うまい料理を食べることは、人生最良の一場面といえる。 人生を料理に賭けてきた「三鞍の山荘」の今井克宏シェフが語る「Un bon plat」アン ボン プラ(うまい料理)。食卓や料理の話題を取り上げてもらいます。


「手抜き

 グランシェフのシュネッツさんの信頼があつい秋岡さんは、たえず語学を勉強している 。仕事が出来ることは言葉が通じるかどうかで決まる。シェフからの仕事の伝達が、私たちのところでストップしてしまうので、オーバーに両手を広げて「はい、それまでよ‥」てなジェスチャーがくり返される。

 秋岡さんは、その実力からコック達が全員、食事のために食堂に行ってしまうと調理場に一人残って留守番をしている。
その日の夕方、全員で食事に行き、調理場に置いてきた「メモ帖」をとりに行くと、「イマチャン、これ食べなよ」と布がかけてあるマナイタのところから「アツアツのステーキ」の切ったのをゆびさしている。「ウへーありがたいね、今夜の食事はスープだけで辞めていたんだよ」‥ヒレステーキは、ミディアムレア、上質の肉は塩、胡椒だけ でも実においしい。
「ついでにラーメンを食べるかい」‥とアントレメテユの今夜の「つけ合わせ」であるヌードルをカップに入れると、別の保温器であたためてある「コンソメスープ」を注いでくれた。
「いや、ありがたいね‥ラーメンだよ‥たまらねぇっすよ‥」きざんだ玉ねぎが薬味代わりである。

 ステーキと「珍ラーメン」を食べ、食堂にもどっていくと、ノートを広げて、さも仕事内容を「メモ」をしているようなまじめなポーズに、ちらりと私の方をみた二番のルーフさんが「にこり」と笑いかけてきた。
日本語には、「知らぬがホトケ‥」という言葉があるんです。ノートには「うめいよ‥なるほどね、ヌードルとコンソメか」‥今夜も気持ちよく仕事ができることだろう。
次は、何を食べさせてくれるか楽しみである。


※写真はイメージです

 酒をのまない秋岡さんは「夜のつき合い」はしないが、実は大変に「カケ事」が大好きなのである。「ショーギ」は、自分では飛車角落ちでもかなわない。唯一たたかえるのは「ポーカー」である。
一週間に一度ぐらいのペースで日本人5人が集まって「カード」を楽しむのであった。

 「カケ金」は、1本が1フラン、おたがいに無理をしないゲームにしようということでアップ率を少なくしてやっていても「カケ事」はやはり「アツ」くなる。
翌日、休みの人はよいが仕事の人は「赤い目」をして職場に向かうのである。この集会はストレスのたまっている我々にとっては非常に必要なことであった。
その証拠に、仕事中の「イラツキ」がなくなったのである。どんなに怒鳴られようと「へえ、わかりました」「ごめんなさいね‥」というように気持ちが切りかえることができたのである。
一見まじめに見える秋岡さんが、ちょっと「手抜きする」「イタズラをする」ようなことが、このスイスでの生活の中には大切なのだと思え、気分的に楽になったのである。

 ところが事件はおきた。
それは、私と河崎さんが秋岡さんの住んでいるアパートに合流してからであるが、夜中12時をすぎても「ゲーム」は辞めるどころか、オーバーヒートしていき、話し声も大きくなっていった。
ふと気がつくと、床下が何かでつつかれたように「ドンドン」と音がしている。アパートの下には、支配人のファミリーが住んでいる。翌日わかったことであるが、話し声がやかましいので、支配人の「マダム」が棒でつついたということである。
このことはすぐに「エスワイルさん」に報告され、早速「ダメヨ、ニホントチガイマス。シヅカニスルコトネ」と注意を受けたのである。

 「ゲーム」をやっていたということで「ホドホドデス」ともつけ加えられたのである。「カケ事」とは分からなかったのがせめてもの救いであった‥。

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