うまい料理を食べることは、人生最良の一場面 といえる。 人生を料理に賭けてきた「三鞍の山荘」の今井克宏シェフが語る「Un bon plat」アン ボン プラ(うまい料理)。食卓や料理の話題を取り上げてもらいます。



「お世話になった“お犬様”」


 美男のスペイン人ギャルソンが
「ムッシュウ、イマイ、シィルブープレ、アン、スィット、ル、プラッ」<今井さん、次の料理をお願いします>
「ウィ、ムッシュウ」<はい、わかりました>
「ヴァラー」<どうぞ>
と炭火で焼いた牛ヒレ肉の塊を銀のプラッターにのせてギャルソンに渡す。

「メルシー」<ありがとう>
ギャルソンはプラッターを左手で、腰より高く上品に持つと、客席まで進み、お客様のすぐそばのサイドテーブルにプラッターを置き、その肉の塊を流れるような動作で小さく切って、お客様専用の可愛い皿(器)に盛り付ける。


スイス レマン湖
(画像提供: www.myswitzerland.com

やがてギャルソンはその器を恭しく持って
「マドモアゼル、ボナプチ」<どうぞお召し上がりください、お嬢さん>
とお客様のテーブルの下におられるもう一人(?)のお嬢さん、すなわち「お犬様」の前に差し出すのである。上品な「お犬様」は静かにゆっくりと食事を始めるのである。

 ここはスイス、ジュネーブの近くにあるレマン湖畔のコペという小さな町にある「ホテル デュラック コペ」のレストランの中。当時私は26歳。渡欧して3年目。レストランの中での仕事はローテイサー(炭火で肉を焼く人)の係りである。詰め物をした地鶏や牛ヒレを一本丸のまま焼いたり、骨付きの仔羊や牛ロースを焼くのである。串に刺した海老や帆立を焼いたり魚を焼くこともある。
炭火の炉は客席から見えるところにあるのでお客様の様子もよくわかるのである。

 「お犬様」マドモアゼルのご主人は、ブロンドのロングヘアー、背が高く美しく映画スターと見た。お相手は…ある国の国王です。コペという町は世界の富豪の別荘地であり、レストランのお客様はVIPが多い。今夜の王様とご婦人のお食事は軽いメニューで、メインの肉料理は「お犬様」のオーダーだったのである。
「お犬様」は焼き方が悪いと「ツン」とそっぽを向く。ミディアム レア(中焼き)がお好みで、ウェルダン(焼きすぎ)、レア(生焼き)は決して召し上がらないのだ。付け合せの野菜は、固めに茹でたホワイトアスパラとベビーコーン(これはなぜか缶詰)が好物である。

 よく「シツケ」のされた「ペット犬」同伴は許されているので、私たちの仕事は「お犬様」の食事にも決して「手抜き」はできないのである。「お犬様」が満足されると私たちへのチップも倍増されるのである。
「お犬様」にひいきにあずかったこのレストランは、その後ミシュラン1つ星から2つ星にランクアップされたのである。

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