うまい料理を食べることは、人生最良の一場面といえる。 人生を料理に賭けてきた「三鞍の山荘」の今井克宏シェフが語る「Un bon plat」アン ボン プラ(うまい料理)。食卓や料理の話題を取り上げてもらいます。


「ミュンヘンのビールまつり」

 パティシェリのMさんは静かな人で、「おつきあい」にはついてくるが、ほとんど目立たない。私と河崎さんの「経済」‥フトコロぐわいは、月末には底がつき「今夜は借しておいてください」とMさんに全面的に協力をお願いする。
 
お金がなくなれば出かけるのをやめればよいのだが、Mさんをひっぱりだせばなんとかなるという浅ましい考えで、つい「Mさん、いこう。給料日には返すからね」と夜ごと出かけていくのである。

お金持ちは、秋岡さんもいたが、何かとお世話になりごめいわくをかけている先輩には「せめて」「カケ事」‥ポーカーゲームで「とってやろう」といどむのであったが、ことごとく「秋岡さんの勝ち」‥で、少ない軍資金をとられてしまうのである。
 
前借してまで飲むことができるのは、まわりに「お金」を持っている人がいるからで、皆持っていなければのまないのだが‥とへんな云い訳をしているのも酒のみの「悪いくせ」‥

Mさんの「ドイツ語」は地味に聞こえる。云いかえれば「ていねいな発音」なのだろう。

Mさんは、小さな土器でつくられている人形を集めている。それらの顔の表情が面白く感心してみていると、この「ミニチャー」は「マシュパン細工」や「アメ細工」の「モデル」にするんだよ‥という。スイスに来てから、まわりのことに「カルチャーショック」を受け、ほとんど「何も」出来ずに「ただ毎日をすごしている」私たちにとって、このMさんの言葉には「しげき」を受けた。

「勉強」をするために「スイスへ留学」をしたのであるが、今の自分たちは何も出来ずに「オロオロ」しているだけである。毎日が精一杯「生きている」。

そんなあわただしい「ふんいき」の中で、「しっかりと目標」を持っているMさんは「さすが大人である」

このMさんの「マシュパン細工」はすばらしいものである。小さな人形の顔の表情が「生き生き」として、あどけなさの中に「なにか語りかけてくるような」ものを感じさせる。パテシェリーの技術は、器用さが求められるが、Mさんの作品は「マネ」の出来るものではなかった。芸術家パテシェリのMさんに「たかって」‥のみ食いしている私たちは、ただ、一日の「ウサ」を晴らすために「ビアホール」へ通っていくのであった。

Mさんとは、3ヵ月位一緒に同じアパートで暮らしたが、その間にドイツ、ミュンヘンの「ビール」まつりに出かけたりして、思い出がたくさん出来た。

「ビールまつり」の会場では、「長グツ」の形をした「大ジョッキ」を何杯空けたかわからない‥まわりのドイツ人と歌をうたい、肩をくんで通じない言葉で話し合った。お互いに酔っていると、不思議と言葉が通じるのであった。ソーセージや大根の塩づけを「つまみ」にして「アイン、ツアイ、ドライ」の歌や「グロスト」‥のかけ声で、さらに「ジョッキ」のビールをあけた。

気がついたというか目が覚めたというか、「ボォー」とする頭をふりながらまわりを見ると、自分たちは「車」の中にいた。どのようにして「車」にもどったかまったく記憶になく、4人とも「車」の中で寝込んでしまったようだ。さらに、その「車」が6車線の真ん中に駐車をしていたのだからおどろきである。運転席にいるのは自分であるから、この場所まで車を動かしてきたのはたしかに自分である。酔っぱらい運転をした自分が悪いが、目がさめてくるにして少しづつ記憶がよみがえってきた。

その夜は、ホテルがとれずに「車」の中で寝ることになっていた。全員グロッキー気味ながら、とりあえず「車」まではもどってきて寝ることになった。たしか、その時「この場所は電気が明るくてねむれないのでイマチャン車を動かしてよ‥」と云ったのはMさんであった。云われるまま、この場所に移動してから眠りに入ったのである。

自分たちの「車」の両サイドを、スピードを出して走り抜ける車に恐れを覚え、酔った頭の中が少しづつさめてくるのであった。




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