うまい料理を食べることは、人生最良の一場面といえる。 人生を料理に賭けてきた「三鞍の山荘」の今井克宏シェフが語る「Un bon plat」アン ボン プラ(うまい料理)。食卓や料理の話題を取り上げてもらいます。


「プリン

 管理人のマダムはデンマークの人で、支配人のご主人はフランス人である。ご主人は私たちにお手本となるフランス語を話しかけてくれるが、アパートに帰ってからはほとんど顔をみせたことがない。
支配人は、フランス人でありながら仕事場ではドイツ語、イタリア語、スペイン語でウェイター、ウェイトレスたちに話しかけている。英語も話すのであるが、私たちがフランス語を勉強しているのを知り、あえて本物の発音をゆっくりと話してくれるのである。マダムとは何語で話しているかは分からないが、二人とも身長があり、ご主人のやさしいふんいきに対し、マダムは「ゴッツィ」感じで「しかられる」とその「ハクリョク」に小さな日本人は「タジタジ」となるのであった。

 「よごさぬように片づけをしっかりするように」が合言葉であるが、何分にも酒の入った連中だからどうしても手抜きがある。この点をマダムが見逃すわけはない。「この匂いは何よ」とばかりに窓をあけ、下働きのスペインの「オバサン」に「ハッパ」をかけている。
 
 「こうなったらこの手しかない」と河崎さん、日本から持ってきた「センス」を「マダム」に「カドーです…おみやげ」と差し出した。京都の舞い娘さんがえがかれていて「シャレた感じのセンスであった」。マダムは「メルシィボーク、ダンケシャン」「ありがとう、アリガトウ」といって角張った顔をくづして喜んでくれたが、このありがとうはこの時だけで、翌日はもうもとの「ゴッツイ」感じに戻っていた。「ちぇぃ、もう終わりかよ…」「もう少し気分がながもちしないのかよ…」と河崎さんの「ぐちる」気持ちも私にはよくわかった。なにしろ「オミヤゲ」…お世話になった人にアゲルようにとのアドバイスで持ってきた「おみやげ」がついに「ソコ…底」をついたのである。

  その日は河崎さんの休日であった。夜、仕事が終わって私たちがアパートにもどってくると、部屋の中がなんとなく甘い匂いがしている。「あれ、これプリンの香りじゃない」と云うと「アタリ…」「また、どうして」…といぶかる私に「日本食はあまりに匂いが強れつなんだよ、このデザートの香りでも残しておけばマダムも少しは考え方を変えるんじゃない…」このアイデアは「その通り」のことがおこった。

  翌日、いつものように「ゴッツイ」マダムは、モップを片手に入ってくると「おや…」という顔をして「なんの香り…デザートかしら」…そんなひとりごちながら台所にくると「う〜ん、いいにをいだこと」と、いうような顔をして私をみた。「ムッシュゥ、カワサキのスペシャルナンデス…」と答えながら冷蔵庫の中に入れてあった「プリン」を「2ヶ」とりだし「ボアラ、プール、マダム」どうぞあなたのです。…スムーズなフランス語と私の最高の笑顔に演出された「プリン」は、「メルシィボークートレジャンティ」ありがとう親切ね…というような、なごやかなムードの中でマダムの手に渡り「器は後で返します…」と「2ヶ」のプリンをもって部屋を出ていったのである。

  「プリン」作戦は大成功であった。これに味をしめた私たちは「食事会」のあとには必ず河崎さんの「プリン」がつくられるようになった。事実、河崎さんの「プリン」は、パティシェリのMさんも「ゼッサン」するように「おいしく」その技術は、すばらしいものだった。

  設備のととのっていない台所で「プリン」をつくるには、それなりの「テクニック」が必要だったが彼は簡単につくるのであった。それは私たちの「食事」の後の「カモフラージュ」に役に立ったのである。


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