うまい料理を食べることは、人生最良の一場面 といえる。 人生を料理に賭けてきた「三鞍の山荘」の今井克宏シェフが語る「Un bon plat」アン ボン プラ(うまい料理)。食卓や料理の話題を取り上げてもらいます。



「おいしさの表現」


 テレビ番組でタレントが「おいしい」の連発で、観ている人たちに伝えようとするが、最近ではその表現方法がだんだんとオーバーになっている。ジェスチャーが大きければ大きい程わざとらしく、見ている人を不愉快にさせる。

 「三鞍の山荘」にも取材でテレビクルーがタレントを連れて来られるが、その撮影がけっこうハードである。ディレクターは「おいしい」雰囲気を何とかビデオにおさめようと、時には何回も「ダメ」を入れて、くり返し「おいしい」場面を写している。さすがに「くいしん坊・万才」などで食べ慣れているタレントは、ナイフ、フォークの使い方がうまく、その表情にも余裕がある。「おいしい」…という伝え方にもキャリアが必要なのである。

 「山荘の小さなお客さま」にもタレント以上の「おいしさ」を表現してくれるスターがたくさんいる。食事が済んで「あいさつ」に各テーブルを回っていくと「おいしかったです」という大人たちに混ざり、「ヤサイがおいしい」「お肉がおいしかった」とはっきり自分の意思で伝えてくれる。「この子は普段は野菜を食べないのだけど、今回はすっかり食べたんですよ。」母親の説明に加えて「にっこり」と笑ってうなずいている。これはすばらしい「おいしさ」のごあいさつである。「食べました」という満足感が洗い場に帰ってくる。「皿の中」にパンでソースをすくいとった跡が残っている。

 「食を楽しむ」第一の条件は「おいしさ」に対する自分の気持ちをいかに周りの人に伝えるかにあるようだ。この天才がいる。フランス人ギターリスト、クロード・チアリーさんの娘さんでタレントのクロード・クリスティーヌさん。この人が「山荘」で食事をするシーンがテレビでオン・エアーされたときは「あの料理が食べたい」という電話での問い合わせが殺到した。フランス人が「おいしさ」を表現する言葉はたくさんあり、その中の一つを発する時の彼たちは実に細かな動作をみせる。決してオーバーではなくその動きが小さい程「おいしかったよ」という思いが相手に伝わってくる。さすがに「食を楽しむ」本場フランス人、といつも感心する。

 クリスティーヌさん、父親がフランス人、母親が日本人の両親を持ち、良い所を全て受け継いだという美貌の持ち主である。身体全体からにじみでてくる「おいしさ」の表現は一口食べたあと「ナイフ、フォーク」を皿の上に置き、右手の親指と人差し指で軽く輪をつくり口元に持っていくと同時に「プチッ」とも「チュッ」とも聞こえる、小さな口元の音を出し、顔の表情は満面「おいしさ」の笑顔だった。それはさすがと云える「おいしさ」の演技であったが、地味でありながら「味」そのものを見ている人たちに伝えている自然なものであった。もちろんその日の「食べるシーン」は一発でOKであった。

 この「おいしさ」を求めて今日も調理場に立っているのであるが、「味づくり」とはいつまでたっても難しいものである。それだけに楽しい仕事なのである。

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