01月04日

 大晦日,夜空を見上げると美しい星がみえる。
     澄みきった天体には、その光がさらに増して見える。
  元日, あたたかい一日である。
  二日, 午前中雨が降る。久しぶりの雨、降雨量 は少ない。
  三日, 朝から雪がぱらつく、そして雨になる。午後から太陽が出る。

 新しい年はめまぐるしい天気の変化ではじまった。 毎年のことであるが、大晦日「年越しそば」を召し上がっていただき、元日の朝食には「おせち料理」も用意する。 にぎやかな食卓も「山荘」ならではのお正月気分を味わっていただきました。

 お客様はご遠方の方から連泊、三連泊の方もおられて皆さま、のんびりと休日を楽しまれていかれました。
「たいくつしませんでしたか?」と尋ねると、「たくさん本が読めました」と答えてくれました。

「コタツ」のある部屋、静かな山の中、それがなによりのサービスだったようです。

山荘のスタッフ一同、今年も皆さまをお待ちしています。
そして私も料理づくりを楽しませていただきます。

 

 

01月14日

 新年早々にテレビの取材があった。
「今年一年笑っていこう」という年頭にとってはおめでたい企画である。

  約10分間のオンエアー「山荘がお笑いの現場」で思いっきり「笑っちゃう」ことをしてくれたのは、おなじみ田辺さんです。
田辺さんはSBS学苑「そば」「チンドン屋」などの講座を受け持っている。最近では地元で「笑っちゃうサミット」などの開催を行ったりしていて何かと話題のある方である。
「山荘」とのおつきあいは「フランス料理」と「そば」をつないだコース料理を過去に2度行っているがアルコールがある程評判をとっている。

 この田辺さんが祭司になって行う貧乏を追い払う祭事(さいじ)は見ている人(参加している人)を拘腹させるのである。
大笑いをしたアナウンサーがお腹がすくほど笑ったので、そのあとは「食事をしたい」ということで「山荘」シェフの出番となる。
「開運ランチ」をどうぞということで画面で大写しになる「コース料理」は、オードヴル、スープ、黄金焼き(豚ヒレ肉の詰め物)、デザート(抹茶プリン)、コーヒーこれで3,150円。
あっという間の生放送番組でした。

 これが功をそうして福が来ました。SBS学苑で企画した「笑っちゃうコースめぐり」は森町の名所を田辺さんがガイドをしてまわり、「山荘」でランチをとる。
参加された方は笑いっぱなして腹がすいて、そしておいしいごちそうを食べました。
今年はよい年になりそうです。「ありがとうございました」とお礼のお言葉でした。
今年もよい年になりそうです。

 

 

01月30日

山荘の名木、桜の木の剪定をしてもらう。
名古屋の知人が植木屋の職人さんで、去年の暮れに来荘の折、「テングス病」に冒(おかされている)桜の木をみて剪定をしてくれることになった。

この日は風が強く寒い一日であったが弟さんと二人で桜の木に登っていった。一般 の家屋敷の庭ならハシゴをかければ仕事になるのだろうが山荘の桜は大木であり傾斜のある場所なのでハシゴはほとんど役にたたないようでよじのぼっていってはノコギリで病巣のところを切り「クスリ」をぬ っているようだ。

ときおり突風がふきつけてくると木の枝にしがみついて風の通 り過ぎるのを待っている。 下から何も出来ずただ眺めることしか出来ない自分は高所恐怖症……下から見ているだけで身体が固まっている……。

枝の先の方は届かないため残ったところは別の日にあらためて剪定をしてくれることになったが終わったのは陽がしづむころであった。

樹齢、推定、80年の桜の木は気になった「ボサボサ」の枝はずいぶんと剪定されたのですっきりとスマートになった感じがする。 下から見上げると木の間から空がたくさん見える。気のせいだろうか……。

それから一週間枝の先の方が息づいてきたように見える。気が早いかも知れないが桜の開花が楽しみである。

 

 

03月06日

「みつまた」の小さな白い「つぼみ」が開くと黄色い花となる。開花してもそれ程目立たず地味ではあるが、冬から春にかけての最初の「花便り」となる。 この季節を待っていたかのように「レストラン」入口の花壇の手入れが始まる。「パンジー」「初雪かづら」「スカピオサ」「ラベンダー」など、少しづつではあるが増えていく。

気がつくと「水仙」が大きくなっていた。「つぼみ」があるので、あと数日で「可憐」な花を見せてくれるだろう。ベランダのすぐ下にある「ミヤギキリシマ」は、木の芽がふっくらとしている。桜との共演は今年も見られそうだ。

それぞれの花が開花のスタートラインにたって自分の出番を待っている。

調理場は今、「甘夏」ジャム造りを楽しんでいる。

 

 

03月17日

 春一番が、紅梅の花ビラをかかえて谷の方に消えていく。まだ少し肌寒いが、ベランダに座りコーヒーをのむ。鳴き慣れぬ 若き「ウグイス」に同情しながら、春の始まりを楽しんでいる。
山荘からの花便り、三番手の「ミヤマキリシマ」は、2割程の花が咲いている。この花が満開になるころ、桜の開花が始まる。ベランダの真下でとれた「ふきのとう」は、「天ぷら」「味噌炒め」「煮物」となって、朝食の「メニュー」をにぎわしてくれた。

 もうすぐ「筍」「わらび」が仲間入りだ。

 

 

03月24日

今日はよい天気。明け方に見た桜の花は、そこに、ここにと数えることができたが、今は数えられない程たくさん開いている。「つぼみ」が花になる瞬間はきっと小さな音を出しているのだろう、「プチップチッ」と。明日には2分咲きになるだろう。

森町の桜の開花は、例年だと太田川の下流から進んでくるが、今年は予想が外れいっせいに開花が始まったようだ。

今年の山荘の桜は美しい。剪定したおかげである。

 

 

04月01日

 桜の花満開の日
めじろ、四十カラ、山ガラ、ウグイス、ホホジロ、ヒヨドリなどの小鳥たちが「代わりばんこ」にやってきては美しく咲いた桜の花ビラをついばんで遊んでいった。

 山荘の桜の開花から満開に咲くまでの日にちがかかったが、ここにきて冷え込んだ気温のためである。

 森町の太田川の岸辺に咲く桜と時同じく咲いたが、満開までの日にちの差はやはり「山荘」との気温の違いである。


 桜の花見が4〜5日、多く見られるので、なぜか「得」をしたような気分になる。

 夜桜の気分を味わっていただこうと、ライトアップをしたのも、お泊まりのお客様にはおおいに喜んでいただいた。

 あと数日、満開の桜を楽しんでいただいたあと、パラパラと散っていく花ビラがこれまた実に美しい風景となる。
自然のおくりものである。ありがとう。

 

 

04月10日

強い西風にあをられた桜の花ビラが谷の方に向かってとんでいった。

昼のランチタイムのあとに、ご来荘のお客様と一緒に記念撮影をする。
剪定された桜の木は老木なれど美しさをアピールできる。
たくさんのカメラの前でハイ、ポーズ………

ライトアップされた夜の桜も見事であった。
夜空には欠けた月ではあるが桜の花見に色を添えてくれた。

昨年、桜の散るころお見えになりその美しさに見せられ、今年は花ビラが散りはじめる日をわざわざ選んで、ご来荘のお客様が花吹雪をカメラにおさめようとさかんにシャッターをきっている。

桜はいろいろな楽しみ方があるようだ。
その桜の季節が終わり、もうすぐつつじが咲きはじめる。

山の空気は香りがついておいしくなります。

 

 

04月17日

宿泊棟のまわりには、たくさんの白い「シャガ」の花が咲いている。

「サクラ」の花で盛りあがっていた「おまつり」気分が一段落をしたためか、この小さな「カレン」な花には、静けさを感じる。

夜明け前から「さえずる」小鳥たちがちょっと一休みをする頃、あちらからこちらから「ウグイス」の声が聞こえる中で、この「シャガ」の咲く坂道を散歩するのは、実に楽しい。

坂道から手をのばせば「ワラビ」「ゼンマイ」がとれるので自然とのふれあいがさらに深まる。

 

 

04月28日

昨日の強い風は坂道に残っていた「山桜」の花をすべて落としていった。

今日の午前中には雨が降ったり、やんだりしていたのではっきりしない天気であったが、午後になり太陽が出てきて、気持ちの良い「山荘」の周りの景色を見ることができる。

木々の葉が薄い緑から深い色へと変わっていくのがはっきりと分かる。

「もえる」緑にさらに加わるのが「ウグイス」の声である。「谷渡り」の美声はいつまでも続く。

こんな日はベランダに座り、香りの良い新茶を飲んで瞳を閉じる。山の静けさに「カンパイ」だ!

 

 

05月07日

ゴールデンウィークの期間中、雨は降らなかった。
おかげさまで、来荘のお客様にはたっぷりと新緑を楽しんでいただきました。

連休中は「ランチ」のお客様にも、たくさん来ていただき昼夜にかけて、「レストラン内」はにぎやかでした。

新緑の空気がおいしいと「シンコキュウ」を何回もしておられる方は東京からお見えになった人たちでした。

「木工細工」の笛を鳴らしながら坂道を登っていった。
3人姉妹とご両親、小鳥たちとの「会話」を楽しんでおられました。

今日は、朝から雨。
木々にとっては久しぶりの恵みの雨は、育ちざかりの木の葉一枚づつを色づかせている。
やがて「深緑」となる。

山の中は、ますます気持ちのよい季節をむかえます。
今年の「ウグイス」の「谷渡り」は格別です。

ずただ眺めることしか出来ない自分は高所恐怖症……下から見ているだけで身体が固まっている……。

  枝の先の方は届かないため残ったところは別の日にあらためて剪定をしてくれることになったが終わったのは陽がしづむころであった。

 樹齢、推定、80年の桜の木は気になった「ボサボサ」の枝はずいぶんと剪定されたのですっきりとスマートになった感じがする。 下から見上げると木の間から空がたくさん見える。気のせいだろうか……。

  それから一週間枝の先の方が息づいてきたように見える。気が早いかも知れないが桜の開花が楽しみである。

 

 

05月17日

まだ明けきらぬ、くらやみの中で「びっくり」したような「コジュケイ」の第一声が聞こえると、これにあわせたように「小鳥たち」は「さえずり」をはじめる。

4〜5日前から「ホトトギス」が加わったので、さらに、にぎやかになった。なぜか「ホトトギス」は「ウグイス」に合わせるように鳴く。しかし、もう鳴き始めてからしばらくたっている「ウグイス」には分があってあまり相手にされないのである。

「メジロ」の芸術的な美声に比べ、「ほほじろ」の「さえずり」は、なぜか悲しさがある。「悲しき恋歌」という感じがする。

「ジョロリ」「ジョロリ」と鳴く、夜明けの鳥の名前は、まだ姿を見たことがないので分からない。 山の小鳥たちの種類は多いのだが、鳴き声だけで分かるようになるには、ウオッチングをさらに強化せねばならない。それも楽しみのひとつである。

「山荘」の坂道にある「キリの花」は、散りはじめ、「山つつじ」の淡い色の花が満開である。

「三倉川の上流」で観賞できる「ほたるの乱舞」は6月10日頃ということです。(山荘から車で10分位 の所) 朝食の仲間、淡竹(はちく)のたけのこはもうすぐ出て来ます。フキの煮物と共に楽しめます。

 

 

05月27日

「きりの花」は、花ビラがラッパの形をしていて、あつみがあって、しっかりとしている。そのせいか、花が開いてからの寿命がながい。

あとから咲いた野生つつじの花は、もう散りはじめたが「きりの花」は、まだ残っている。そして、その散り方がロマンチックである。
風が吹くと、「ハゴイタ」にうたれて飛ばされた羽根のようにヒラヒラとまわりながら落ちてくる。
地面におちてからもふまれなければ、そのまま香りをはなちながら横たわっている。
雨が降ると、川の流れのようになる坂道をゆっくりと流されていく。

五月はつゆどきのように、雨の日が多かったので「きりの花」を運んでいく「川」は、ひっきりなしに出来ては消えた。
この季節、山荘のまわりに咲く野生の花も実にうつくしい。(クローバー、アザミ、ニガナ、タンポポ)

 

 

06月03日

可れんな「笹ゆり」が1本、風に大きくゆれている。今にも開きそうな花のつぼみが重そうだ。
道路から手の届くところに咲いたので通行する人に折られてしまうと残念なので、早速移動看板を立てた。
「草花を折らないでください」・・・と書いてある。

「山荘」への道路は林道であるが、山道を好むドライバーが通 る。自然を楽しむには最適であるが、途中で草花をみると、つい折って持ち帰ろうとする。草花がたくさんあって、その中の1本ならまあ仕方ないとあきらめるが、折る人は全べてをとろうとする。

「ごめんなさい」「そっとしておいてください」という祈りにも近い「看板」は、目立つように大きめにつくり、草花が咲くと、その近くに立てるようにしている。
おかげで「笹ゆり」は、もうすぐにでもつぼみが開く。

 

 

06月12日

 ―つゆの季節 ―

御来荘のお客様には、「雨の中、お越し頂きましたのに、残念ながらよい景色がお見せできないので申し訳ございません」と言うと、
「いや、雨の日も捨てたもんではないですよ…、山をつつむ「キリ」がいろんな形をつくって楽しませてくれます。雨はこれまた自然を美しく見せてくれるものですね…」
こんな会話も「つゆどき」ならではのご挨拶です。

今日も雨、「キリサメ」が茶畑を濡らす。
樹齢100年の「たまの木」を正面に見て立ち、遠方を見る。

「ふわふわ」とした真綿のような白い「キリ」が黒い山々にかむり、ちぎれたり、くっついたりしてゆっくりと動いていく。

時が止まっているような静けさの中、水分を含んだ空気が、そっと顔に触れていく。
「つゆ」もまたごちそうなのである。

 

 

06月20日

<ホタルの乱舞>

小川に近づくと車のライトめがけてほたるが「ぶつかって」くる。5、6匹がかたまってきたり、「ぼたん雪」のように次から次へとフロントにあたる。「ケガ」をさせてはいけないと思い、小川から少し離れた所に車を止める。ライトを消すと車から降り、小川にそぞろ歩きで近づいていく。

「ほたる」がこの小川に飛んでいるのは、毎年見ていたが、これ程までのたくさんの「ほたる」を見たのは初めてである。
空中で「ほたる」どうしがぶつかってしまうほどの数の多さに驚きながら、「ほたる」の乱舞の美しさに見入っている。

「くらやみ」に慣れてくると、かすかに人影が動く。見物の人たちの数はわからぬが話し声からするとかなりの人出である。
誰かに「えんりょ」するのか話しのトーンを下げているのが面白い。小さな「ライト」を持っている人を「えんりょがち」に足下だけをそっと照らすだけでつけっぱなしにはしない。自然の中の「ルール」をしっかりと守ってくれている。

「ほたる」の寿命は短い。「乱舞」をみることができるのは、よほど「その日」に出合わさないかぎり難しく、「ほたる」を見たいというお客様のご要望に全てお答えできないのが残念であるが、今年はお子さまづれのファミリーをご案内できたことは幸いであった。

温度差の異なる上流では、少しづつではあるが「ほたる」が見られるので、夕食後、ご案内して楽しんでいただいている。このあたりは自然がいっぱいなのである。

 

 

07月02日

野草の花が咲いては散り、「山荘」のまわりの「草刈」も、この花が散ったら「刈ろう」などと思っていると、なかなか「刈る」ことができない。

「タンポポ」「あざみ」「クローバー」実に美しい自然の花である。

とかく「あじさい」や「しょうぶ」に目をうばわれがちだが、「うわさ」の花のシーズンに「そっと」咲いては散っていくのである。草花の宿命であろう。

「草刈」名人のSさんは10cm程に成長している、「高砂ゆり」を切らないように注意をしながら、うまく草を刈っていってくれる。残していくのは「ゆり」ばかりではなく、草花も残してくれる。おかげで、この花たちは、この時がくると「咲いて」おとずれる人を楽しませてくれるのである。

今年は、木の実がたくさん落ちていて坂道に散らばっている。ふみつけられると「プチッ、プチッ」と、くつの底から割れる感触が伝わってくるのも、自然の中の経験である。

木の実がたくさんあるせいか、今年はたくさんの小鳥たちが集まってきているので、森の中はにぎやかである。

朝夕の「ひんやり」した空気の中で小鳥たちとたわむれる、何気ないこのひと時が「山荘」の「のんびりした過ごし方」のようだ。

 

 

07月14日

森町の中心を流れる太田川の上流には、二つの支流がある。(吉川、三倉川)

左右から本流に流れ込んで交わるところでは、雨が降るとその量の違いによって異なった水の色を見ることがある。

特に「山荘」へ向かう道路と並んで流れる三倉川は、そのまわりの地形のためか降雨量が多い、そのため一夜にして土砂をふくんだ濁流となる。

雨がやむと数時間のうちに茶色から灰色になり、そして白っぽくなっていく。2日目には青い流れとなり、3日目にはもとの澄んだ川の流れになっている。川原の石はきれいに磨かれ、清潔そうに見える。

もうすぐ「つゆ」があける。夏休みになると子供たちでにぎわう川面で小魚がはねている。
山、川、水、全て自然の恵みである。

 

 

07月24日

全国各地に被害をもたらした雨は、「つゆどき」とは異なる降雨量であった。

はげしく降った雨は、「ねむの木」の花を全て落としていった。線香花火のような「ねむの木」の花は目立たないが、その一輪づつが可憐で美しい。

「山荘」のまわりには「山ゆり」が大きな「つぼみ」をもてあますようにしていたが、昨日から開花が始まった。水分をたっぷり含んだためか「つぼみ」は色あせた感じであったが、開花をすると「ハデ」な花ビラをみせる。

先程まで枯木のてっぺんでさえずっていた「三十三才」‥‥ミソサザイが「山ゆり」の花に近づいたが、その香りにびっくりしたのか、茶畑の方に飛んでいった。

もうすぐ「つゆあけか」と言われながら、今日も、山は「キリ」のカーテンで包まれている。

朝食後、いったん部屋に戻られお帰りの用意をされて、チェックアウトのお客様、連泊であったのでごゆっくりできたでしょう。2才の男の子。昨夜はまだ「ハニカンデ」いたが「また来てね……」と声をかけると「バイバイ」のポーズ。その小さな手に触れるとそっと握り返してくれた。今度お見えになる時は、どのくらい大きくなっているだろう。再会が楽しみである。

 

 

08月02日

「つゆ」があけたという天気予報の告知はまだない。

「あけたんじゃないか」という仮の予報はしているようだが、このところの天候と同じでどうも、すっきりしない。

とくに、この2〜3日は、日本列島も西に東にわかれはっきりした温度差があらわれている。
「山荘」は、そのせいか、朝夕は、はだ寒さを感じるほどである。先日、雨にうたれて落ちた「ねむの木」の花をたくさんみたので、「花は終わりました」・・・との「山荘だより」でしたが、実は今が満開で2日間ほど続いてみせてくれた太陽が、しぼんでしまっていた花を復活させてくれたのです。

今年の7月中の日照不足は、小鳥や虫たちにも大きな変化があって、「キリ」がかむった雑木林の中では、ウグイスが鳴き、温度があがると「セミ」がうたいだします。朝と夕方には、たくさんの虫が鳴いています。

句題には不足のない「山荘」のまわりを散歩しています。

 

 

08月05日

「つゆ」があけた。

夕暮れどき杉林の真上に、オレンジ色した上弦の月がうかんでいる。 日中の暑さから、わずかの間に‥‥‥。
「山荘」のまわりの空気は冷やされている。
このすずしさに「くるまれて」レストランに入り、ディナーがはじまる。

食事が終わるころには、夏の星たちが勢揃いして待っていてくれるだろう。

 

 

08月23日

昨夜、おしめり程度に降った雨のおかげで、ベランダの桜の木を通して見る前方の山に「キリ」がかむっている。「墨絵」のように見えて実に美しい。
「キリ」は山全体をおおったあと、晴れわたった青空にのぼって消えていった。

午前6時、山荘の「うら山」からあがってくる太陽が、さらに、その「キリ」の動きを活発にさせている。

窓をあけると、夜通し冷やされた空気がとび込んでくる。
「うーん さわやかだ。」この青葉がぴったしの朝の空気は栄養たっぷりで気持ちがよい。気温は23度と快適だが、日中はあつくなるだろう。

「高砂ゆり」は満開に花が咲いている。
1年で1ヶずつ花をつけていくといわれるこの「ゆり」は、最高で1本に7ヶつけているのがあるが、それでも重さにたえながら立派に咲きほこっている。
1ヶしか花をつけないものがたくさんあるが、これらは「ピーン」とまっすぐに立っていて、その枝ぶりが若々しい。まだしばらくの間、白い「花」を楽しませてくれるだろう。

「お盆」を中心にして、たくさんの「ファミリー」の方たちにご来荘いただき、のんびりしていただいた。
夕食後「花火」を楽しんでおられましたが、「音」のしない「線香花火」をご持参されての「静かな夜」を、ときおり見せる形の異なる月が共に参加して色どりをそえていた。流れ星の報告は少なかったが、それは「黙って胸に秘めて」お客様が持ち帰ったためだろう。 

 

 

09月02日

夏が終わろうとしている。
日中の「セミ」の声も、めっきり少なくなってきた。
「トリ」を受けもつ「ひぐらし」がゆったりとなく。
夕焼けにそまる上空には、秋の細長い雲がなびいている。
ひんやりとする朝夕の空気は心地よく、深呼吸をすると自分の身体が軽くなったような気分になる。
そのせいか、やたら食事がうまい。

山荘の坂道には、夏の暑さにいためつけられた木の葉がたくさん落ちている。残された木の葉は、これから色づいて、秋の紅葉を楽しませてくれるのである。
木の根元では、「にぎやかな虫たちの音楽会」が開かれている。
夜毎に仲間が増えてきているので、「メイン」の演奏会は近い。

 

 

09月06日

調理場にやってきた「コオロギ」をそっと両手の中に入れ、レストランの入り口にある花壇に連れて行く。
「おまえのいる場所は、こっちだぜ」……と話しかける。
いきなり捕まえられて「からだ」をまるめていた「コオロギ」君は、やっと意味がわかったのか、夜露に濡れたミントの葉の上で手足を大きく伸ばしてうなずいた。 この季節「朝食」をベランダで召し上がる方たちが増える。 ベランダを通りぬける風は実に気持ちがよい。 約30種類の和食は野菜中心の「おふくろの味」。 焼きたての「クロワッサン」や「ロールパン」「シナモン」やチョコレート入りの菓子パンもコーヒをのみながら食べると「朝食をベランダで」の映画の名場面のようだ。

のんびり、ゆったり、とした朝のひとときの中で「ロハス」の気分にひたる。

 

 

09月13日

時折り小雨が降った日中は、山荘のまわりであんなにたくさんとんでいる「赤トンボ」がいっぴきも姿をみせない。雨をきらってどこかで「雨やどり」をしているのだろう。
夕方になって雨はやんだ。冷房もいらない涼しいレストランは、「アミ戸」を残して窓をあける。
今夜の虫のなき声は、一段とにぎやかである。
その音色は、はっきりと聞きわけることができる。

まつむし…   り〜ん、ちんちろ
すずむし…   リーン、リーン
かねたたき…  チン、チン、チン
こおろぎ…   リーリーリーリー
かんたん…   ルルルル
うまおい …  スイッチョ、スイッチョ
ちゃたてむし… サッサッサッサッ

定番のBGM、中村由利子さんのピアノ曲の音を小さくして虫時雨(むししぐれ)を聞く。

「ゆりの花の一生」
「ゆりの花」…高砂ゆり…花が散って約半月をすぎると、花のおちた先端がふくらみはじめ、すすきの穂が白くなるころはじけて大きく口をあける。この中にはたくさんの種子がはいっている。
人々が紅葉に気をとられているころ、茶色になって軽くなった種子が風にはこばれてとんでいく。
残った枝と穂は40cmの長さで切られレストランの中に飾られ「枯れた」「美」をみせてくれる。 自然の中でくり返されるそれぞれの「一生」は、はかなくもあるが、実に「あじわい」がある。

 

 

09月22日

< 山荘はもう秋>
木々を抜ける風は爽やかだ。
上空には「白いちぎれ雲」が青空の中をゆっくりと動いていく。
鳴き遅れた「ツクツクホーシ」の声も、季節の終わりを感じているようで弱々しく聞こえる。
落陽に見せる、山々のシルエットは実に美しく絵になる。

<そして食欲の秋>
栗、さつま芋、エビ芋、自然薯、大根、柿、みかんetc...
美味しいものがさらに美味しくなる。

 

 

10月03日

お花の好きなお客様にいただいた「朝顔」と、「夕顔」の苗木は順調に花を咲かせて楽しませてくれる。

「ベランダ」においた朝顔は、咲いては散りをくり返し、多い日には7ヶの花が見事に咲いた。1〜2ヶ咲くのも可憐で可愛いが、まとまって咲くと、これまた華やかで美しいものである。

「夕顔」は、レストランの入口の「垣根」に「這う」ようにしておいたが、なかなか花が咲かず、あきらめかけていた時、突然に「白い大きな花」が咲いた。咲いたというより「そこにあった」という表現ぴったしの夕顔の開花は、「なぜか悲しげで」「夕やみ」せまる中で静かにそっと咲いてくれたのである。

小さな「つぼみ」が膨らんでくると「らせん状」になり、夕方になると、いっきに花を開くのである。

昨夜までに6ケの花をみせてくれた。 朝顔で一日がはじまり、「夕顔」で一日が終わる。
あと数日の間、楽しむことができる。






「たたかい…山荘のある日」



美しく終わる「ゆりの花の一生」に、今年はとんでもない外敵が現れた。「いのしし」である。彼らの行動は夜行性なので夜中に現われて「ゆりの根っ子」を食べるのである。


「山荘」の周りにある、たくさんの「ゆり」が全て食べられてしまった。


今の「ゆり」の役目は、花が落ちた後に種子をつくり、これが大きく膨らんで開くまでに雨や風に耐えながらしっかりと地面に根をはっているのである。この根っ子を食べてしまうのであるから許せない。


本当に「くやしい」のと「どうすることもできない」夜中の行動は、腹が立つ。地元の人たちに聞くと、今年は「山の中」に食べものがなく、畑の野菜や今が旬の栗の実が食べつくされているとのことであった。


「役場」所有の「6つの檻…」も全て各部落に借りられて「シカケ…」られているが、とらえることができないのは、「小さなウリンボウ(子どものいのしし)」がたまに掛かるだけで、先頭切って悪さをするリーダーのいのしし達は「絶対」に「檻の中には入らない」ということであった。


「山にエサがない」……ということは、「それじゃ仕方がない」とあきらめるしかないが、「ゆりの根っ子」まで食べ尽くしてしまった後、次の「エサ」は「どうするのだろう」と心配になる。


地元の人の話では「ミミズ」「沢ガニ」なども食べ尽くし、次には「田んぼ」の中に入ってくるという。


「田んぼ」には色づいた「稲穂」がもうすぐ「刈入れ」の時期を迎える。この中に入られて食べられたらたまったものではない。


囲いをしたり、電線を張って電気を流して入り込まないようにしているが、一部を「壊して…」まで食べにくるようだ。「住民」と「いのしし」とのたたかいは続く。


「幸いにして」「ゆり」が3本だけ残っている。レストランの調理場の入口に「木」の「スダレ」があって、この下から「ゆり」は芽を出し花を咲かせた。通行に「ジャマ」になったが、そのままにしておいた。この3本が今度の被害にあっていないのは不幸中の幸いである。これを大事にしようと「ネズミ」とりの小さな「檻」をおいておくことにした。


「何にもならない」のはわかっているが、気分だけでも守りの「態勢」をとったのである。無事種子ができたらこの種子を「山荘」の周りに蒔くことにする。


自然の中にはこのような「たたかい」もあるのだ。

 

 

10月15日

山の夕暮れは早く、落陽のあとは、夕やみがかけあしでやってくる。ねぐらに帰る鳥たちもおおいそぎで飛んでいく。

レストランのベランダ下のある照明燈にあかりがつくと、桜の木がライトアップされる。落ち葉の季節は風が吹かなくとも、1枚また1枚と葉をおとし、その動きに心がうばわれるのである。残っている葉には、黄色とだいだい色のまばらな色がついて秋の気配の深さを感じさせる。

村のまつりがすんで、道路には屋台の車のあとだけが残っている。雨が降ればそれも消えることだろう。

虫たちの音楽会も、少しずつ音色のトーンがおちてきているが、それぞれの虫のなき声は今が一番はっきりしていて聴きやすい。

仲間との出会いがあったのか、ゆったりと聞こえる。  そんなムードの中で今夜のディナーは始まるのである。







「満月」 


満月の夜に月を見る。

その夜の月には「うさぎさんのもちつき」が見えない。


月の「クレーター」が正面から太陽を受けているので影がみえないのである。

「天体ぼうえんきょう」でみると、その「クレーター」が「ヤケド」をしたようにふくらんで見える。


やがて、月は、西の方へ移動していく。すると、少しずつだが「うさぎさんのもちつき」が見えるようになってくる。


正面から見るのではなく横から見ると、「クレーター」、すなわち「うさぎさんのもちつき」は、よく見えることに気がつき、大発見をしたような気分になる。


そこで「満月の夜は、月では『うさぎさんのもちつきは』やっていないことになる・・・」という説を「山荘」の科学者は、まじめな顔をして話している。・・・・・一同、笑う。





 







「とろろ汁」



朝早く、びっくりするような花火の音で目がさめる。

「むらまつり」のはじまりだ。

「たいこ」の音や、「笛」の音が風にのって聞こえてくる。

「田んぼ」の稲ほが急に色づくのもこのころだ。

山の中は気温がひくいぶんだけ、とりいれがおくれる。

「まつり」の屋台を引く人はすくないが、「モーター」の力をかりて、ゆっくり、ゆっくりと坂道をのぼっていく。


この地方の「まつり」にはかかせない食べ物がある。

「自ねんじょ」・・・とろろ汁・・・をたっぷりとつくってこれをすすりながら「いっぱいのむか・・・」が合言葉となる。


しかし、今年は、ちょっと様子がおかしい。

いつもの「自ねんじょ掘りの名人」が、「今年は「いのしし」にやられた」と肩をおとす。

なにしろ、めっぽう「きゅうかく」がすぐれているので、土の中にある「自ねんじょ」を探すのは、お手のもの(鼻のもの?)。そのうえあな掘りは得意ときている。

これではなかなか人間さまの食卓には天然の「とろろ汁」は、のらないのである。


ところが、「人間さま」には「いのしし」を相手にして「ちえ」があるし「力」がある。

天然ものにちかい「自ねんじょ」が「さいばい」できるようになったのである。はじめたころは、味覚のちがいの差があったが、ここ数年、本物に近いものがつくられるようになった。この地方の「土じょう」が「自ねんじょ」「さいばい」にてきしているため、良質で「ねばり」も味覚も「本物」に近いものが出来るのである。


もちろん、この畑には「いのしし」は、ぜったいにはいれない。「ガード」がしっかりしているので、畑のまわりを「ウロウロ」するばかりである。

−つくり人は言う−


山から赤土をもってきて、地の土とまぜあわせ、風をさけて、太陽を、さんさんと受けて、菜から栄養をとり、大きくする。これを「やつら」に食べられてたまるもんか・・・と。


おかげさまで来年の2月ごろまで、この「とろろ汁」が山荘の朝食の献立の中で「ハバ」をきかすことになる。


村の人のはなしでは、 「いのしし」は自分でみつけた「自ねんじょ」を掘って食べるが「自ねんじょ」の頭の方だけを食べて下の方までは掘っていかないので下の部分は残っているのである。これは、人間さまに残しておいてくれるのか、掘っていくのが面倒なのか「いのしし」はだまっているのでわからない。事実、頭の部分の方が「あまみ」があるので「うまいところ」だけを食べているのかも知れない。


 

 

10月23日

10月21日(土)の夜工藤慎太郎(ミリオンアート)所属、新人歌手の(トークショー)があった。山荘はじまって以来のたくさんの人たちがこのコンサートに集まった。

夕食後、けっしてうまいとは云えない慎太郎さんのトークではじまったが、トークと歌声のアンバランスがかえって聞く人たちに感動をあたえた。

じつに、すばらしい歌声である。  あまく、すきとおるような声が静かな「山荘」のレストランのホールの中をギターの音色とともに流れた。

なぜ、神さまは、こんなすばらしい声を彼に与えたのであろうか。
今は、亡き「尾崎豊」のあの「心をゆする」高音の歌声に、けっしてひけをとらない歌声に集まった人たちは酔いしれたのである。  デビュー曲「シェフ」は「シェフ、今井」を泣かせるに充分であった。
彼がまだ無名の頃、アルバイト先の「レストラン」の「シェフ」との「心のむすびつき」をうたった歌である。

「10曲」ほどギターの音にあわせて歌った。

まだ、デビュー7ヵ月の彼には「オリジナル曲」が少ないが、彼が好きであろう「尾崎豊」の「アイラブユー」は「シェフ」とダブって「スター尾崎」そのものであった。アンコール曲の「坂本九」の「見上げてごらん夜の星を」は、会場の人たちを落涙させたのである。

コンサートから2日たった今も、レストランの高い天井の「はり」には、彼の歌声がぴったりとついてはなれない。 すばらしい歌手が誕生したものである。

 

 

11月07日

森町のまつりがすぎると、話題は木々の紅葉にうつる。紅葉の見ごろはちょっと遅れて11月の末ごろだろう。
小国神社の「紅葉まつり」も、そのころになると、たくさんの人出をみる。

神社の境内に「三鞍山荘」…森のレストラン…のカフェテリアが出店するのも毎年恒例になっています。
 
コーヒーやパンが楽しめますので、ぜひお立ちより下さい。
神社で「コーヒータイム」、ちょっとオシャレかも知れません。

小国神社から「山荘」への道案内に、「カーナビ」は使用しないで下さい。「カーナビ」の「案内」は、とんでもない方向に行ってしまうようです。

少し遠まわりでも、森町市街にもどり、太田川沿いを通って、三倉の町に来てください。三倉の町に入って、Tの字を右へ川根方面に向かってください。このTの字から山荘入口までは、4〜5分です。

















■エスコフィエ協会研修センター「三鞍山荘」

 日本エスコフィエの「研修センター」として参加しました「エスコフィエ生誕160周年記念晩餐会」は、10/28(土)、10/29(日)の両日、大勢の方の出席をいただき盛会のうちに終了いたしました。


 私たち料理人が「フランス料理の師」と仰ぐエスコフィエがフランス・ニース地方の小さな「町」に生まれ、160年たった今でもその生誕が祝われ、このような「食事会」が開催されるとは夢のような話です。


 「献立」の内容は、文章で見ますと、それほど「豪華」と「華やかさ」はありませんが、エスコフィエの著書「ル・ギード・キュリネール」の中から抜粋され「世界共通メニュー」として使用されました。


<世界共通メニュー>



コンソメ・シュゼット

ノルウェー産サーモン ロワイヤル風

仔羊のノワゼットファヴォリート風

ポム・アンナ

ペーシィ ネリー・メルバ

セイヴォリ

ミリヤルディーズ



 報告によりますと、東京のホテル・オークラ・アスコットホールでの晩餐会もたくさんの出席者でにぎわったようです。しかし、今回参加した世界中のホテル、レストランで出される料理は、この日だけが「エスコフィエの料理」ではなく、その技術を基本として、いつまでも後輩たちに受け継がれていくのです。「基本に忠実に」が合言葉です。


p.s.

 日本エスコフィエ協会としましては、先日フランスのニースで開催された国際決勝大会に出場させた小川次郎君(シェラトン・グランデ・トーキョーベイホテル。第3回エスコフィエフランス料理コンクールの優勝者)が本部主催の大会でも優勝をいたしました。重ねてうれしいことです


 詳しくは、「日本エスコフィエ協会」をクリックしてください

 

 

11月20日

「こじゅけい」が茶畑でかくれんぼ。
「からす」は枯木のてっぺんで、ねむたそうな声でひとりごと。
「つがい」であろう「山鳩」は、山の電線にとまり、同じ動作で「羽根」の身づくろいをしている。

朝夕の冷え込みには、秋の深さを感じるが、日中の秋晴れの下では、人も小鳥たちも、さわやかな空気をいっぱい吸いこんでのんびりと「時をすごす」。

冷え込んできて楽しめるのは、澄みきった夜空の「星座」。
とくに、明け方に見られる天体ショーはすばらしい。 肉眼で星雲まで見える。
時折「スー」と尾をひくような「流れ星」を見ると、寒さなど忘れてしまい、いつまでも眺めているのである。

宿泊棟への登り口にある、「カエデ」と「モミジ」の木の葉がきれいに「色」づいている。
風が吹くと枝からはなれ「くるくる」とまわりながら飛んでいく。

 

 

12月04日

寒波がやってきた。
昨日までの「紅葉」気分がいきなり寒さによってふっとんでしまった。風が吹くたび、きれいに色づいた「木の葉」がとんでいく。

「ハラ ハラ」と音をたてながら吹きだまりの坂道に止まると、美しい「木の葉のジュータン」をつくった。秋の終わりを告げる「落ち葉」のシーンは、せわしなくせっかちである。

それにあわせたように「宿泊棟」への登り坂に「X'mas」のイルミネーションをつけた。昨年よりも数が増えたので「ムード」は「メリーX'mas」‥‥。

山の中での「X'mas」も今年で13回目。

<レストランの「ライト」をおとして、「ローソク」のあかり‥‥>
お子様がおられる食卓では、「にぎやかに」メリーX'mas。
そして、若いカップルは、「愛の‥‥」メリーX'mas‥‥。食卓には、それぞれの「思い出」がつくられる。

このお手伝いができる私たちも「ハッピー」だ。メリーX'mas‥は、山の中にも幸せを運んでくる。「いのしし」とのたたかいも、しばらくは休戦である。

 

 

12月12日

落ち葉が風に舞って、宿泊棟の垣根でひとやすみ。
そこにはたくさんの山茶花の花ビラが落ちている。
二つの仲間は混ざり合って「花のジュータン」になる。
12月のいつもの風景である。

今年は花ビラの方が多く、「赤いジュータン」は太陽が当たるとさらに赤みを増して美しい。

木の葉がまだ残っている木々は少なくなったが、黄色くなってしがみついている感じの「木の葉」は、あと少しの寿命だろう。

私は木の葉が落ちた木々の雑木林を歩くのが好きだ。
かさこそと音がする方を見ると小さな「野うさぎ」が「けものみち」を通って姿を消した。

冬のはじまりである。

 

 

12月21日

すっかり葉のおちた「もみじ」の木の枝に「白いかたまり」が見える。午前中、太陽の光かりがあたって見えにくく、それが「何のかたまり」か、わからなかったが、午後になってから「小鳥の巣」であることがわかった。
今までは葉にかくれて見えなかったものが、さえぎる葉がすっかり落ちてしまったので「かたまり」として残ったのである。

巣は、いつ、つくられたかわからないが、新緑、そしてあつい夏がすぎ、秋がきて紅葉となり、枯れ葉になっておちてしまった木の枝に「ぽつん」と姿をあらわしたのである。小鳥は何であるかわからないが、巣のようすでは、小さな小鳥であろう。

外敵からみつからぬよう、葉のおいしげった木の枝に巣をつくり、「卵」をうみ、そして育て、巣立たせたのであろう。役目をはたし、無用となった「巣」だけを残し、その「巣」を見上げる人間共を、どこかの木のカゲからながめているのであろう。「山」には、いろんな命がある。