うまい料理を食べることは、人生最良の一場面といえる。 人生を料理に賭けてきた「三鞍の山荘」の今井克宏シェフが語る「Un bon plat」アン ボン プラ(うまい料理)。食卓や料理の話題を取り上げてもらいます。


「本物の味


※写真はイメージです
 「どう、おいしいでしょう」「やはり本物はちがうなー」
サランラップで包んだフォアグラのテリーヌが小さなテーブルにのせてあり、4つのグラスには安物の赤ワインがついである。

 ここは、ベルビュパレスホテルの屋根裏、野中さんと中谷さんの部屋である。休憩時間を利用して、私と河崎さんは遊びに来たのである。

 野中さんは、さかんにテリーヌをすすめ、自分がこのものをどのようにして手中におさめたかを自慢気に話している。フォアグラのテリーヌとキャビアは、グランシェフがじかに管理をしていて、その冷蔵庫の「カギ」は、シェフボックスに置いてあるらしい。前から本物のフォアグラを食べたかった野中さんは、そのチャンスをねらっていたようだ。

 ついに「カギ」がされず、開けっ放しになっていた冷蔵庫の中からフォアグラをとりだして、1mぐらい切り、また元通りにしてしまっておいた。野中さんは早速その「フォアグラ」を食べてみて、あまりのおいしさに「他の日本人のために」もう一度と、あえて友情のために新たにもう一切れ失敬してきたのだという。中谷さんはまじめな方、生まれも育ちもよいので「ダメだよーやめてくれよ、見つかったらすぐ日本に帰国されちゃうぜ」‥とさかんに野中さんのしたことを責めていた。

 当時の日本では、本物のフォアグラは「もちろん」、生では輸入されず自分の働いていた銀座・千疋屋でも、ほとんどの食品を世界中から輸入していても「フォアグラ」は缶詰めだった。

 カジノレストランの私たちの職場でも「フォアグラ」や「キャビア」のメニューはあるが、それらの品物がどこにあるのか、また管理されているのか新人の私たちにはわからなかった。スイスに来て、まだそれらの興味をもつほどの余裕がなかったので「ファグラ」を前にして「コーフン」をしたのである。

 ブランディの香りが強く、スパイスと胡椒の入りまじった「テリーヌ」のひとかけらを口にして「うーん」と唸ってしまった。
「おいしい」というより「これが本物の“フォアグラ”なんだな…」となにか新しいものを発見したような気持ちになった。缶詰めに慣れていたので、その味覚のあまりの違うことに、「幸せだなー」「ありがとう野中さん」と礼を言う二人に「知らないよ、みんな共犯だよ‥」と中谷さんは相変わらず「ぶつぶつ」言っている。

 この「フォアグラ」の一件以来、野中さんは仲間のために何かしら珍味を持ってきてくれた。その都度、中谷さんは「知らないぞ」と皆を「けん制」しながらも最後には「味見」をしているから共犯には間違いない。

 野中さんと中谷さんのいるベルビュホテルは5ツ星のランクある立派なホテルで、そのレストランで使用される素材は選びぬかれていた。高級レストランでの食事が出来る程、私たちの「フトコロ」具合が良い訳はないので、なおさら野中さんの料理調達は有り難かったのである。「おいしかった」という私たちの声に「うん」と頷く野中さん、次なる計画を立てているようだ。

 

 

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