うまい料理を食べることは、人生最良の一場面 といえる。 人生を料理に賭けてきた「三鞍の山荘」の今井克宏シェフが語る「Un bon plat」アン ボン プラ(うまい料理)。食卓や料理の話題を取り上げてもらいます。



チーズホンデュ



※写真はイメージです
 ジュネーブの駅前をモンブラン橋へ向かい右手の路地を入ると「チーズホンデュ」の匂いがしてくる。強烈なチーズの匂いは、ワインとの混ざりあいでむせかえる程である。

 しかし、いったん店の中に入り、「チーズホンデュ」を注文し食べはじめると、この「匂い」がたまらないおいしさになる。口当たりのよいスイスワインを飲みながら食べる「チーズホンデュ」の味は最高である。

 「チーズホンデュ」の作り方は「ホンデュ鍋」に白ワインを入れ火にかけ、少量 の刻んだにんにくを入れ、エメンタールとグリエチーズを半々に「ささ切りゴボウ」のように切り(これ専用の「おろし金」がある)沸騰している鍋の中に入れる。チーズに熱が加えられると溶けてくるので、その時に「キルシュ酒(サクランボのリキュール酒)」でといたコンスターチを入れると「とろみ」がついてくる。とろみがつくとコゲつきやすくなるので弱火にする。専用の串にフランスパンの小切れを刺して、これでかき混ぜるようにして「からまった溶けたチーズ」を食べていくのである。一人で食べるものではなく何人かで「鍋」を囲んで食べるため、誰かのパンを刺した串が「鍋」の中を「かきまわす」ようになる。

 ホンデュの味は、作り始めはワインの味が強く、食べているうちに「チーズ」の味が強くなってくる。このだんだんに味が濃くなっていくのが「たまらないチーズホンデュ」の味の魅力であろう。また、食べ終わってから鍋の底についている「オコゲ」がすばらしくうまい。 客として店の中にいる時にはこの「うまさ」にありつけない。この「オコゲ」が食べられるのは店内からこのホンデュの鍋が戻ってくる洗い場のところである。すなわち料理場の中ということになる。「おいしさ」には国境は関係なく、早い者勝ちでこの「オコゲ」に群がるのである。

 この本場スイスの「チーズホンデュ」の作り方を料理教室や調理師学校で教えているが14〜5年前は「くさい」といって食べようとせず、遠巻きに鍋を見つめていたが、今は好んで食べるようになってきた。このオコゲもおいしいのだと教えると、無理に「コゲ」を作ったりして食べている。わずか10数年で日本の食生活が大きく変化した現れであろう。

 「チーズホンデュ」の季節はやはり冬であって「鍋のおいしさ」は他の鍋物と同じである。しかし、「レストラン」でこのメニューを加えるのは難しく、つい迷っているうちに冬が終わってしまうのである。 とまどいの原因はやはりあの匂いにある。食べている人には「おいしい味」でも、食べていない人には「おいしさ」はなく、ただチーズの溶けた「くさい匂い」だけがおそってくる。 これを考えると、ついメニューには加えられないのである。

 今年の冬は思いきってベランダでやってみようかな……。 その時は防寒着も必要だ、「おいしいもの」を食べるためにはいろいろと苦労するのである。

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