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私のフェンダーローズは、30年の月日が経っても昔の音色は変わっていない。今回はその味について述べてみたい。
当時、日本でフェンダー ローズを使って大ヒットした作品というのは、1970年にピアノの菊地雅章
(まさぶみ)がレコーディングした「ダンシング ミスト」という曲である。かれは
自ら「POO」と名乗り、「POO-SUN」というLPアルバムを物にした。その中の1曲目がこの曲なのだ。当時としては斬新な16ビート(*1)にのっている。
彼のファーストレコーディングは66年で、
渡辺貞夫のクァルテットに富樫雅彦とともに参加し、当時ブームとなった「ボサノーバ」を取
り入れたアルバム「ボサ & ジャズ」であった。(*2)
彼はテクニシアンというよりも、感性で売り出したピアニストといえる。67年に日野ー菊地クィンテットで成功し、69年にはボストンのバ
ークリー音楽院に入り、作・編曲などを学んだ。 そして‥‥70年というわけだ。
69年、70年というのは、マイルスデイヴィスが
衝撃的な作品を世に問うた、ジャズにとって極めて重要な時期になる。つまり、ジャズの電化が始まり、フュージョン(*3)
時代の幕開けとなった。
現在言われているスムーズジャズやフュージョンではなく、ジャズフュージョンと言った方が当たる。その電化ジャズの立て役者がフェンダーローズピアノなのだ。
さて、本題に戻そう。菊地雅章はフェンダーローズのサウンドの、特にどの部分をアドリブに有効と捉えたかと言うと、中音よりも高音だった。それはそれなりに成功している。フェンダーローズの高音のサウンドはとてもピュアで、時代を先取りしている感覚に浸ることができたのだ。それに対して低音や中音は強く弾くと音が割れたようなサウンドになり、音も隠りがちで、コード弾
きのサウンドに難点があると考えられていた。
ところが、ところがである!!1973年のスイスでの「モントゥルー
ジャズ フェスティヴァル」のライヴ盤がプレスティッジレーベルから出たものを聴いた途端、その力強さに圧倒された。繊細な感じの菊池雅章とは対照的な豪快なサウンドである。しかも中音もどんどん弾き捲る。フュージョンではなく、
バリバリの 4ビートなのだ。演奏者は、戦後 駐留軍の一員として来日し、日本のジャズ界を啓蒙し、秋吉敏子などに多大の影響を与えたハンプトンホーズなのだ!!
フェンダー ローズの中音サウンドは、独特な味わいがあり、正に当時好まれた何とも言えないサウンド(鉄の棒をハンマーで叩き、その音を磁気コイルで拾うというアナログ音源)が、スーツケースのような
スピーカーケースから出て来た時、デジタルピアノでは表現できないサウンドが流れる。これなんだな。
このスーツケースのようなスピーカー
ボックスに前を向いて2つ、自分の方を向いて2つ、計4つのスピーカーが左右ステレオ状態で出力する。面
白いことに左右のスピーカーは、ヴァイブレーションを交互に音を出すのでサウンドが立体的で、宇宙に遊泳するようなサウンドになる。低音から高音までこんな状態だから、サウンドの濁りだけ警戒すれば、スローな曲に申し分なくサウンドの広がりを与える。
最近では、シンセサイザーのデジタル音源でエレクトリックピアノのサウンドを出しているが、とても使えない。シンセサイザーでは個々の音源のアナログ的な音質の違いが出せないからだ。音楽は生きていなくてはいけないのだ。つくづくフェンダーローズのサウンドには妙味があると思っている。この味わいが生かされるような料理をアレンジしたくなった。‥‥‥‥‥
註1:
1拍に4つに刻むビートで、4拍子だと 4×4 で16ビートでる。因にブラジルのサンバなどは典型的な16ビートで、現在の黒人音楽でのヒップホップなファンク
ビートは16ビートの王様である。
註2:
ボサ ノーヴァは50年代末にブラジルで起こったビート形式で、サンバのリズムとジャズのテンションコードが融合してでき上がり、60年代初期に合衆国でブームとなり、世界に発信した。
註3:
フュージョンとは、 融合という意味で、70年代前半には、クロスオーヴァー
ミュージックと言われていた。ジャズとロックが融合したものや、ジャズやロックやラテン音楽など、他ジャンルの音楽同志が融合して新たな音楽分野を形成した。
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