01月05日

暮れから新年にかけてのあわただしさは、いくつになっても変わらない。

クリスマスが過ぎた26日降雪があって、「山荘」のまわりを「うっすらと雪化粧」
積雪量1センチ・・・
午前中にはその雪は消えてしまった。

大晦日の「年越しそば」も、16回目を数える。
フランス料理の夕食が終わった後、部屋にもどって1時間もしないうちに「年越しそば」のおさそいであるが、皆さん、「そばは別腹です」と毎年の行事に参加していただいている。

私もスタッフも、「そば」に舌つづみをしたあとに後片付けをして1年が終わる。

翌日の元旦は、「おせち」も加わっての朝食バイキング。種類も35種類以上になる。

クロワッサンを焼きながら、前日に仕込んでおいた「黒豆」を盛りつける。この作業が実に楽しい。

新年も、ドアひとつへだてた客席から「にぎやか」な声が聞こえてくる。そして正月休みは終わった。

 

 

01月19日

雪が降る。

静かな朝、窓をあけて雪景色にびっくり……

休日を利用して頼まれている講演会に出かける。

会場が掛川なので積雪によっては電車で行こうと駅に問い合わせると、「通常通りの運行」とのこと。……まず、ひと安心。……

愛車「ランクル」を見ると、雪に包まれているのでそのまま出発……あえて雪おとしをしないのは、久しぶりの雪に「コウフン…」しているのだ。

山をおりると道路の雪も少なく、駅に近づくにしたがい建物の屋根がうっすらと雪化粧されているだけであった。

車のフロント前方にたっぷりと雪を乗せて走っているうちに、そのまま掛川まで車で行くことにする。

会場まで約12キロ……雪のない市内に入ると、雪を「かむった」我が車を通り過ぎる対向車の人たちが「見ている」……  目的地に到着…………

会場のホテル地下駐車場まで「山」の雪を届けた気分になる。講演前のひととき雪とたわむれる。

 

 

01月28日

日本各地で、大雪による事故が多発している。

雪道に慣れていない人たちが足をすべらして「ころんで」いるようすが、くり返しテレビのニュースで流されている。
車による事故の数も「ハンパ」ではない。

降雪の翌日がもっとも「キケン」なのはわかっていても、車社会の中ではどうすることも出来ない。

天気予報によれば、ここしばらくは寒波の日が続くようだ。

雪がほとんど降らない地方にいる自分が、先日のうっすらと積もった雪景色に「コウフン」して大さわぎしたことが、「大雪」で苦労されている人たちに対して申し訳ないことをしたと反省しています。

それにしても寒暖の差がはげしく、先週は暖かかったので一日中雨が降った。

山荘のまわりの木々にとって、今が一番水分が必要と聞く。木の「ハダ」に耳をよせると地面から水分を吸いあげているような音がする。葉が一枚もついていない枯木のような木々は、少しずつ「チカラ」をたくわえて近づく春を持っているのである。

 

 

02月04日

洛陽の弱い光を背中で受けて坂道を登る。
やがて山の中に消えていくわずかの間であるが、真横から受ける光で影絵ができる。
三倍ぐらいの「大男」が左右にゆれている。
動きが落ち着かないが、本体より「元気」で年齢を感じさせない。

ユーモアな姿に、つい片足をあげてポーズをとったら、不安定な坂道に足をすくわれ大きくよろめいた。影絵の「大男」も大げさに動く……

杉林の一番高い木にとまっていた「カラスの夫婦」が面白がって羽を広げて「ハヤシ」たてている。

冬の洛陽は早い。「すーと」幕をひくように消え、つられるように「北風」が雑木林の木々をゆすっている。

 

 

02月15日

寒波にふるえた数日が「ウソ」みたいな今日の午後、めづらしく風もないので春のような気持ちのよいベランダでコーヒーをのむ。

桜の大木には「ひよどり」が数羽ジャレ遊んでいる。「イスとり」にも似た「場所のとりあい」は、木の枝を大きくゆすっている。

横の方から「ジョービタキ」がやってきた。
このところ休戦中なので「トラブル」はないが、愛車「ランクル」のミラーはビニール袋をかけたままになっているから心配はない。
おたがいに「大人」になった…と信じたいが、相手が「くせもの」だけに目は離せない。

ひとときの「コーヒータイム」のあと、散歩がてらに山道を登る。「くせもの」は途中までついてきたが「気まぐれ散歩」にあきれたのか、いつの間にか見えなくなった。

春のおとづれは近い。

 

 

02月24日

今朝は、寒さもゆるみ、山荘の屋根に雨音を残す。

早朝、4時、仕事場へと坂道をくだる。
足元をてらす外燈にも「もや」がかかり、冬の終わりを感じさせる。

先週のあの朝みた「満天の星」は「ウソ」みたいな星の数の多さであった。
見上げる夜空全体に星がきらめき、ところどころにかたまって見える星雲は、芸術のような美しさがあった。
夜空が、あのように晴れて見えるのは、めづらしいことで、寒さの中で「しばらくの間」佇んで星をながめていた。

不景気がもたらす澄んだ夜空は、喜ぶべきことなのかも知れないが、空気がきれいだと思いながら吸い込むと、なぜか「からだ」が「とく」をしたような気分になる。

 

 

03月05日

雨の日が2日間続く。

「シトシト」と降る雨は、たえまなく「キリ」の「カーテン」となって再び上空へと上がっていく。
動きが止まると、濃霧(のうむ)となり、5〜6メートル先が見えなくなる。山荘全体がこの濃霧に包まれるのは短い時間で、やがて、「キリ」の間から姿を現すと、ムードのある歌声が聞こえてくるようだ。…「むせぶような……♪♪……」

「山荘」の前方には、「風の谷」があり、このような動きが「キリ」の濃淡をつくるのである。
それは「美しい絵」となって次から次へと「アート」の世界を楽しませてくれる。

早春の雨は、草木にも恵みを与え、静かに動いていく。

朝食用の「フキノトウ」が先を争うように頭をもたげている。「てんぷら」と「みそいため」となり、食卓をにぎわす。

 

 

03月15日

寒い朝であるが…
日中は、あたたかい陽ざしの中で「梅の花」が満開に咲いている。

天気予報によれば朝の寒さも「あと2、3日」というので「春めいてくるのは」もうすぐだ。

「うぐいす」のなき声が聞こえたのは、先週はじめ…
聞き覚えのある「うまい」なき声だったので「秋まで居すわっていた」彼…?にちがいない。

その後は寒い日が続いたので「なき声」は、ストップしてしまった。「美声の持ち主」でも、天候不順には、とまどっているようだ。

レストラン入り口の「花だん」にある「河津ざくら」が見頃となり調理場からながめることができる。

ビーフシチューを煮込む「赤ワイン」を手にして、「早桜」をながめるなんて……風流です。…

 

 

03月28日

茶畑の土手にある紅白梅が満開になり、春のおとずれと「カメラ」のシャッターをきる。

2日後には、強い季節風がふき、先に咲いていた白梅の花は、全て散ってしまった。

台風で「やられた」「みつまたの木」は、根元の一部まで「たおされ」、その後おかしな姿になってしまったが、残った「根っ子」が「ガンバッテ」花をつけた。

レストランの入口に並んだ「スイセン」たちは、そろって黄色の「花の顔」を太陽に向けている。

春が来たことは、木々の「小枝」の「先っぽ」まで感じて「つぼみ」をふくらまして「あしたの暖」…あたたかさ…を待っている。

「さくら」が咲くのを待っている。「いつかな…今年はどうかな…満開がみたいね…」

寒さが「ゆるんだ」山荘のベランダからは、同じ会話が聞こえてくる。

 

 

04月02日

桜の話題でにぎやかです。

山荘の桜は2分咲き……
例年より、だいぶ遅れています。……

5〜6年前に来荘された「お客様」が記念に数種類の「さくらの木」を植樹してくださいました。その「さくらたち」が、今年は「花」をつけたのです。
「ちら、ほら」と風流な咲き方ですがうれしい「花見」にコーフンしています。
河津桜、八重桜、「ソメイヨシノ」、山桜、「しだれ桜」……
まだ、カメラにおさめるほど「花」の数hありませんが、「美声のウグイス」たちにも愛されて育っています。

第二東名の開通も間近(4月14日)……
これでインターから25分で山荘に着きます。
山荘の「山奥の…」イメージもなくなりそうです。

 

 

04月12日

ときおり、はげしく雨がふる。

満開の花が「朝夕」の寒さのため「ながもち」していた。この雨水をふくんで「パラパラ」と散りはじめている。

全国的に「つぼみ」がついてから「開花」するまでに日にちが「かかったが」今は「さくら」の花見のニュースで「にぎやかである」。

桜の「花見のシーズン」は「ランチタイム」を楽しまれるお客様が多く、食卓から「ベランダ」ごしにながめられるので評判がよい。

あと数日で「サクラの花ビラ」が散りはじめる。この「とき」が「山荘」の名物「ハナフブキ」が見られるのである。

毎年「さくら…散る」日を楽しみに来荘なさる方もいらっしゃいますので、自然の美しさはいろんな点から喜ばれるのである。

「さくらの花」に気をとられていたら木々に若芽がつきやわらかい「葉っぱ」がついている。新緑の季節がやってきた。

 

 

04月23日

「桜」の木に残っていた「花ビラ」がすべて散って、「サクラノシーズン」は終った。

まわりの木々にはやわらかそうな若葉がついて新緑となり、「うぐいす」のなき声も一段と大きくなり、「なきくらべ」にも「力、チカラ」がはいってきた。

うっとりと、その美声に「聞きほれていると」、茶畑の中から「コジュケイ」が「さけぶ」…
「コチャコイ、コチャコイ」とないて、ノドをひきつらせて「ヨイ、ヨイ、ヨイ」とくる。…

それぞれが季節を楽しむのであるから、勝手だが「ウグイス」の他に「ホホジロ」「メジロ」などは、仲間たちに「よびかけるように」「愛を語っている」……(さえずっている)……のをみならってもらいたいものだ。

山里に「こいのぼり」がおよぐ。

昨年より数が多く、ささえる棒もさらにふとくなり、「こいのぼり」と「力くらべ」をして楽しんでいる。

 

 

05月02日

8号室の前にある「なんじゃもんじゃ」の木に、白い「わたボーシ」みたいな花がついた。

例年に比べて早めに咲いたのは、ほどよい恵みの雨と数日間続いた初夏のような気温のせいだろう。
「ふあっと」したやわらかな綿花のような花は「実」……なのか「花なのか」なんじゃいこれは……と問われるのはごく自然です。

それにしても目立たない花である。
木の真下から見上げると、白い花の色が「空」と同化してほとんどわからない。

横や木の上からみると、「ふあーっと」した感じがよくわかる。花が葉の上にのせたようについているのだから……。

みなさん、めづらしいこの「木」をゆびさして
「あの木はなんじゃ……」と云う。
「なんじゃもんじゃデス。」「???……」

会話がとぎれて、ただ見上げているこのごろです。

地味な話題に「つきあいきれず」「ひよどり」たちはどこかに行ってしまいました。

 

 

05月08日

新茶を刈るモーターの音が山里にコダマする。

気温のひくかった日が続いたので、農家の人たちの心配もあったようだが、4月後半から5月はじめにかけて温度の高い日が続いたため、まあまあの作柄のようだ。

この季節に茶刈機の音に反発するような「コジュケイ」のせわしなく鳴きさけぶ声が聞こえるのも風物詩でのどけさがあってよいものだ。

山荘の前の茶畑にはまだ作業が入らないが、昨夜の満月が美しく照らしていた。

あまりにも美しいので感激していたら「一年中で一番月の光があかるい」夜であったようだ。それもそのはず、地球に5万キロも近くにくるようで、肉眼で見ても20%ぐらい大きく見えるようだ。

この新茶の刈り取りが終わると、木々の葉がより深緑になっていく。
ますます山荘の美しい風景が自慢できるシーズンを迎えるのである。

なにしろ、木の葉の香りでシェークされた空気を思いっきり吸い込むと、それだけで体の中にエネルギーが入り込んだ気分になる。

 

 

05月21日

雨水を、たっぷり「たくわえた」田んぼの中のカエルたちは、静かにないている。

あれほどさわがしかったのがウソみたいだ。

早場米の「田植え」から半月が過ぎ、山の中には「藤の花」が咲いて木々の花の仲間入りをした。
「ムラサキ」の色は、落ち着いてみえる。

「藤の花」に似ている、「キリの花」も今が満開だ。
この花の「みつ」がおいしいのか、「まるい」ハチがたくさんやってきて、「せっせ」と「みつづくり」をしている。

その様子は、せわしなく、「働きバチ」の仲間にはなりたくない。…………

「黄色い小さな…チョウ」がやってきたので「追いかけっこ」してあそぶことにした。

午後のひととき、「心やすめる」シェフなのである。

 

 

06月05日

早朝4時、部屋から一歩外に出ると、室内とは3度くらいちがう空気が身体にぶつかってくる。

気持ちの良いこの空気は、山荘ならではのもので夜通し木々の中で冷やされているので、つめたさの中にもおいしさが加わっている。

新鮮な空気といえばよいのかも知れないが、この空気にふれるたびに、山の中の木々のありがたさに感謝である。

今朝は「うぐいす」の声が主役である。
四方から聞こえてくる中に、「ほととぎず」の声もまざっている。音階をかえて「うぐいす」に対抗しているようだが、流れるようにうつくしくなく「うぐいす」の「谷渡り」にはかなわない。

しかし、「ほととぎす」が主役の座をとる日は近い。

おたがい「なけるときになくがよい」、もうすぐ雨季がくる、その時は「なけない」のだから……

 

 

06月12日

あまりにも早い草花の成長に「山荘だより」がついていけないでいる。

「つゆ」に入ったのか「雨」の降りかたが、草や木の根元を充分にぬらすので栄養分(水分)が行き届いているのだ。

「笹ゆり」が、雑草の間から首だけを出して咲いている。まわりの雑草がじゃまをしているようだが、負けずに自分を見せている。
カメラのシャッターを切ると、「ほっと」したようにほほえんでいる。「山荘だより」に間にあってよかった。

「ホトトギス」が大騒ぎしている。
クラシックカーの愛好家達が、「みがき上げた愛車」に乗ってやってきたのだ。
年代もので「古きすばらしきカー」は山荘のまわりの景色に「ピッタリ」とあう。「ホトトギス」は、「ウェルカム」のあいさつだったのだろう。

食事が終わると「すべるように」静かに坂道をおりていった。

「ホトトギス」とクラシックカー。「山」はにぎやかです。

 

 

06月23日

雨がやみ、山の景色に「キリのカーテン」がかかる。

電線に、一羽の小鳥がとまって「さえずって」いる。
下から見上げると黒い「シルエット」にしか見えないが、「なき声」は「ホオジロ」である。

姿がはっきり見えないため、澄んだ小鳥の「さえずり」は神秘的であり、首を上空に向けた姿が美しい。

この鳥の「さえずり」を「一筆啓上仕り候」・・・などと風流な言い方もするが、習いはじめた「フランス語」の「R」・・・アールの発音のトレーニングのようで「ノド」をつぶすのではないかと心配をする。

あたりは静かなのでなき声の「チョッピィ、チロ…ビビロビィ」はよくひびく。なき声の間にピチピチ…という言葉は何かを「問いかけて」いるようにも聞こえる。

ときおり谷の方から聞こえてくる「カラス」の「のんびり」した「なき声」が「間のび」してさらに静けさを保っている。雨がまたぽつぽつと降りだした。

 

 

07月02日

自分の思い込みで、すっかり鹿の「なき声」と信じていたのであるが、それがめったに見ることができない「まぼろしの」鳥、「アカショウビン」の声と聞いて、ますますバードウォッチングに熱がはいった。

ランチがすんで、お帰りになるお客様を駐車場までお見送りしたときである。
「キョロロロロロン・・・」といつものような「なき声」が杉林の奥の方から聞こえてきた。

それを耳にしたご主人が、いったん乗り込んだ車から飛び出して、両手を広げて「×△◯×」「△×◯×◯」・・・と騒ぎ出した。
杉林の中の「鹿」のなき声と思っている私は、「子鹿でしょう」・・・とのんびりと返事したら、「いや、これは「◯×△×◯・・・」という鳥であり、なかなかお目にかかれる鳥ではない。
バード愛好家たちの「あこがれの鳥」ということであった。

鹿のなき声と間違えていて赤面したが、今年の鹿は「甘ったれているな」と感じていたので、自分でも笑ってしまったのである。
























「アカショウビン」
〈カワセミ科〉
夏鳥として渡来する。
全身が赤く喉から下面はやや黄色味を帯び、腰には水色の縦筋が1本ある。
27.5?ぐらいの大きさ
鳴き声は「キョロロロロン」キョロロ、キョロロ、とくり返しで鳴く……

 

 

07月13日

早朝 散歩する人あり、
コジュケイのつがいが一緒に歩く、追いつかれるとパァッと飛んで坂道をおりていく。

杉林からは、カラスのファミリーが「ねぼけた」声で「朝の点呼」をはじめている。

人の気配に「ホトトギス」がなきはじめたが、あいかわらず姿はみせない。
「ホトトギス」のような「縄張り争い」にもちかいなき声は、静かな山の早朝には似合わない。

しかし、お泊りの人たちには「めざまし」となり、ベランダに出て聞き入っている。

山の空気をたっぷりと吸い込んでから召し上がる山荘の朝食タイムが近づいている。

焼きたての「パン」の香りが、風にのってレストランの坂道をのぼっていく。

小鳥たちも朝の騒がしさから解放され、落ちついた声でささやきあっている。

 

 

07月24日

「キリ」が動いて山の景色を変える。
同じような天気が3日間ほど続く。
細かい雨が木々をぬらしている。
雨期に入り、この雨水をたっぷりと吸って花が咲く「ねむの木」も、さすがに雨量が多すぎるようで少しずつ花ビラを落としはじめた。

いつもなら「ハラ、ハラ」と「竹とんぼ」のように舞うように落ちてくるのだが、雨水を吸って重さが加わって「ボタ、ボタ」とおちてくるので風情がない。

「つゆ」の終わりを告げた天気予報も「あて」にならず、「シトシト」と降る「キリサメ」に、小鳥たちもあきらめた「なき声」で「ジャレ」あっている。

数日続いた「夏、本番」のあつさも、今週いっぱいは小休止といったところ・・・キリサメの中で時折通る風は涼しさがある。

小さな「クワガタ」が「アミ戸」にとまっている、昨夜の雨の中で「とんで」きたのだろう。
「雨ヤドリ」にしては長いので「雨水のかからぬ」老木の根元に移動してやった。

夏休みに入ったので、子供たちの声で「山荘」もにぎやかになる。

 

 

08月03日

日中のあつさはきびしいが、朝夕の山の温度は3度程低いので涼しさを感じる。

涼しくなると「ひぐらし」がなく。
「ゆったりとした」早朝の「なき声」はリズム感があり、一日の始まりを仲間どうしで確認しあっているようだ。

夕方の「なき方」には、どことなく「一日の終わり」をつたえているようで「せつなく」聞こえる。
カナ〜カナ〜カナと7〜8回、そして語尾が消え入りそうになくなっていく。

「おつかれさま」「またね・・・明日」・・・と、それぞれに言葉のちがいはあっても相手には通じているのだろう。

「山荘全体に」季節の「ことば」を残して消えていく「カナカナ通信」は、夏休みに入ると始まり、終わるころには、夏休みは終わりを告げる。

 

 

08月12日

しばらく聞こえなかった「アカショービン」の声が杉林の谷間で「コダマ」する。
どこまでも続く森町の山林を、自由きままにとびまわってきたのだろう。

彼は「大きな樹」を好むようで、背たけの低い雑木林の中には入り込まないようだ。
姿は確認できないが、「なき声」のする場所は、全べて杉林の中であったように思う。

得意の「ピロロン・・・・・・」の美声を聞かせるには、昼間でもうす暗く、「ひんやり」とした杉林の中が最適の「ステージ」なのだろう。

八月も半分が過ぎたが、まだ日中はあつい日が続く。「ピロロン・・・・・・」は、朝、夕だけの出番で、しかも長くは聞かせてくれない。

居場所をさがしているうちに、杉林の中は静かになってしまう。「まぼろしの鳥」は、「鳥類図鑑」の中でのみその「姿」をみているだけで夏は終わり、彼は再び飛び去っていってしまうのだ。

「夏の渡り鳥」との別れは近い。

 

 

08月20日

「高砂ユリ」の根が「いのしし」の被害にあっている。
冬の間に、「食べられてしまったので」、あきらめていたが、一部、建物の近くや、「ハリガネ」で囲いをしてあったところの「ユリ」が、生命びろいをして花を咲かせている。

被害のなかった数年前の「山荘」は、「ゆりの里」と言われて、この季節を楽しんで来荘される方たちもいたほどである。

「ユリ」は、一年で1ヶの花をつけるため、多い枝には、7〜8ヶつけるのもあって見事なものである、

花をたくさんつけると、「それなり」の「重量」も加わるので、それに耐えるように「太い幹」をもった「ユリの木」が必要になる。

太い「ユリの根」は「食べごろ」なので、「いのしし」にしてみれば「すばらしいごちそう」になるわけだ。

今は「やられる」と仕方がないとあきらめているので、「争い」をする気持ちもおきない。

毎年、この季節になると「何本無事に咲いてくれるか」という「あきらめ半分」の中で「高砂ユリ」の開花を楽しんでいる。

 

 

08月28日

夏休みが終わる。

夕食後の「花火ショー」は、大人も子供も楽しんでいただいた。

山荘の朝、夕の温度は、街の中と比べると3〜4度低い。この温度差は、山荘をおとずれる方たちにとって最高の「おもてなし」となったようだ。
その涼しさの中で、パチパチと小さな炎ではじける線香花火を手にした子らの「きんちょう」した「カラダ」は、くらやみの中でもはっきりとわかる。
わずか数秒感の「炎」との対話に「言葉」はないが、「思い出」となって「心の日記」にきざまれることだろう。

ことしは、「虫」を追う「子ら」もすくなかった。
山荘のスタッフが用意した「虫カゴ」の中に、一度は「つかまえた」虫を入れるが、翌日になると「カゴ」から草むらの中に放して帰る「やさしさ」がみえた。

「再会」を約束して「ハイタッチ」をするスタッフの動きにも「のんびり」とした自然の中の空気がある。

今年の夏のあつさは、連日ニュースで伝えられたが、「山荘」をおとずれて街の中とは異なる「目には見えない」・・・「なにか・・・」を感じていただければ幸いである。

いつの間にか「心のふるさと」とよばれるようになった「山荘」のまわりの木々に「秋」の風がふれている。

 

 

09月04日

今日、一日を惜しむような「アブラゼミ」のなき声もどこか「チカラ」がない。

ベランダを横切る風にも「つめたさ」がある。
夏の終わりは、秋のはじまりだ。

まだ、青いうちから落ちるさくらの葉にも秋の風情があり、ゆっくりと味わう「コーヒー」の味にも季節がある。

木々の間からこぼれる太陽にも夏のあのけざるさはなく心地よいので「ねむけ」を誘う。

やっぱり秋は最高だ。

先程からたわむれ遊ぶは「ヒヨドリ軍団」いつものような争いはなく、のんびりと枝から枝へうつっていく。

静かな「ベランダ」には「ゆったり」とした時間があり、「山の中」の「おいしい空気」がたっぷりとある。

 

 

09月14日

早場米の刈り入れがすみ、稲の切り株をつつくカラスが数羽、そばを通る車にも動じぬ様子は「おいしいえもの」にありつけたようだ。

山荘に近い稲田はまだ青く、穂がようやくつきはじめたばかりだから、稲刈にはまだほど遠い。

田植えのころ「にぎやかだった」あのカエルたちはどこに行ってしまったのだろうか、稲穂に気をとられているうちに「グループ移動」をして住みかを変えたのか、また「一生」を終えてしまったのか・・・
気になるが、これも自然なのだ。

天候不順によって彼たちもとまどっていたことだろう。

季節におくれた「セミ」も弱々しくないているが、これにも「耳」をかたむけてやらねばならぬ・・・

黄色く色づいていく木の葉にせかせられて、それぞれが秋本番にむかってすすんでいる。

食卓にも「おいしいもの」がさらに加わる。

 

 

09月24日

近づいている台風のせいか、めづらしい西風が吹く。この風にのって「アカトンボ」が波乗りのように遊んでいる。

すっかり「アカク」なったトンボの世界だ。

ときおり、「カラダ」の大きな「シオカラトンボ」が「ジャマ」をしにやってくる。たくさんのアカトンボのむれの中に入って「アバレル」があまりこうかはない。

「ツクツクホーシ」がめっきり少なくなった仲間と別れを惜しんでないている。

夏の終わりは、落ち葉の数に合わせるようにスピードをあげてやってきた。

草むらでなくたくさんの種類の「虫たちの」あわただしい短い「なきくらべ」は、夜だけでなく昼間も休みなくつづいている。

残月のある「夜明けの空」にはたくさんの星がきらめいている。季節が変わると全てが大きく変化をしていくが、「山荘」の「のんびり」、「ゆったり」は「こころのふるさと」としていつまでも残しておきたいものである。

 

 

10月02日

もうすぐ「村まつり」・・・

三倉川にそった道路に「ちょうちん」をぶらさげる竹の棒が立てられ、電気の配線がついた。

「村まつり」は全部の「村」が一度に行われるのではなく、10月に入ると数回に分けられて行われる。

あざやかな「今年はおそ咲きの」「マンジュシャゲ」が満開となり・・・「まつり」を祝う。

日中はまだ「あつさ」を感じるが、朝夕は寒さを感じる「山里」に、「秋のみのり」を感謝する。
イベントが始まると「いよいよ」「秋本番」である。

「まつりだいこ」と「ふえ」の音が聞こえ出すと、さらに「まつり」の気分がもりあがり、遠くに見える神社の「まつり旗」にも心がおどる。

「まつり気分」にひたっている間に木の葉は、あらそって「色」をつけ、最終の「落ち葉」になる日を待っている。
やがて「枯れ葉」となり、そして「シャンソン」でうたわれる。

 

 

10月10日

朝食の準備がいちだんらくすると、茶ワン(マイカップ)にコーヒーを入れ、少量のミルクをおとし、ベランダに出る。

すがすがしい朝の空気の中で飲むコーヒーの味は格別だ。

前山から近づいてくる朝陽は夏場の色あいはなく、さわやかな光をはなちながら、こちらに近づいてくる。

そのあたりがよほどに快適なのだろう。
数羽の小鳥たちが景色をさえぎって飛び遊んでいる。

すぎ去った台風の影響か、すっかり葉をおとした木々は、枝の先をひろげてのんびりと役目をはたした気分にひたっている。

朝食タイムの時間待ちは短いひとときであるが、 コーヒーが飲み終わると、ゆったりとした気分になれる。

「パンガマ」のブザーが鳴る。

クロワッサンが焼きあがったのだ。

さぁ、朝食の仕上げをしよう。

 

 

10月19日

山の坂道を「川のように流れる」雨水によって、流されてきた落ち葉が、少しずつ道の片隅に押し上げられ残されていく。

その量は多く、「葉っぱのジュータン」になる。
「ヒラ、ヒラ」と舞い散る落ち葉には「カラフル」な独自の色があるが、流されてきた「葉っぱ」は全て「くすんだ茶色」になる。

そして「かすかな匂いがつく」。匂いは、自然に発酵された甘酸っぱい香りで、不快ではない。

自然の「山の中の香り」は、その日の天気により変化していくので「気にしなければわからない」。

虫たちにとっては、そこを遊び場にして住みつく。やがてその虫をついばむ小鳥たちが集まってくる。しかしその「シーン」は短い。

秋の深まりにつれ「からりと晴れた日」が続くと、「葉っぱ」は乾き、風に吹かれて飛んでいく。

消えた「葉っぱのジュータン」後には、「銀色に」染まった「すすき」が横から顔を出している。

 

 

10月30日

ギィ、ギィ、ギィとなく「もず」の声に、おどろいたのか、「小さなとり」は、竹林の中に消えていった。
なき声をあげず、あわてた様子をみると、よほど「もず」が怖かったのか、、、、

地元の人に聞いた話によれば、「もず」の習性で「えさ」になるカエルやトカゲなどをつかまえると、「木の枝」に刺しておくらしい。
「えさ」のたくわえの方法としては納得がいくがその後が「もず」の面白いところで、「このえさ」を忘れてしまうため、気をつけて「木の枝」を見上げると「ひからびたえさ」がぶらさがっている…とのこと…。

「もず」は忘れっぽいから、地元遠州弁で忘れっぽい人のことを「がっち」−もずの意味−という。
「がっち」の年代に近づいた自分には気になる言葉である。

この話を聞いてから、「がっち」を確かめようと、木の枝を見上げるくせがついてしまったが、いまだみつけることはできない。
散歩中の楽しみがまた、ひとつ増えた。
朝夕の寒さが増して、さらに秋が深くなった。

 

 

11月03日

早朝、4時。

山荘の坂道からながめる「残月」は、前山の上にあった。

11月の始めにしては、「ハダ寒い」が、空気がひきしまっているので、「気持ちがよい」。

「月が照らす」山の尾根は、「黒いシルエット」をいつもより美しくみせている。

上空には、満天の星がきらめき、月のあかるさにも負けずに夜明けの「ショー」を見せている。

遠くの「山里」から「えんりょがち」に犬の「ほえる声」が聞こえてくる。あのあたりには「くりばやし」がある。
「腹をすかしたくいしんぼうのいのしし」が、とり残された「ごちそう」を食べに来たのだろう。
「立場」は違うが「犬」にとって「いのしし」は友だちだ。毎日「やってくる」ので「あいさつ」のような「ほえかた」だ。
「ワシがみはっている、しっかり食べていきなさい」……
……なんて…会話をしているのかもしれない。……

……「山の中」の「夜明け」はすべてが「のんびり」……

……「静かに」「ゆっくり」と過ぎていく。

……前山の向こうの街のあたりが少し明るくなってきた。……

 

 

11月23日

山荘のディナータイムが一段落すると調理場から外に出る。

メイン料理を仕上げるころは気分も高揚し、オーブンの熱も加わって顔がまっかになるほど「ほてって」いる。それが冷やされるのに充分な外気の寒さは「ひんやり」として気持ちがよい。

レストランの屋根ごしに見える「月」は欠けてするどく光り、いくつかの星がよりそっている。

この時間には、まだ「たくさんの星」は見えない。街の方のあかりがまだ多すぎるのだ。

星に見えたひかりの点滅は「夜間飛行」のテールランプで東西にわかれて消えていく。
かすかな「バク音」だけが残っている。

夜空のショータイムにはまだ時間が早い。
「満天の星」がみられるのは、深夜から早朝にかけての「おやすみどき」だ。

若し、この時間に「目が覚めたら」、ベランダからでも見ることができるので「どうぞ」と、おすすめしている。

翌朝、「星がきれいでした」「幸わせな気分です」などお言葉をいただくとうれしくなります。

 

 

11月30日

冬鳥、「ジョービタキ」との「たたかい」がはじまって、今日で約一ヶ月。
「なわばり争い」のもとになる「みつまたの木」は台風の後の手入れが悪かったのか、細い根を数本残し枯れてしまった。

「場所」がなければ争いになるまいと、安心をしていたのであるが「それはあまかった」。
姿をみせてから一週間ほどは様子をみていたようで被害はなかったが、「コウゲキ」が始まると日増しにひどくなってきた。

彼の「コウゲキ」対象になるのは、山荘の愛車「ランクル」のミラーであったが「自分の姿」がうつる、車窓全体にもひろがり、「手がつけられぬほどの」「たたかい」になってしまった。

「コウゲキ」の武器は「えさと」なる木の実をたっぷりと食べ「白いジュース化したフン」をかけていくのである。

ほとんど逃げることはなく、「愛くるしい」動作をしているので「追いはらう」人間の姿は、正気でなく見えるかもしれないが「車全体」に「フン射?」されると、「もう、コノヤローの世界だ」。

白いビニール袋を、バックミラーにかぶせ、30cm程に切ったアルミホイルをさらに「ヒラヒラ」になるように切って、全ての窓にとりつけた。

この作業だけでも数分間はかかるが「よごされる」よりは「マシ」なので一生懸命である。

「テキ」はその作業を近くの木の枝から、尾っぽを「ふりながら」ながめているのである。
「シャク」にさわるので小石をひろって投げつけるが「コントロール」のない小石は、ほとんど届かず、腹立たしさは倍増する。

この「たたかい」は彼が去っていくまで続く。
すっかり色づいた山並みにも感動しているひまがない。

 

 

12月06日

1年の「しめくくり」は、自然の「チョー不思議」な「ゲンショウ」であった。

早朝、坂道をおりていくと、まだ夜明け前の「前山(MAEYAMA)」・・・名前はなし・・・に消えていく「残月」が、白い雲の「カタマリ」を下からライトを与えるようになって「うかび」あがらせている。

太い毛筆に「たっぷり」とつけた「まっしろ」な色の絵の具を「キャンバス」にのせたように見える。
その一本の線の「美しさに」見入っていると、上空の「強い風」のいたずらか、その絵の具を動かしていく。

はじめは大きなトラックになり、次はバスのようなかたちをつくり、しばらくすると「貨物列車」の長い列になっていった。

「メルヘン 」の世界には、手前の上空に「満天の星」があった。ちりばめられた星の光は弱いが、命を持った物体のように「キラキラ」と輝いている。

「句」をよもうと「おとぎの世界」に気持ちをもどすと、いつもの「黒いシルエット」の山並みが残っているだけであった。

早朝の風は、木々の葉に「ジャマ」されることなく通りすぎるので「つめたさ」をもってぶつかってくる。

冬は、「かけ足」でやってきた。

 

 

12月18日

季節風は、「ようやく色づいた」 山荘のまわりの木々の葉を、すべてふりおとしていく。

「北風ビュウ、ビュウ」は、上空にあった雲まで動かす。その動きのスピードは早い。

銀色にそまった飛行機が、ひとすじの「白いオビ」をつけて西の方向へ飛んでいくが、その音も聞こえない。

午後になると風は少しおさまったが、時折り地面に落ちている落ち葉をすくいあげては、飛ばしていた。

この「落ち葉」に飛びついて遊んでいた2羽のカラスが風の強さにおどろいてか、杉林の中に飛び込んでいった。

寒波の冷えは、「いきなり冷蔵庫」中に入ったように感じる。

こんな夜は星がきれいに見える。

少し欠けた「月」が夜空にあっても、「キラキラ」星は輝きを増して光っている。

今夜は星に「○△○☆○」を祈る。

 

 

12月28日

先日の寒波が続いていれば、その寒さに慣れて「あたり前」の冬を覚悟するのであるが、数日の暖かい日があったりして、温度の変化に戸惑う2012年最後の週をむかえる。

いづれにしろ、寒波をもたらす上空の風は「ゴォー」という音が聞こえてくる。
時折、その一部が「山」にぶつかっておりてきて、すっかり「葉」の落ちて休んでいる「木々」を大きく左右にゆさぶっていく。

その風の仲間たちにも器用な「やつ」がいて、地面におちて積み重なっている「枯れ葉」をすくいあげて「木の葉」の「ショー」をみせてくれる。

芸をする「枯れ葉」の中には、「タイミングよく」ころがっていく「タイヤ」のように、くるくるとまわりながら坂道をくだっていく。

冬の雑木林の中は見通しがよく、吹きつける風はつめたいが「生きものの」ような「木の葉」の芸を見るだけでも楽しい。

しかし、ニュースによれば、この寒波がもたらす大雪による被害がでているようだ。無事を祈りたい。