うまい料理を食べることは、人生最良の一場面 といえる。 人生を料理に賭けてきた「三鞍の山荘」の今井克宏シェフが語る「Un bon plat」アン ボン プラ(うまい料理)。食卓や料理の話題を取り上げてもらいます。



「ヨーロッパ食べ歩きツアー」



※写真はイメージです

 今から15年前の秋、当時「奥さま料理教室」のメンバーと「海外旅行」をしたときの話である。

 約10日間のスケジュールであったがイタリア、ミラノ、フランス、ニース、リヨン、パリと各地での「食事を楽しむ」というツアーであった。男性6人が加わっての21名のメンバーで、自分のコンデションにあわせて「食べる」のを選ぶということで、「食事」は軽いディナーから三ツ星級のレストランでのディナーをオプションにしておいた。

 軽く食事をして買物をしながら街を散策するという人たちは、ツアー会社の添乗員にお願いして、私はもっぱら高級レストランでの食事を受けもったのである。

 パリに着いたのが6日目の昼ごろであった。夜はパリM店でのディナーが待っている。M店は今はミッシュランの星のランク付けにはのっていないが、高級店であることには間違いない。この店の料理はクラシックなので私が大好きな店のひとつである。縁がなかったのでこの店で働くことは出来ず、修業時代に2度手紙を出したがついに雇ってもらえなかった店でもある。そのチャンスがなかった店になぜか私は客として何回も足を運んだことになる。このような好きなM店でのディナーが待っているとなれば、私はもう「食べることに」グロッキー気味だったのである。

 イタリア、ミラノでの三ツ星レストランにはじまり、ニース、リヨンでのディナーは全てその店のスペシャリテを食べ尽くしてきたのである。オプションで毎回つきあう人もいたが、大部分の人が2回申し込んで1回休むという具合で、それ程ムリをして食べているという人はいなかったが、担当者の私は毎回フルコースのディナーである。しかも料理人としての「勉強」のチャンスでもあったので、つい余分に食べてしまったのである。

 パリに来ると必ず立ち寄るところがある。サン ジェルマン デ プレ教会の近くで、「寿司店」を開いている友人の弟の店に着いたのが午後2時ごろ、オーダーストップのあと話をしようと出かけたのであるが、店内にはまだ6割ぐらいの客がいて、私はすすめられるままカウンターに座り、板前のついでくれたお茶を飲んでいた。胃袋の疲れがピークに達している。自分は「好きな寿司を食べられない」と断り、店内を飛び交うフランス語のオーダーに聞き入っていた。「まあ、これでもつまんでいてよ」と板前は「梅入りのり巻き」を小さく切って私の前においてくれた。「今日は食べれないのでどうぞおかまいなく」と再び断りながら、せっかく出してくれたのだからと1ヶつまんで食べた。気がついたら1本の「梅巻き」を全部食べてしまった。「こんなはずじゃないが」と思いながら「あのイカをにぎってもらえますか…」となんとオーダーをはじめたのである。「次にサーモン」を「マグロ」をとオーダーは続き、いつものペースで食べていったのである。

 結局、一通り食べまくって「どうしたんだろう」自問自答している私に、板前が笑いながら話しかけてきた。「梅ですよ、梅が食欲を出したんですよ。」「なるほど梅はこんな役目を果 たしてくれるのだ」と、この時ほど梅の効果をありがたく思ったことはない。 高級レストランでの食事は「もうだめだ」とストップをかけた私の胃袋は、わずか1本の「梅入りのり巻き」によって蘇生され、元気になったのである。

 再び「旅する料理人」はその後の3日間、オプションに付き合った都合、10軒の高級レストランのディナーを食べまくったのである。 〈外国を旅する人、ぜひ「梅」を持参するとよい〉これおすすめです。

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