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"月光のセレナーデ"
の後日談だ。あのサウンドは、長調なのに短調の「ラ」を加えることによって、素晴らしいハーモニーができているのだが、同様のサウンドは短調和音に「ソ」を加えることによってもできあがる。
私の長兄は、ハーモニカを改造して長調和音の「ドミソ」に香辛料の「ラ」を加え、グレンミラー
サウンドを出したわけだ。ちょっとしたアイディアで身近に素晴らしいサウンドをまき散らしたのはよかった
が、問題は製品化して市販できるかどうかだったが、結局そこまでには至らなかった。
なぜっ? 話は簡単だ。「ラ」は通常、吸って音を出す。ところが吹いて音を出しているわけだから、和音を出すには適していてもメロディを表現するのに間違いやすくてかなりの熟練度が要求されるのだ。生活に密着
した身近なハーモニカでは市販化は無理だというわけ。‥‥‥
さて、先程の長調和音にスパイスの「ラ」を加えたものと同様の効果
が、短調和音「ラドミ」に「ソ」 を加えたものと同じようなサウンドが得られるということをわかりやすく図に描いてみた。
長調に短調のスパイス。短調には長調のスパイス
を入れることによって中間的な味付けになる。短調 へのスパイスは基本的にはラドミの次にソを持って
くる。
ところで、戦後ワイアン(ハワイアンのこと)をやっていた私は、このカッコいいサウンドの和音が欲しくて、何とかできないかと案じていた矢先、蒲郡の米軍キャンプに楽旅した時のことだ。‥‥‥‥
ワイアンといえば当時抜群な力量
をもっていたの は、バッキー白片のアロハ ハワイアンズだった。こ のバッキーのスチール
ギターの調弦は 6本弦の下か ら、「ラドミ、オクターヴ上でラドミ」という調弦
だったから、短調の和音ということになる。ハワイ 現地での調弦は、当時は「ラ、♯ド、ミ、ラ、♯ド、
ミ」(この表現の仕方は、あまり良くない)。正確にはイ長調の「ドミソ、ドミソ」なのだ。音名で書くと
下 からA、C♯、E、そのオクターヴ上のA、C♯、Eということになる。私はバッキーのチューニング(調弦)と
同じだったから、Aマイナー(イ短調)ということで、ハワイの調弦のAメイジャー(イ長調)ではやらなかった。
同時期に、ペダル調弦式の先進的なスチール ギターをやっていたのは、ポス宮崎という人でコニー
アイラ ンダースで名を売っていた。彼の基本的なチューニングはAm7(Aマイナー7th)、つまり前述の「ラドミ」に
「ソ」の長調スパイスを加えたものだった。そのサウンドに魅力を感じていた私は、思わぬ
ところで 何と そのチューニングに出くわしたのだ。それは蒲郡の米軍キャンプだった。(*1)
1950(昭和25)年、蒲郡の米軍キャンプに一緒に楽旅した仲間(初めてそこで出会った)はピック
ギターを弾 くだけでなく、私の代わりにスチールギターも弾いたのだった。私が疲れると交代するのだ。その時、目の前で、スパイスの効いたサウンドが鳴っているじゃーないか。エ〜〜
???? 唖然とした。
この次に、とんでもないことが起こる。ステージが終わってから、私は楽友とそのチューニングを調べて
みようとした。一種のチューニング ドロボーである。その仲間がステージに置いたままになっているスチー
ル ギターを電気無しの状態で、弦をバラ〜〜ンとやった!! ところが、ところがである。滅茶滅茶なサウン
ドが帰って来た。「オー マイ ガッド!」なんていわなかったが、わが楽友と愕然としたわけだ。チューニングを盗まれないように弦は緩められていた。当時は音楽書や楽譜がなかなか手に入らなかったので、ほとんど独学状態、手探り状態でアメリカからやって来た音楽に飛びついた訳だから、先端チューニングは隠していて、人に教えることは絶対になかったのだ。企業秘密てェやつです。いやはや‥‥‥
!!!
その後、しばらくして 私は「ドミソラドミ」のチューニングになったのはいうまでもない。
(*1) 当時、蒲郡プリンスホテルは、米軍に接収されており、その横に米軍キャンプがあり、米軍ダンスホールがあった。
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