頂上で食べたおにぎり』とか『友だちとキャンプに行って、そこで食べたバーベキューの味』とか‥」

 私の場合は、実家のお袋が遠足とか運動会の時に作ってくれた稲荷寿司、そして実家の父が給料日に連れてってくれた地元の中華そば屋。20代、戸隠村のキャンプ場での宴会料理などでしょうか。(画像③)

 

 


(画像③ラジオの、光と闇-高橋源一郎の飛ぶ教室2)

 

 

■山口あゆみ著「名古屋円頓寺商店街の奇跡」講談社+α新書 (2018.8.20) 中古本

 2月21日、北村想作品の演劇「空がとっても青いからⅢ」を観に、初めて名古屋市内の円頓寺商店街にある「円頓寺Les Piliers」に行ってきました。先月、古書店でこの中古本を見つけて、即購入しました。

 ぱらぱらっとめくったプロローグに「‥今、日本中の商店街が、疲弊し、事実上、緩慢な死の途上にある。とくにかつてはその地域の商売をほぼ独占し賑わっていた市街中心部の商店街ほど、その衰退ぶりは激しい。人々が郊外に住むようになり、郊外の大型スーパーやターミナル駅のショッピングビルに客をとられるという環境変化の打撃が大きいからである。それでもなんとか活性化しようと、どの商店街も悩み、東京のコンサルティング会社に指南を依頼したり、自治体の補助金を投入したり、だが、結局は求心力を取り戻せずにシャッター街と化している。‥」何とも、的確な表現に一気に読み取っていました。

 43~49頁に、「松川屋道具店」のご主人・斉木弘さん(取材当時78歳)の聞き取り記事がありました。このお店(骨董品)は先代が戦後から始められて、斉木さんは昭和42年から継がれたとのことでした。「‥歴史があるというのは素晴らしいことだけど、反面、過去の栄光があると目先が曇るんですわ。商売を続けようと思ったら、それはあなた、生きた的を射なくてはいけないのだから、過去はこうだった、と言っていつまでも同じことをしていてはいけないし、スタイルも変えなくちゃならない。だけど、私も商店街もなかなかそのことに気づけなかったね。‥‥そして、店を続けるために平日は会社勤めをして乗り切ったのです。「‥結局会社に70までいて、15年間会社員をしました。その間給料をもらえたこと以外にも、ほんとにその経験に感謝しとるんですよ。だって、もしずっと円頓寺にいて店に座っていたら、“旦那さん”になってまっていただろうと思う。今みたいな時代に、旦那さんになってたら、店も商店街もだめになるに決まっとるでしょう」

 2018年発行の当時の取材内容なんですが、古くはない内容でした。(画像④)

 

 


(画像④名古屋円頓寺商店街の奇跡)

 

 

 3月30日、「第5回瀧川鯉丸の会」として、101回目の本果寺寄席を開催出来ました。鯉丸さんは5月1日から新真打として都内の寄席・演芸場で「真打披露興行」を続けられておられます。当日の配りものから掲載させていただきます。
昨年11月24日、第100回目をちょうど100人のお客様に祝っていただけました。本当にありがとうございました。これで〆?とも考えていたのですが、県内、特に遠州地区での落語会・寄席が減ることはあっても増える傾向にないことがわかり、継続させていただきます。そのために、木戸銭を少し値上げ致しました。ご理解願います。

 当本果寺寄席は、1982年10月30日の「新窓・愛橋・楽輔三人会」がスタートでした。前回までの来演者は45名、延べ334席の噺を聴いていただけました。本当にありがたいことでございます。

 コロナ禍に4回開催、真打への過程をご常連様と共有出来た喜びでいっぱいでした。「子ほめ」と「佐々木裁き」、よかったです。(画像⑤、⑥、⑦)

 

 


(画像⑤)

 


(画像⑥)

 


(画像⑦)

 

 

 
 さて、4月5日は、ご招待を受けて東京・浅草ビューホテルでの「春風亭鯉づむ・瀧川鯉丸・立川幸之進 真打昇進披露宴」に奥様と出席してきました。(画像⑧、⑨、⑩、⑪)

 日舞、馬頭琴、ジャズヴォーカル、大人アイドルなどの余興が続きました。各テーブルを廻り、立川談笑、立川晴の輔、三遊亭圓王、三遊亭圓歌、柳亭楽輔、笑福亭羽光、桂南なん、桂小文治、春風亭栁橋、瀧川鯉昇、立川談幸、春風亭昇太‥‥たくさんの方々にご挨拶できました。鯉丸師匠からの引き出物は、川崎大師の祝い飴セットと真打昇進三点セット(手ぬぐい・扇子・口上書き)でした。ありがとうございました。絶対、ネットオークションには出しません。(画像⑫、⑬、⑭)

 


(画像⑧)

 


(画像⑨)

 


(画像⑩)

 


(画像⑪)


(画像⑫)

 


(画像⑬)

 


(画像⑭)

 

 

2025.5.27 清八





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