料理に素材が必要なように、ジャズにも「音」という形のない素材がある。ジャズはいわば「音の料理」。
では「音の料理人」ROOこと佐藤 竜が調理する甘辛ジャズエッセイをお愉しみください。
記念すべき第1回のテーマは“音をジャズる”


“音をジャズる”

 「音をジャズる」という言葉は、私が勝手に使った表現である。これには少々説明がいる。「ジャズる」という言葉は「名詞+動詞(サ行変格活用)する」の造語である。日本語が滅法乱れている昨今にこんな造語もどうかと思えるのだが、語呂が良いので使わせて頂いた。

 ジャズは音楽の一分野なので「音楽をジャズる」とは言えない。「音をジャズる」ということにした。「ジャズる」というのは、ジャズは譜面に描かれない生きた音楽で、即興演奏が命なのだから、クリエイティヴにジャズの魂で即興演奏するということなのだ。

 「ジャズに名曲はなく、名演奏あるのみ」と断言した人がいる。今はもう遠い昔になったが、戦後のジャズ評論家の第一人者であられた野川香文氏の名言である。つまりはこうだ。ジャズとは、曲を指すのではなく、演奏そのものを指す言葉なのだ。だから、ジャズ演奏のための素材としての曲はあっても、それはジャズとは言えないということになる。

 昨年、東宝系で公開された「スウィング ガールズ」という映画の主題曲にもなっていた、「TAKE THE "A" TRAIN(A列車で行こう)」はアメリカが誇る指折りの作曲家兼バンドリーダーのデューク・エリントンの片腕となっていたビリー・ストレイホーンの作曲で、エリントンバンドのテーマ曲になっていた。その曲は、名曲ではあるが、あくまでもジャズ演奏の素材曲ということになる。ジャズのための素材曲は様々で、流行歌からクラシック音楽の名曲、さらには当然ながらジャズ演奏のために作られたオリジナル曲などなど、素材は至る所にある。それらの素材をどのように演奏するかがプレイヤーの腕なのだ。素材曲の良し悪しよりも、演奏の良し悪し(そこには必ずインプロヴィゼーションと呼ぶ即興演奏がなければならない)が問われるのだ。誤解があるといけないので言っておくが、名曲と言う素材はプレイヤーに演奏の意欲を掻き立てることには違いない。

 私は、ジャズは料理と同様だと思っている。料理は、よく吟味された素材を料理人の腕でどう料理するかが最大の愉しみになっている。「ジャズる」ということと「料理する」ということは、少なくともジャズから見たら同じと考えてしまう。ただし、違いが無いわけではない。唯一の違いは、料理には必ず素材が必要なのだが、ジャズの中には無から有を生ぜしめるものがあるということである。つまり、素材がなくプレイヤー同志のインタープレイ(内面的な繋がり)だけで演奏されるものがあるという点だ。しかし、そのような場合でも、「音」そのものを素材と考えれば、やはり「ジャズる」は「音を料理する」ということになる。料理に欠かせない香辛料については次回に述べてみたい。乞うご期待 !!

 

※佐藤 竜のプロフィールは こちら から。



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