うまい料理を食べることは、人生最良の一場面といえる。 人生を料理に賭けてきた「三鞍の山荘」の今井克宏シェフが語る「Un bon plat」アン ボン プラ(うまい料理)。食卓や料理の話題を取り上げてもらいます。


「ことば


※写真はイメージです
 職場で慣れるにしたがって、たえず別な問題が持ち上がった。

 誰が教えたのか、日本語で「バカヤロウ」「こんちきしょう」をスペイン人の洗い場のジョゼフがはっきりとした発音で話しかけてくる。本人はその意味は知らないのだが、私たち日本人をみると「バカヤロウ」と言ってくるのである。

 はじめのうちは笑っていたが、こちらも、そういつも調子が良いばかりではなく、仕事のトラブルで「ムカ」ついているときに‥タイミング悪く「バカヤロウ」と言われたものだから「つい」、「コノヤロウ」、「テメェ、フザケンジャーナイヨ」とジョゼフの胸ぐらをつかまえてしまった。

 「殴れば」国外追放になる‥ということは秋岡先輩から何回も注意されていたので、持ち上げた「コブシ」のおきばに困り、「ぐるぐる」とまわしていた。

 「おい、空手(からて)を知らねーか、お前のノーテンをぶち割ってやろーか?」「カラテ」という言葉がわかったようで「ムッシュウ、イマイ」「ヤメテヨ」「カラテ、ノーノー」ときた。ジョゼフ自身、なぜ胸ぐらをつかまえられたのかも分からず、その上「カラテ」のポーズをされたものだから慌てている。「二度と言うんじゃないよ」「ワカッタナー」と、その時はこれで済んだが、別な日に河崎さんが同じようにジョゼフをつかまえたときは、私も加勢して二人でジョゼフを大きな「スープ」をつくる「電気ガマ」の中に放り込んでやった。もちろん中は空であったし、使用中の「ナベ」ではないので心配はなかったが、ジョゼフにしてみれば、覚えた日本語を親しみをこめて言ったのにその都度日本人に「おそわれる」ので、さすがに「日本人はヤバンだ」という結論がでてからは私たちに近づかなくなっていった。

 スイスに来て、一番おどろいたのは人種差別が非常にあるということだ。出稼ぎに来ているイタリア、スペイン人のコックはほとんどいない、全て下働きの仕事をする者だけがスイスで働けるようで、したがって彼等の地位は低く、掃除や洗い場、調理をする手伝いのジャガイモの皮むきや玉ねぎなどの下処理などであった。汚れているところがあると、スイス人のコック、見習いまでがやり直しを命じていたりする。

 つい自分のクセでまわりを「そうじ」したりすると、「イマイ、ノーノー」といって仲間のコックたちがやらないように言ってくる。日本人的に考えればこの差別がなんとも気になるところだが、彼等の「仕事」をとってしまうということから考えれば、当然やらない方がよいのである。

 職場では、小さな争いが頻繁におきる。しかし、「殴り合い」はぜったいにしない。「ののしりあう」ということで言葉が入りみだれての「ケンカ」である。このときの言葉は、ここではちょっと書けないような下品な単語をならべたてて「怒鳴り合う」のである。おかげでその種の言葉すぐに覚えてしまった。

 ある時、洗い場のジョゼフが男性の一物を日本語で教えろというので「マツタケだ」と答えると一度で覚えてしまった。ジョゼフは「バカなのか」河崎さんや秋岡先輩をつかまると自慢げに「マツタケ」「コモウスタエステ」ごきげんいかが‥とやっている。これならおこれない。

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