うまい料理を食べることは、人生最良の一場面といえる。 人生を料理に賭けてきた「三鞍の山荘」の今井克宏シェフが語る「Un bon plat」アン ボン プラ(うまい料理)。食卓や料理の話題を取り上げてもらいます。


「標識」

ベルンでの修行が6ヶ月をすぎると、言葉にも慣れてきた。
(わかるのではなく、なんとなく通じるようになる‥‥)。
おかげで仕事がスムーズに出来るようになり、職場での面白さがでてきた。

あれほど、気になっていたシェフたちの「どなり声」の「コッパラーターミ」や「カッカラーリ」のスイスドイツ語「早くしろ、このウスノロヤロー‥‥」?‥‥にも、実は愛情のある「カケ声」であると理解できるようになってきたのである。

中立国スイスには、国民の義務「皆兵制度」があり、年令に応じた「国へのおつとめ」のため職場から離れることになる。そのため各職場のシェフたちが変わることになる。短期間であるが、このことが働く場所のムードを一変させてくれる。留守を守る自分たちにとっては、シェフたちの仕事の「アナ」?をカバーするわけであるから、自然と自信も出てくるので嬉しいことであった。

聞いても「むづかしいドイツやフランス語」がかえってくるので「兵役」についてのことは何ひとつわからなかったが、それぞれの家に「銃」や「刀」「軍服」があり、彼らには、年間に何日間かの「銃」によるトレーニングをすることが決められているようであった。

※写真はイメージです

戦争はしないが、「国」を守ることには徹底した教育と「軍備」があるということは、なんとなくわかってきた。
「なにか、コトが起きても‥‥?」「地下のシェルター」や「山のどこかの倉庫」には、スイスの国民がある程度の期間「生活をしていく」だけの食料の「備蓄」がしてあるということを聞いたときは、日本とのちがいをまざまざと感じたのである。

今は、オリンピックムードにわく日本の国民の生命は、わずか数日しか守られておらず、国防のためには相当な年月の国をあげての政策が必要であることに気がついたのである。しかし、今の日本では、何も出来ないであろうとあきらめの気持ちが「シェルター」の大切さをさらに重く感じさせたのである。

休日、愛車「フィアット」に乗ってドライブに行く。
ベルンの街の中をはなれ、郊外を走る。小高い山の周辺を走るのは気持ちがよい。

日本人、4人の仲間と共同で買った車は、初めのうちは、行動を共にして遠出をして楽しんだが、それにも飽きると、それぞれが使いたい日を「あらかじめ」予約をしておいて車を使用するため、ダブルようなことはなく、それぞれが好きなところに出かけることができた。

スイスでの運転に慣れてきたとはいえ、見たこともない標識には、戸惑ったりするが、あまり気にしていないのが悪い「くせ」でもあったが、その日は「その標識‥‥」を完全に見落としていた。

せまい山道に入ってしまった自覚はあったが、気がついたときは、標識からだいぶ行き過ぎてしまっていた。

「パーン、パーン」と何か弾ける音と共に、頭上を風をきるようなものが通り過ぎていく。やがて的に「びしっ」と当たるような音が聞こえてくる。‥‥‥

標識は「立ち入り禁止」であり、「銃」の「トレーニング場」に入ってしまったのである。すなわち「ためし撃ちの弾丸」の真下にいるわけである。

冷や汗が背中をぬらす、切り返しの出来ない場所なのでそのままアクセルを踏み込んでバックする。大慌てな乱暴な運転となったが、ほっとして気がついたときは標識の前に止まっていた。手、足の震えは「簡単に出入りのできる」標識をにらみつけてからやってきた。スイスならではの「命がけ」の体験であった。

 

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