うまい料理を食べることは、人生最良の一場面といえる。 人生を料理に賭けてきた「三鞍の山荘」の今井克宏シェフが語る「Un bon plat」アン ボン プラ(うまい料理)。食卓や料理の話題を取り上げてもらいます。


「屋根裏


※写真はイメージです
 ガラン、コロン、と聞きなれぬ鐘の音で目がさめる。カジノレストランの裏平から聞こえてくる鐘の音は、左右に動いて聞こえ、大きくなったり小さくなったり、時差ボケの私たちの耳の中にとび込んできた。

 自分たちの部屋は屋根裏だが部屋のつくりが大きいので、あまりせまくるしさは感じない。窓をあけて教会をみあげると、いくつものとがった塔がまだ明けきらぬ上空に向かってのびている。路地には、勤めに向かう人たちの足音が石ダタミをふんだ回数だけはっきりと聞こえてくる。

 時計をみる。昨夜のうちに時間はあわせてあったのでスイスの時間である。朝の7時はまだ暗く寒そうにコートのエリを立て、急ぎ足で通りぬけるのが外燈のあかりを受けて見える。

 昨夜のエスワイルさんの話では、私たち二人はしばらくこの部屋で寝起きして、そのうち慣れたらアパートの方に移るとのことであった。先輩秋岡さんは、アパートから通勤してくるとの説明を受けた。

 Kさんと二人、いよいよ屋根裏での生活が始まったのである。

 となりの部屋にはスペイン人(ウエイター)が2人、そのとなりはアルジェリア人が1人で住んでいる。皆、仮住まいであるということだ。

 洗面所は、共同になるので「アイサツ」は国際的である。「ボンジュール」「モーニン」「モルゲン」「チャーオー」と言葉が飛び交っている。まだ慣れぬ二人には、話しかけられても「ニコニコ」と笑っているだけだ。

 昨日、部屋に案内してくれたチャーミングなスペインの女性に、地下までつれていかれて朝食をとる。

 地下の食堂は暗く、必要なところにだけ電気がついているので全体的には見えないが、かなりの広さであることにはちがいない。

 案内をしてくれた女性には「マリア」「マリア」とあちこちから声がかけられる。「マリア」はその都度、声の主に向かって可愛い手をあげて「あいさつ」を返している。「ハポネ」「ハポネ」という声もまざっているので「新人の日本人かい」というようなことを聞いているのであろう。

 若い女性の案内を受け「カフェオーレー」「茶色がかったパン」と「ハードなチーズ」「ジャム」をもらって食卓に向かう。

 テーブルの場所は決まっているようで「あんたたちはここよ」と流調なスペイン語で教えてもらう。もちろん「そう言っているんだろうなー」と判断しての私たちの行動である。

 「マリア」のお世話はこの時だけで、たぶんオーナーから言いつけられての一日だけの仕事であったようだ。他にも雑用係らしき年配のスペインやイタリアの「おばさん達」もいたが、初日には若い「マリア」を私たちの世話係にしてくれたのも、親日家であるオーナーの心配りであったのかも知れない。

 それにしても、味気のない朝食である。スイスに来たのだから無理なことかもしれないが、「ごはん」「みそしる」「漬け物」「納豆」が大好きな自分にとっては、初日にして「もうまいった」「まいった」の「つぶやき」である。しかし、Kさんは当然なことと、パンをコーヒーにひたして食べている。聞けば、Kさんの日本での朝食は「いつもこれだぜ…」という。もうここで一本やられた感じだが、負けてもなんでもよい。やはり、日本人は「ごはんだぜ」と、ひとりごちで、苦いコーヒーをのんだのである。

 

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