01月08日

 寒い日が続きます。
 正月休みを利用して、スイスに留学していた若者が相次いで帰国した。二人とも地元調理師学校を卒業し、「山荘」研修をした後スイスに勉強に行ったのである。
 M君は約一年半ローザンヌの店で働きながら語学を勉強し、自信をつけたので次なる店移るという事であった。現地で知り合った人が紹介するキュリーの二つ星レストランで働く事になったのである。O君はジュネーブで約九ケ月働きながら語学の学校に通 う約束であったが、その店の仕事が忙しすぎて学校に行く事ができなかったという事である。O君は仕事より、まず語学を勉強したいという希望からその店をやめてきたという事であるが、このO君には別 なるチャンスが転がり込んできた。ジュネーブの領事館関係勤めている方で(日本人)国際結婚(奥様スペイン人)をした方が、フランスの田舎に別 荘を持っていて、この家に日本から毋親をよんで住まわせているという事である。仕事柄留守がちになるので、この家に住んでくれないかとの話があり、それを受けるつもりだという報告をかねての一時期国であった。O君は語学の学校に行くにしても「食・住」が心配であったが、これが解決するウマイ話しである。年輩者と聞いて不安があったが、お会いしたら年令より遥かに若く元気な方だったというので、聞いた私もほっとした。彼はうまく時間を作り語学を勉強するという事である。
 外国に行くという事は大袈裟かも知れないが色んなチャンスが生まれてくる。若い二人が揃ってこのチャンスをつかみ、夢に向かって一歩進んだ事になる。二人とも、まだ目的や夢がなんであるかはわからないでいるが、それぞれの人生が動き、変化している事には間違いはない。
 わたしたち山荘のスタッフの前に現れた若者達は、バカンスを日本で過ごし、それぞれスイスに帰っていった。
 次の便りが楽しみでもある。

 

 

01月18日

 燻製の小型のものをふくめると、ずいぶんとたくさんつくってきたが、大きいものとしては今回のが、おそらく最高の出来栄えであろう。 「燻製の技法」を柴田書店から出版してから、約15年間で、7版まで発行して絶版となり、これに変わる「作ってみる、食べに行く燻製料理」本を2003年、1月に初版を発行した。今春には、2版が発行されるので、ずいぶんたくさんの人たちに愛読されたことになる。読まれた方は必ず「燻製」をつくりたくなるようで、以前NHKラジオ番組に出演し、1時間半のトーク番組には「燻製」愛好家から、たくさんのFAXが番組放送中に届いたときには、驚いたほどでる。「燻製」がうまくいくと、自慢したくなり、まわりの人たちに配るようになる。さらにうまくなると「今井」に見せて、出来栄えを評価してもらおうということで、「山荘」までわざわざ持参なさる方もいらっしゃいます。このあたりの人になると、すばらしい出来で、「おおいに自慢をしてよいですよ」とプロとしてのアドバイスを少し加えてあげる。その人たちの中には、本当にプロになり、店をかまえた人を、何人かはいるので、趣味でここまでくれはたいしたものである。
この本の中に紹介された「燻製室」は、アクティ森の中に残してきたが、今回のはこれよりも小さくコンパクトに仕上がっている。(高さ1500?、横1200?、奥行きは大人4人が入れるぐらい)中は、二段になり、後方には吊るすこともできるので、たくさんのものが一度に燻製することができる。
燻製中にトビラをあけなくてすむように、小屋の横にとりつけた電気のスイッチである程度の温度管理もでき、「けむり」をコントロールできるように、ファンも送れるようにした。熱燻はできないが冷燻と温燻は出来る。
今回完成した「燻製室」の自慢は、「燻製小屋」と言えるような環境の中にあることだ。「山荘のベランダ」の横にある桜の大木のそばに建てられた小屋は、カメラアングルで見れば、バックには山並みが連なり、小さな部落「上の平」がすっぽりと入るのである。 自然に囲まれた「燻製小屋」はゆったりとしたけむりをまわりの木々にも与えてくれる。
この新しく完成した「燻製小屋」も、たくさんの人に見ていただけることであろう。

「燻製」とは・・・・ ― 素材にけむりがあたり、そのけむりがおいしさをつくりあげる。けむればよいでのはない。いかにおいしくなるようにけむりがあたるかが「燻製」の大切なところなのである。―

 

 

01月29日

「山荘」の「みつまたの木」のつぼみが色づいてきた。灰色がかった色から緑色になっている。 やがて寒さの中、黄色く変化していく。つぼみが全部開き、満開になるにはまだ寒い朝も迎えねばならない。
この「みつまたの木」の枝に、先程から2羽の「メジロ」が遊んでいる。「えさ」になるものはないと思うが、「なき声」も出さずに小さな枝をゆさぶっている。
小さくて色つやがよいので若い「メジロ」とみた。
彼らが去ると、続いて「四十雀」が集団でやってきた。 4〜5羽の彼らの動きは早く、枝から枝へと移っていき、ベランダ横の桜の大木に消えた。
「桜」にはまだ枯葉が残っているので、小さな鳥たちは見えなくなってしまうのである。
冬の小鳥たちはあまり鳴かず、日中は「えさ」を捜しに一生懸命である。この時間は、風さえなければあたたかい。 もちろん太陽のおかげせあるが、「日向ぼっこ」をするのも小鳥たちと一緒だ。
自分のブレイクタイムにベランダに座り、コーヒーをのむ。
冬の自然は、何もかも枯れているので好きだ。

寒さもよし、冬なんだから!!

 

 

02月25日

山荘の宿泊棟のうごめくものがいる。そっと近付いてみる。数が少なくなった赤い花が残る「さざんか」の木々の中である。
こちらの動きにあわせたように小さな動きを見せる相手は「めじろ」である。4〜5羽いて鳴き声を出さずにかわりばんこに動いている。まるで「かくれんぼ」をしているようだ。
枝から枝へとぴょんぴょんとはねている様が楽しそうだ。しばらく遊んだ「めじろ」達は近くの葉のない「もみじ」の木にいっせいにとび移ったが、寒々とした枝にはあまり興味がないのか、次はベランダ横の桜の大木に大きく飛んで場所をかえた。桜の木には「四十雀」の群れがいたが、「めじろ」たちがやってくると「どうぞ」とばかりに場所をゆずり、白い花が満開の「梅の木」に向かって去っていった。
自然の中で見せる彼たちのマナーはそれぞれがルールを守り争いがない。それは見ていて気持ちがよい。活発に動き回る小鳥達は近づいた春を感じている。まだ寒いがそれは「我慢ができ」。「もうすぐ春がくるからだ」…

今朝の仕事始めは「フキノトウ」の「味噌いため」作り。もちろん朝食のメニューとなる。

 

 

03月06日

日曜日のランチタイム
静かだった店内がざわついている。窓際に座っていたお子さまが、イスから離れて窓ガラスに顔をつけ外をみている。その視線の先には「たぬ き」がいた。若いのだろうが毛が少し抜けているので「やせたぬ き」である。人の気配に恐れている様子はなく、「すすき」の林の中にある「けもの道」の前を行ったり来たりしている。「えさ」を探しているのか、レストランの調理場からもれる香りにつられているのか顔を左右に動かしている。
「山荘」のまわりにはたくさんの小動物がいるが、真っ昼間から姿を見せるのは珍しい。県道では夜走る車のライトに目がくらみ事故に合う「たぬ き」が多い。他の動物は事故には合わないので、「たぬき」は特別 らしい。「いのしし」が事故ったというのは聞いたことがない。「いのしし」の子「うりぼー」には悪いが、あれだけ畑の農作物を荒らすと、「にくいコンチキショウ」である。 昨年秋から冬にかけての被害は「山荘」にとっては重大事である。見るも無惨にひっかき掘り返された花畑が元通 りになるには時間がかかる。何より残念なのは天然のコケである。「えさ」のみみず掘りのため、ところかまわず掘り返されたので、その後に無惨にも?だけが残った。あれほど暴れた「いのしし」たちは、狩猟ハンターに追われたので、どこにいったか、被害も姿も見えなくなった。
逃げ延びてくれとも思うが、大きな被害を被った「山荘」の住人としては許す訳には行かぬ 。 せっかくランチタイムに現れた「たぬき」にも「えさ」を与える訳にはいかぬ 。「えさ」を与えることによって彼等の自然体系を崩すことになる。うまく共存できれば良いのだが、自然の中で生きることは難しいのである。

 

 

03月14日

久しぶりに降った雨水をたっぷり吸った「みつまたの木」のつぼみがいっせいに開いた。小さなつぼみが全部開くと、丸い固まりの花になる。昨年の春から色が少しづつ変わり、ようやく黄色い花となり、香りは薄いが甘く匂う。
春野花の「トップ」をきった「みつまたの木」は、まだ寒い風がゆすっている。特にこの2、3日は寒さが逆戻りした感がある。

先週のはじめ、3日間で九州の大分に行って来た。別 府、湯布院とまわり、温泉にたっぷりとつかっくる。別府温泉の音をたてて流れ出てくる「かけ湯」といわれる湯の量 には、もう「ぜいたく」という言葉がピッタシである。
湯舟の中でさわる、自分の肌が「つるつる」として小気味良い。湯布院のペンションにも泊まったが、お客さまへの心配りがすばらしく、特にお子さまをつれて来られる母親への対応がペンション全体に行き届いていたのは見倣うところである。食事の全てが美味しく、旅の楽しみを充分に満足させてくれた。

最終日のお昼、別府の街が一望できる海辺のレストランで小さな講演をした。大分のエスコフィエ会員と、それぞれのお店のお客さまである、主婦や料理に興味を持っている男性など、14〜15名に集まっていただき、約1時間ほどの「ミニトーク」であったが、「エスコフィエの話」そして、日本の協会の誕生から、現在の特定非営利活動法人としての活動などを話し、現地大分の会員と協会との結びつきなどを説明できた。最後に私が講演のときに必ずやる「18才の時、当時月給が5千円。この時に5万円を出してその技術を買った『りんごの皮むき』」を披露して、大きな拍手をいただいて終了したのである。

エスコフィエ協会、研究センターのこの「おでかけ講演会」は、お声がかかると、このように出かけていきます。今回、大分まで足をのばしたのは「温泉とおいしい魚がある」という一言でつれらていったのです。

講演の話になると、必ず聞かれるのが、「ギャラ」のことですが、中学生・高校生などから、その学校のPTAなどと幅が広く、それぞれの予算があると思いますので、「ご用意できるだけで良いのです」と答えています。ちなみに研修センターのある森町三倉の中学校には、「町内会費の一部」で出かけていき、「食育の話」「食事を楽しむ」「思い出に残る食事」などの話と、例の「りんごの皮むき」「宙を飛ぶオムレツ」を作って「食」に対する興味のある時間をやらせて頂いています。

講演が終わると、いろんな感想をお手紙でいただきます。
以下、掲載しますお手紙は、ある小学校のPTAに出かけ、講演をしたあとにいただいたお母様からの手紙です。






 拝啓、春一番が吹きました。とても気分がいいです。

本日はお忙しい中スケジュールを調整して、遠方までお越し下さり、熱い、厚い、講演、誠にありがとうございました。心よりお礼申し上げます。半年間楽しみにしておりました。今井先生の引き出しは数多く、もっともっと先生を知りたく思った次第です。2時間はアッと言う間でした。

今井先生がお作りになるお料理もお話も最高ですが、私は先生のお人柄が最高だからこそ、お料理もお話も最高のものが生まれてくる事を確信しております。それは道を極めた方だからこそ生まれてくるのであり説得力があるのですね。足元がしっかりしていてそこに愛があり、心があるからこそ人に感動を与えるのだと、先生にお会いすればするほど引き付けられる魅力を感じます。今井先生が一日一組を大切にされる心というモチベーションの高さも感じた次第です。優しさの中に強さ、厳しさも感じる事が出来ました事をとても嬉しく思います。

私事ながら職業柄、人と接する事が多いので先生の生き方を参考にさせて頂きます。

またお会いできます日を楽しみしております。

今井先生、お体に気をつけて、すばらしい日々を過ごして下さい。

一筆お礼まで



    追伸: 心に響いた公演のお話
  • 子供が食べる気を起こす料理を作りましょう


  • “おいしい”と素直に言う事の大切さ


  • フランス人に対するチップの渡し方。いい気分であった事の印に


  • 5千円の給料で5万円の技術を取得した意気込み


  • “今井の仕事はお金になる”エピソード


  • 人間の接し方はほどほどに!! 欠点も認めて!!

 

 

03月22日

豆炭に火をつけ この上に、小さく切った桜の木の「チップ」をのせる。けむりはゆっくりとスモーク小屋の中で食材にふれてから、天井の「エントツ」から出ていく。静かな風にのったけむりは、満開の紅・白梅の木々の間をぬ けていく。
「自家製スモーク」は、健康で平和である。自然の中で、自然の調理方法は、じっくりと時間をかける。「けむり」を与えたから、すぐ食べるのではない。けむりをかけ、それを熟成させねばならない。すなわち、けむりが味になるまで待つのである。この期間が楽しいのである。
最近では、アウトドアブームから川原で釣った魚を「スモーク」する。そして、その場で食べる、というのを楽しんでいる人たちもおられるが、これは「いぶり焼き」であって「スモーク」とは云わない。本当の「スモーク」の味を楽しむというわけではない。
私の著書*「柴田書店 燻製料理(作ってみる、食べにいく)」の中で書いているが、塩漬け(スパイスも加えて)が大切である。この下味がしっかりとされていないと、おいしいものはできない。塩漬けのあと「塩出し」を行なう。水洗いである。水に漬けて、余分についた塩分をおとすのである。塩をつけてからで塩出しをするなどおかしな作業だが、これが大切なのである。塩漬けをしっかりすることにより、材料のおいしさが引き出されるのである。次にするのが乾かすこと、水分をふきとり、冷蔵庫の中で一夜ぐらい休ませることである。この水気とりが、よい燻製品をつくるコツかも知れない。あとは、静かなけむりをゆっくりとかけることだ。モクモクと立ちのぼるけむりはおいしい「スモーク」はできない。「スモーク」をする食材にもよるが、2〜3時間から6〜8時間、ものによっては、一日1時間くらい毎日、けむりをかけ2〜3週間ぐらい続けてつくるものもある。さらに熟成に1ヶ月もかけて味が仕上がるとなると、もうこれは、自分の人生感にも結びつく…。
ここで熟成の方法をのべる。簡単なのである。「ラップ」で包み、冷蔵庫の中に入れておくだけでよい。 時間をかけてつくるものは11月から2月の乾燥期につくれば「しろうと」でも「おいしい」「生ハム」ができる。 さて、おいしいものを食べるためには、静かに、あわてず、のんびりとつくることである。 「ナタ」で小さく桜のチップをつくるそばで「ウグイス」がないた。まだ本調子のなき声ではない。これから楽しませてくれることだろう。

*今井克宏 著「燻製料理(作ってみる、食べにいく)」柴田書店  お問い合せください。  

 

 

04月07日

いた、咲いた「山荘」の花がいっせいに咲いた。「みやまキリシマ」「桜」「山桜」「たんぽぽ」「山仙」…。小鳥たちは、はしゃいで木から木へ、そして枝から枝へとはねている。「えさになる虫たちが、たくさんいるのだ。
春になると、それぞれの動きが活発になってくる。おせじでもよい「なき声」と言えなかった「ウグイス」は、この2、3日でうまくなけるようになった。ランチタイムのお客様が「おじょうず、おじょうずね」と声をかけると、あらためてよい声でお披露目をしてくれる。
ほをじろは縄張り争いで「高音」での「さえずり」が同じ場所から聞こえてくる。 「けたたましい」なき声は何の鳥だろう、姿をみせずに「キイキイ」となく。
自然の中で向える春は実にすばらしい。風に乗って届く花の香りをほのかに甘い。朝食には「たけのこ」の煮物が増えた。朝どりのたけのこは「てんぷら」にしてもおいしい。「ワラビ」は、これからだ。野菜がおいしい季節になる。

 

 

04月20日

ベランダの前の桜の木は山荘を訪れたたくさんの人に花の美しさを見せてくれた。花が散った後には花の茎と赤い根元が残り、過ぎし栄華をかすかにとどめている。例年だと「小さなサクランボ」つくはずだ。その「サクランボ」は、苦くてとても食べられない「形だけのサクランボ」である。それも自然と落ちるころ葉の色が深い緑色と変化していく。

この季節の山の色の配色は8種類くらいある。うす緑、ピンク、赤、黒、茶、白、深緑、紫がバラついて見える。しかもそれが実に美しい。このまま緑になるので自然のデッサンは素晴らしいのだ。昨夜は雨が降ったので、その色はより鮮明になった。風景にも大きな変化が見られるように「山荘」の周りにくる小鳥たちも種類が増え「さえずり」「高鳴き」となって聞こえてくる。あまりの美声に、口笛で答えてやるが、当然相手にはしてくれない。仲間同士の鳴き比べはだんだんエキサイトしてくるのか、四方八方から聞こえてくるので、にぎやかな音楽会場となる。

のどかな昼下がり、小鳥たちとのふれあうベランダから離れると、山荘自慢の「燻製小屋」から宿泊棟へ向かう坂道には、たくさんの野生のたんぽぽが咲いている。雑草はまだ小さいので黄色い花が勝ち誇ったように目立って見える。年毎に増えているため、今年は花火のようになった。

さあ調理場に戻ろう。ディナーのスタンバイの時間だ。

 

 

04月25日

ディナータイムに入る前、夕日が西の空を赤に染めた。その後に見せる山並の黒いシルエットは見るものに感動を与える。

昨夜は満月。その月が輝きを失いながら午前4時頃の未明に、太陽が沈んだ同じ方向に消えていった。太陽のような派手なシーンでは無く静かにそっと見えなくなった。 太陽と月の裏方の役目をした山々の樹木は、新緑による色の変化で毎日多様な配色を見せている。今が一番活発な時である。山の小鳥たちもにぎやかだ。月が見えなくなると暗さが増したようになる中で鳴き始める「ウグイス」は、先頭を切るだけの美声を聞かせる。一羽が鳴き始めると四方から答えるようにさえずり出す。それぞれの小鳥たちが自分のエリアの中で恋の歌を歌い出す。自然の中の季節のサイクルは正確である。

宿泊棟の前の「なんじゃ・もんじゃ」の木にも花が咲いた。綿のような白い花が風邪に揺れている。今年もこの木の前で「これは何の木?」…すなわち「なんじゃ」…と問う人が多くなる。「なんじゃもんじゃ」と答えると、「へえ〜、なんじゃもんじゃねぇ〜」…オウム返しに声がかえってくる。
にぎやかな山荘もゴールデンウィークを前にスタッフ一同張り切っている。炭焼き小屋のある杉木立(スギコダチ)には射干(シャガ)の花が地味ながら満開に咲いている。

 

 

05月07日

ゴールデンウィークの始めに「山荘」で結婚披露宴が行われた。この日は気温が高く、式をあげた小国神社から「山荘」に来られた時には、新婦さんにお疲れが見られたが、お部屋にて開宴まで休まれている間にお元気になっていたようでホッとする。

深緑いっぱいの山荘をバックに全員による記念撮影。ここまでは結婚式のスケジュール通 り進む。全員が着席された後、新婦のお父様に付き添われて中央のバージンロードをゆっくりと進む新婦。美しいシーンである。

開宴にあたり、新郎新婦のあいさつは「格式ばった披露宴」ではなく、この山荘で楽しく「お食事」を召し上がって下さいという簡単なごあいさつ。次に「カンパイ」をされた後、「シェフ今井」のあいさつとなる。ご列席者50名山荘にとっては大きな食事会である。今までにたくさんの披露宴を手掛けて来たが、このような新郎新婦による「手作りの披露宴」はちょっと勝手が違い、調理場そしてサービススタッフのスタンバイの様子を見ながらの時間稼ぎのあいさつとなる。この山荘を建てた「オーベルジュ」の本当の目的、「今日このような素晴らしい『食事会』のお手伝いができますことを感謝しています。精一杯がんばります」というような話をして食事会のスタートとなる。

食事の合間に新郎新婦が客席を回り出席者方と親しく話をして回る。食事を楽しんでいただくというムードとなり、にぎやかな会食は続けられた。スタートが午後4時30分、お開きが7時30分。一応時間は決めてあったが「たっぷり」とあるのでゆったりとしてサービスをすることができた。新郎の挨拶の中にあった「格式ばらずにお食事を楽しんで下さい」という言葉通 り「おしゃべり」あり「笑い」ありで楽しいムードとなったのである。

デザートコースに入り「デザートのプリンをスプーンですくい、他の冷菓と共に皿に盛り込んで全員に出したい」という新郎の素晴らしいアイデアは、さすがに時間とメインのテーブルがパニックになるので取り止めることになった。司会者のいない、そしてマイクからのにぎやかな話声のない披露宴は、3時間30分をたっぷりとってお開きとなったのである。

残念ながらお泊りできず、用意されたタクシーでお帰りになられた方もおられたが、それぞれの部屋に入られたお客様の楽しい話声はいつまでも続いていたのである。ベランダで夜空を眺めていた方が「静かだな〜、山もいいね…」と呟いているのも聞こえて来た。

「手作り披露宴」の明朝のお食事の準備も大変である。フランス料理によるディナーを召し上がった皆様には、明朝のお食事は和食中心のバイキングを楽しんでいただこうと「今井」が作る「おふくろの味」の仕込みが始まるのである。「お幸せ」のスタートとなる「お食事会」をお手伝いできたうれしさは「悔いなき我がコック人生の1ページ」にまた書き加えられたのである。

 

 

05月24日

「レストランが『口コミ』で知られていくには、約2〜3年はかかる」と昔から云われていた。この3年を乗り切れば商売はやっていけると信じて頑張っていたものである。しかし、現在ではそんな悠長なことでは営業を続けていけないのである。

「口コミ」というセールス方法は、あくまでもお客様の評価のあらわれであるから受け身で待つしかない。それを、当事者の知らないところで知られていくのであるから、なおさら時間がかかるのは当たり前である。ところが最近は素晴らしい助っ人が現れたのである。

「カメラ付きケイタイデンワ」がそれだ。レストランで食事をしていてその場から瞬時のうちに友人や知人に知らせることができる。「この料理は美味しいんだよ」と味覚の報告をしてくれる。メールを受ける相手もレストランの食事に参加しているのだ。まさしく「口コミ」のエクスプレスである。このケイタイデンワは写 真も送れるという伝達方法で全国に知れ伝わっていく。そのスピードは早く、ありがたいセールスである。お客様の評価が良い場合は喜んでいられるが、若しこれが反対で悪い評価であったらそのダメージが大きくなることも覚悟していなければならないのだ。そこで毎日が勝負となる。気の抜けないサービスと美味しさへの追求を怠ると、すぐにメールは発信されるのである。

「山荘」の記念として写されるカメラ付きケイタイデンワの中に、私「料理人」もポーズをとることが多くなった。全てが評価されるのであるから「良い顔」「良いポーズ」のトレーニングも必要になってきた。

「ハイポーズ!」「ハイチーズ!」「イチタスイチは?ニ−!」

 

 

06月02日

 山荘のベランダに座り、前方の山をみる。昨日、降った雨のおかげで木々の葉の色がはっきりと区別 されて美しい配色となっている。昨日まで見えた紫色はなくなって黄色が多くなっている。この色の変化はめまぐるしく、とくに5月の末から6月にかけてが一番大きな動きをみせる。上空の雲は夏を感じさせる形でゆっくりと動いていく。
 そのとき、とつぜんに2羽のカラスがけたたましい泣き声をあげて「トンビ」らしき茶色の鳥を追ってとんできた。体当たりするバシッという音も聞こえる。逃げている「トンビ」には、余裕があって、わざとゆっくりと飛んでいる。どちらが「ケンカ」をしかけたのかは分からないが、広い上空で空中戦をやっている。その勝者は分からないまま木々の中にとけて消えた。
 このベランダを通る風は、実にさわやかで気持ちが良い。ご来荘のお客様にまずお座りいただき、お茶をお出しする。「別 世界ですね」…「のどかだ」…のお言葉をいただきながら「明日の朝食はこのベランダでいかがですか」と、おすすめをする。
 リピーターの方は、ここからながめる夕日の美しさを知っていて、ディナーの前に山並をみながらアペリティフを飲まれる方も増えている。冷えたキールやラムや炭酸水で割ったカンパリ酒、森町特産の「柿ワイン」やメロンワインの甘口を飲んで胃袋に「シゲキ」と食事への誘いの儀式を行うと、もうこのひとときは至福を感じていただけるものと確信する。
 ベランダの下の雑草の中に1本だけ残って咲いていた野生の「さつき」の花が、ついに落ちてうすいみどりの葉が残って風にゆれている。つゆの季節が近付いているのを、山全体は感じ、その準備に入っているのである。

 

 

06月09日

  山荘へいらっしゃるお客様の年令をここでご紹介するのは失礼かも知れませんが、年令を聞いてびっくりする程お若いと、ついこちらもうれしくなってしまうのです。ある会社のOB会があり、出席された方たちの年令が平均○○才…(あまりにも元気で、お若く見えるのであえてここでは書かない事にする。)…その中のおひとりの言葉が、これまたシャレている。「今が私の老春で楽しくて、楽しくて…」たまらない程、毎日が充実しているという。背筋をびしっと伸ばして、社交ダンスのポーズをとるのを見ると、楽しい原因はダンスのようだ。あの映画「shall we ダンス?」のシーンが私の頭の中をよぎる。そりゃー、楽しいでしょう、若い女性と踊るのだから…というと「いやー、全員が私より若いのですよ」と返事が返ってくる。なる程このダンサーより年配の人は相手にはいないのだから「老春」…の意味もうなづける。
 山荘には、こんな楽しい会話がとびかって、それぞれの人生を楽しまれている。
─「歩けます」という声が聞こえた方をみると、リュックを背負って元気に坂を降りて行くグループがいる。お姿が見えなくなるまで手をふっていると、両手をあげて答え、去っていく。「あの人たち○○才ですよ」というスタッフの声に、「えっ」…とおどろいてしまう。元気です…みなさん…。
 「塩の道を歩く」「秋葉路」をゆく…などツーリストで企画されたものに参加される人も年令のわからない元気な人がたくさんいる。「あの人が○○才よ、私たちも元気をもらって、あの方の年まで元気でいたいね…」という言葉は最近よく聞くのである。「若さのヒケツは?」の問いに決まって同じ言葉が返ってくる。「食べ物の好き嫌いをせず物事に、くよくよしないこと…」これが大切なことらしい…。ちょっと若い人は「むづかしいなーそれは…」と考え込んでいる。もうここで、若さが消えかかっているのである。





笹ゆりが咲く道


 山荘のまわりには、自然に咲く花がたくさんある。この一週間は、笹ゆりが開いて楽しませてくれる。笹ゆりは群集せず、山の道ばたに「そっと咲く…」感じなので「かれん」に見える。つい折って持って返ろうとする人が多く、見つけた翌日には「かれんな花」は消えていた。
「花を折らないで下さい」の立て看板を出して花を大切にしてもらおうと訴えた時もあったが、この数年はその心配が不要になった。山荘を訪れた方たちが折らなくなったのは当然としても、行きずりに通
るハイカーの人たちも、この野の花を大切にしてくれるようになった。これは、「山荘」がこの山の中に、すっかりとけなじんできた為だろう。自然と合体した建物のまわりに咲く花は、なにげなく咲き、そして散っていくのである。自然の野の花は、この山の中にあってこそ美しいのである。

  笹ゆりが咲き、これを数えながら山道を歩く人たちがいる。両親と手をつなぎながら登っていく子らの声が少しずつ遠ざかっていく。ちょっとしたことが「山荘」の思いでとして残れば幸いである。

  山荘を訪れ、ディナーまでのひとときは、小鳥の声を聞きながら野の花を見て散策をするのも、食事をおいしく召し上がるためのウォーミングアップになるでしょう。

 

 

06月15日

  森町の中で「田植え」が一番おそく、小さな苗が水の中から顔を出している感じの三倉地区の田園風景に「カエル」のなき声が加わった。森町に入ってくると円田地区というところがあり、このあたりの「田植え」は早く、5月の始めには終わっているので、約一ヶ月ぐらいの差がある。品種が違うのであるが、やはり「田植え」は「つゆ」の時期がなんとなく絵になる気がする。
  この田植えが始まると「山荘」にも「つばめ」がさかんに飛来する。宿泊棟のまわりをまわって巣作りの場所を探している。毎年いくつかの巣が作られていて、そこから若いヒナが巣立っていくのである。この時期は「チョウ」もやってくる。種類は多く「カップル」で花のまわりを舞っている。
  小鳥のなき声もにぎやかで朝早くから、ウグヒス、ホトトギス、コジュケイ、四十カラ、メジロ、ヒヨドリ、キジetc・・・にぎやかな「山荘」の合唱隊は、一日中聞かせてくれる。なかでも「ウグヒス」の谷渡りは、もう見事なものでその美声はテープにとっておきたいほどである。ただし、次から次へと美声を聞かせてくれるので「テープ」にとって保存する必要はない。美声ではないが「ホトトギス」のなき声はおどろくほど大きい。今年は例年より多く聞こえる。
はげしいなき声は「コジュケイ」である。「コチャコイ、コチャコイ」と聞こえるのでコチャコイ音頭と名前をつけた。コチャコイ音頭で夜があけて、日が暮れる。俳句の中で何かができそうだ。
  見向きもされない「カラス」のファミリーは、時おりイタズラをしにやってくる。「ガラス戸」をくちばしでつついたり、車の「ミラー」に体当たりしている。 「このやろー」と大声をあげて「からす」に両手をあげて追い払う私も、自然の中の一員である。一番うるさいのは、私と「カラス」との一騎打ちかも知れない。

 

 

06月21日

 今年はカラツユ(空梅雨)なのか.....
「しとしと」と降る雨はなく、2〜3日たっぷりと降雨があっただけで、なんとなく雨が少ないようだ。今の時期に雨が降らないと農家にとっては野菜づくりに影響する。

 今が旬の「とうもろこし」は甘味があって美味しいが、あまりにも身が柔らかいので少し物足りない気もする。でも品質改良が進んだ結果 であるから、美味しくいただくことにしている。「昔はうまかったんだがなー」というのは死語で、今の時代にあった食材をそれなりに好きになるしか仕方ないのかも知れない。こんなことを考えながら「とうもろこし」を“おやつ”にしてスタッフと共にベランダに出てブレイクタイムを楽しむ.....。

 午後3時の風は実に気持ちが良い。木々の小枝をかすかにゆする風は「くちなしの花」の香りを運んでくる。ウグヒスは相変わらず美声の谷渡りを聞かせてくれる。わたしたち「山荘」のスタッフは、この短い時間を大切にしている。自分達がこの自然を好きになり愛して、はじめて訪れる方たちに「どうぞ」と云えるのである。この環境の中で美味しい料理を作れなかったら料理人として失格である。

 東京に行き「エスコフィエ晩餐会」で、美味しい料理を食べてきたあとなので「やる気充分」な仕事人になっている。贅沢なブレイクタイムで英気を養ってディナーの仕上げに入っていくのである。






6月15日<晩餐会>


 東京千代田区紀尾井町のホテルニューオータニ「芙蓉の間」に於いて、平成17年度特定非営利活動法人
日本エスコフィエ協会
の総会、ならびに晩餐会が開催された。

 エスコフィエの弟子のエシャルプ(タスキ)をつけた会員が622名出席。盛大な晩餐会になる。

 総会のあと、いよいよ食事スタート。来賓のフランス大使のスピーチではじまり、村上名誉会長の音頭によるカンパイが済むと、食事中はスピーチなし、全員、料理長クラスの会食である。全国から集まった料理人の会食は、スタートから2時間30分の決められた時間内で終了する。料理を作るプロの食事は、実に気持ちのよい流れの中で行われる。会ができてから34年のキャリヤをもつので、食事中のマナーもきびしく、よほどの用事がないかぎり席を立たないようになっている。エスコフィエの技術を忠実に守った古典料理を現代風に研究、アレンジされた料理は、素晴らしい出来ばえである。また、サービスをしてくれるホテルのスタッフの洗練された動きは、一糸みだれず実に気持ちがよい。

  年一回のこの晩餐会は、私にとってよいしげきになり、味づくりの原点にもどることができる。

  メニューをご紹介します。
















帆立貝のグリエ
リンゴとヴァニラのハーモニー



グリーンアスパラガスのフォンダンとエクルヴィス

トマトとマルジョレーヌのデュエット



冷製クレームポティロン ラールの香り



平目のブレゼ デュグレレ風



メロンのスープとソテルヌのグラニテ



仔羊とオリーブのタブナード ナスのフラン大葉との饗宴



季節のサラダとシェーヴルフロマージュと共に



ペーシュのファンソンメルバ“2005年バージョン”エスコフィエの再来



コーヒーと小菓子

 

 

07月09日

 山荘のベランダで休憩を取っている時「パシィッ」という音がした。小鳥が窓ガラスにぶつかったのである。下を見るとベランダに小鳥が横たわっている。ガラス窓には羽毛がついているので、その体当たりのショックはかなりあったようだ、気絶をしたのか小さな身体を震わせていたが、少しづつではあるが頭をもたげつつある。

 良く磨かれているレストランのガラス窓にたまにぶつかってくる小鳥がいて死んでいるのを何度か見つけ、その都度小さな墓をつくってあげたことがあるが、最近はレストランのまわりの木が大きくなったせいか事故は少なくなってきていた。

 事故にあった小鳥は先程まで木の枝で美声を聞かせていた「ホトトギス」であった。 雨期に入ってから少しづつではあるが鳴き声が小さくなってきていたので、彼らのシーズンも終わりに近づいてきた時の事故である。ベランダに落ちた時は頭が羽根にめり込んだようになっていたが首を動かしながら正常に座れるようになってきた。気絶した当初の身体を震わせている動作はおさまり「じっとしていながらまわりをみている」という感じである。「大丈夫かもしれない」とスタッフが器に水を入れて近付けると、警戒をしながらもクチバシにつけられた水をすするように飲んだ。小鳥は少しづつ元気を取り戻しつつあることがわかる動きをした。うづくまっているのは相変わらずであったが首の動きが活発になってきたのである。

 「飛びました、元気になって低空飛行で飛んでいった」とスタッフの明るい声を聞いたのが事故から30分以上たっていた。ホッとすると共に命の尊さを小鳥たちと共有しているように思えた。

 梅雨も終わりに近づいている。

 

 

07月22日

 梅雨があけた。
まだ残る雨雲を避けて照らす太陽は夏本番の暑さがある。
「山荘」を訪れるお客様が、「陽射しは暑いが日陰に入ると風も爽やかで涼しいですよね」 「そうです。街の中とでは3度くらいの温度差があるので朝夕は肌寒く感じますよ」… 夏場に入るとこの言葉が一番のおもてなしになる。

 全ての生き物にとっても、朝夕の心地よい涼しさは過ごしやすいのだろう、「なきくらべ」か「なきあわせ」か分からないが、沢山の小鳥の鳴き声が聞こえてくる。このにぎやかさも午前中までで、日中の暑い陽射しの下では聞こえないのである。まだ暗いうちからのなきくらべはひと休みになって、ちょっと早い昼休みに入るのである。夕方になると主役は「河鹿(カジカ)ガエル」の美しい鳴き声に変わる。森の中を小川が流れていてそこに生息しているので、山全体から聞こえてくる。音の高低が、セミの「ヒグラシ」にも似ているので、8月の夕暮れには「なきあわせ」が合体すると、なんとも言えぬ 「ハーモニー」となって聞こえてくる。

 「山荘」も夏休みシーズンを迎えるが、「ウグイス、コジュケイ、ホトトギス、三光鳥、キジ、ホホジロ、シジュウカラ、メジロ……セミ、カジカガエル、そしてコオロギ、スズムシ達の虫時雨…」等、なんとも賑やかに彼らの自然な姿を満喫できるのである。

 

 

08月09日

 山荘の宿泊棟の軒下に作られた巣から、4羽の「つばめ」のヒナがかえった。連日親つばめが「えさ」を運んでいたが、ついに巣立ちの日が来た。

 その日は朝から曇っていた。巣から飛び出して向いの屋根に移り、盛んに羽根をバタつかせている。たまに親が近づくと「えさ」をもらおうと4羽とも口を開けて「チョウダイ」ポーズをとる。しかし、今朝は親つばめが「えさ」を与えている様子はない。ヒナたちは「えさ」をもらうのは諦めたのか、屋根の上に落ちている小枝をつついたりしている。羽根を広げ、上下に動かす動作は一段と活発になる。しばらくすると、この「ヒナ」たちの周りに同じように黄色い「くちばし」をした若いつばめたちがどこからか飛んできて加わり10羽になる。近くの農家でかえったヒナたちであろう。近づいてきて一緒に羽根を「バタ」つかせている。この時、宿泊棟の周りには親つばめが10数羽飛び交っているので「にぎやかなつばめの山荘」といったところだ。

 「ヒナ」たちの飛び立ちはあっという間であった。10羽のヒナたちがやたら羽根をバタつかせて飛び上がり、その周りを親つばめたちが取り囲むようにして、ひとかたまりのようになって「山荘」のウラ山に消えていった。一瞬のこの巣立ちは云い知れぬ 感情を見ている者に与えたのである。あとに残った巣と、下に点々と落ちている「ヒナ」の白い「フン」が私達への贈り物として残っていた。

 高砂ゆりのつぼみが、今にもはじけそうになりながら風に揺れている。山荘の夏のシーズンは本番である。






こんなメールいただきました…

「先日はありがとうございました」


シェフ今井様

丁度一週間前6人グループで一泊させていただきました。10年前に伺ったと言う友人に誘われてのことでした。その前にシェフのHPを読ませていただいておりましたのでとても興味があり、楽しみに京都からまいりました。思ったよりもっと山の中なので吃驚いたしました。でも空気の違い、一皿一皿に込められたお料理の味の深さ。本当に至福のひと時を過ごさせていただきました。私は、若いときからお料理が大好きですが、所詮素人の域をでることはできず、この年になって「家庭は家庭料理、家族の健康を守らなければ」と、そして「プロのお料理はプロに楽しませていただこう」という思いに至りました。日本にもこんなレストランがあったのかと、目からうろこでした。有難うございました。ますますのご発展をお祈りいたします。


常田桂子様より

 

 

08月24日

  夕立ちが涼をはこんできた。
高砂ゆりは、激しく降った雨に絶えきれず、何本かが花をおとした。
セミの声に「つくつくぼうし」が加わってほぼ全部が出そろった感じで夏の終わりが近づいていることがわかる。
「カナカナゼミ」と「森のカジカガエル」の共演を聞こうと楽しみにしていたが、はげしい雷雨と夕立にはばまれて、ついにその鳴き声の微妙な違いを確かめることはできなかった。

 それぞれの生き物が自然の中でわずかの時間を大切に、生きている証しのために鳴き、そしてうたって去っていくのであるが、そのスピードは早い。
いつのまにか鳴き声は聞こえなくなっていくのである。

 それにしても「うぐいす」の美声は涼しい朝にはまだ聞こえてくる。よほどこの「山荘」の地が住み良いのだろう。
朝早く「ウグイス」の声で窓を開け、深呼吸をする。
窓の下にいた「コジュケイ」があわててとびだす。その音に「けもの」道を走り抜けるものがいるが姿は見えない。
自然の中の仕事場は朝が早いがおいしい空気がいっぱいある。

 

 

09月08日

 半日近く降った雨がやむと、セミが鳴き始めた。その数は、めっきり少なくなり、力のない鳴き方が季節の終わりを感じさせる。セミにかわって主役となった虫たちが、昼夜にかぎらず鳴いている。…虫晴雨(むししぐれ)…美声の「かんたん」、キリギスの「こおろぎ」、可愛い声の「すずむし」、ちんちろりんの「まつむし」…はっきりと、その種類がわかるほど音色は高い。

 ベランダの前の「山栗」がもうすぐ食べられるようになる。「イガ」のはじける日を待っているのも実に楽しい。この「山栗」は、小粒だが甘く、ほくほくしているので美味である。茹でるだけで食べられるが、裏ごしにして「クレームアングレーズソース」をかけたアイスクリームの上にのせて食べると、素晴らしい「秋のデザート」になる。その日が近い。

 さて、今日は珍しい「メニュー」をご紹介する。
9月5日、横浜ニューグランドホテルで行われた「サリー・ワイル」を偲ぶ晩餐会メニューである。
(日本に本格フレンチを伝えたスイス人シェフ)
昭和2年(1927年)震災復興のシンボルとして建設されたニューグランドホテルに初代料理長として招聘された。

























詳しくは「www.salyweil.com」をリンクして下さい。

 80年前の料理は、メニューだけを見ると地味でハデさがないが、料理の原点を見たようでその味覚には感銘を受けた。
 昭和39年(1964年)、サリー・ワイル氏のお力添えで全日本司厨士協会により、青年渡欧派遣司厨士としてスイスに留学。料理修業ができた自分にとりましては、素晴らしい思い出の日となりました。

 

 

09月27日

 山荘はもう秋です。宿泊棟の前の坂道には落ち葉のジュータンが広がっています。時折セミの声は聞こえますが「なきおくれたセミ」の控えめの鳴き声です。「虫時雨」は、秋の夜長にさらに鳴き声にツヤが出てまいりました。

 食べ物が美味しい時期となりました。秋の食材が出回ってまいりました。「山荘の料理人」やる気十分です。たっぷりと味わって頂きます。今も茶畑からコジュケイが呼んでます。「…コチャコイ、コチャコイ、コチャコイ…」と。ご来荘、お待ちしております。

 秋の夜長を、お友達と、ご家族と、お食事と、おしゃべりをお楽しみください。

 

 

10月07日

 どこからともなく「キンモクセイ」の香りがやってくる。秋の気配はいろんなかたちで感じさせてくれるが、この「キンモクセイ」は花を見なくとも風の中に生まれて、そして風にのって消えていく。

 夜になると「村の集会所」の前にある「屋台置き小屋」から「まつり」の太鼓の音が聞こえてくる。途中から笛も加わって静かな山里に活気がよみがえってくる。「ピーヒャラ、ドンドン」の音色は村の人たちにだけではなく「山荘」を訪れる人たちにも夢を与えてくれる。「まつり」の笛、太鼓は、町には町の響きがあり、村にはまた違った聞こえ方がある。

 今日の夕方、祭りの世話役から「まつり花」が届けられた。早速レストランの入り口の柱にヒモでくくって飾った。

 「まつり」の日には笛や太鼓の音色と共に大きなモーターの音を響かせながら屋台が山荘の近くまで登ってくる。昔は人力であの重い屋台を途中まで引っぱり上げたようだが「人の力」には限界があり、今では「モーター」がつけられゆっくりではあるが坂道を上がってくるのである。「まつり」が過ぎると木々の紅葉がはじまり、そして「食べ物」はますます美味しくなるのである。

 

 

10月12日

「山荘」
 虫たちの声もめっきり少なくなりました。騒がしかった「虫しぐれ」は、鳴き声ではなく音の「カタマリ」が感じられましたが、今は一匹づつの声がはっきりとわかります。虫の声は今が一番美しく聞こえます。 深まり行く秋の夜、シンミリと聞くのも良いものです。

 天気の良い日は満天の星空が見事です。 「星雲」がはっきりと肉眼で見えます。 「山荘」は秋本番となりました。

 名物「くりのデザート」もメニューに加わりました。

 

 

10月16日

「クリーク エスコフィエ協会」
 10月13日の夜 ホテル、コンコルド浜松の晩餐会に出席する。
総料理長は、「エスコフィエ協会」のメンバーになって2年になる。
今年、二人のシェフがメンバーになり、ディンプルを授与されたのを記念しての会食であった。
この三人のシェフたちとは35年前、浜松成子にあった「オーク」で共に働いた仲間である。
当時、ヨーロッパから帰国した私が一番「やる気」と「くせ」のある時でもあった。なぐりはしないが「どなったり」「おこったり」したことであろう。
その後働く場所は変わったが仲間としてのつきあいは続いている。

 現在エスコフィエ協会の役員をしている自分にとっても昔の仲間が協会の正会員として「ディンプル……エスコフィエの弟子としての資格をもつ」になったことは嬉しいかぎりで、この夜の晩餐会は楽しい会食となった。 3人のシェフはフランスでの料理修業も経験しているので技術的には問題がないが、「エスコフィエ」の名前をつけての会食会は私が一番緊張していた。
挨拶する本人たちは堂々としていたし自信に満ちあふれていた。
食事会は素晴らしかった。味は当然ながら演出もよく、会場に来ていたお客様を満足させたのである。浜松という地元での食事会であったので知人も多かったが、皆さんが賞賛の言葉をのべていたのを見てほっとしたのである。

 国産の「チョーザメ」の卵、キャビアのフレッシュはめづらしく、会場に飾ってみせた演出も良かったし、仔牛の丸焼きも最高であった。お客様が初めてみるローストしたお肉の切り分けを目で見て、そして食べて大満足であった。「エスコフィエ」の技術がこのようにして若い人たちに受けつがれていく、それを実感した夜であった。

 

 

10月28日

 午前10時30分
山荘の上空を白く輝く飛行機が飛んでいく。
残月も雲間に見え隠れしている。昼間の月もやはり白く、どこまでも澄みきった空に、いまにもとけてしまいそうだ。風がさわやかに、まだ残っている桜の枯れ葉をゆすっている。
気持ちのよいベランダに座り、お茶をのむ。 朝早くは寒さを感じたが、今はちょうど良い気温である。

 とつぜんに「ツクツクボーシ」が鳴く。
「なんだい、この季節に」不思議な音色に耳をかたむけたが、2回続けて鳴くと静かになった。
「コジュケイ」は相変わらず元気に動き回っている。 昨夜も聞こえたが、「ピー」という大きな鳴き声を耳にする。 静かな山の中からその音色は遠くに向かって流れていく。地元の人に聞くと、「鹿だろう」という。 昨年は前の茶畑に入り込み、お茶の新芽を食べあさったという被害があったようだが、今年は畑の周囲を「アミ」で囲ってあるので心配はないだろう。
相変わらず「イノシシ」の被害はあるようだが、まだ山荘の花壇には飛び込んでいない。
冬になり、「食べるもの」がなくなってくると、「ミミズ」をとりにやってくる。「立ち入りお断り」の小さな看板を立てたが、それを倒して入り込んで、見事に荒らしていくのである。 「シシオドシ」もダメ、「アミ」で囲んでもダメ、「オリ」をかけたが、ひっくり返されてしまった。
「用心深いので絶対かかりませんよ」と、地元の人たちも彼らの暴れぶりを、じっと耐えるしか方法がないようだ。

 「太陽がいっぱい」「おいしい空気がいっぱい」
こんな静かなところにも、自然の争いはあるのです。

 朝食の「ジネンジョ」のおいしい季節になりました。「とろろ」です。「イモで一杯やっか」が地元の合言葉です。 森町の祭りももうすぐです。

 

 

11月09日

 3日間の森のまつりもすぎ、町の中は静かになった。

 まつりに必ず食べられるのが「とろろ汁」である。
10数年前森町に仕事場を移したとき「一杯やりましょう」とさそわれることが多く、季節も今ごろであったので、この一杯の「おつまみ」が「とろろ汁」であった。

 「イモ汁で一杯やる」が町の人たちの合言葉で、酒をくみかわし、そして「イモ汁」をすするのである。
栃木の山奥で育った私は「とろろ」を掘ったりもした。「すりおろした」「とろろ」を「出し汁」でのばし「ごはん」にかけて食べる習慣は知っていたが「イモ汁」を「ツマミ」に酒をのむのは初めてであった。
「出し」にもその家の「こだわり」があって「椎茸」「かつをぶし」「アユ」などで「すりおろしたとろろ」をのばしていくのである。
「とろろ」…ジネンジョの良いものほど、かたい「ネバリ」があって「すり鉢」でのばしていくのにも「力…チカラ」が必要だ。そのため男の人の仕事となる。

 この「とろろ汁」が山荘の朝食にはつくので「秋の名物」となっている。私のこだわりは「椎茸とかつをぶし」味噌仕立てでつくる。
あまり味噌の味がきついと「とろろ」の味覚がなくなるので少なめに味噌を入れ、塩とショーユが少し入るのである。

 すこぶる評判の良い「とろろ汁」があるせいか、お客様の「これが好きでいつも山荘へくるんだよなー」という言葉も聞こえたりして今朝もにぎやかな朝食タイム中です。

ベランダ横の桜の葉もすっかり色づきました。

 

 

11月25日

 陽が沈む時、一時的な天体ショーが見られる。「つるべおとし」とはうまい表現であるが、山の夕暮れはあっという間にやってくる。西の方向を中心に天空がピンク色から紅く染まり、やがてそれが消えると山並を黒いシルエットで浮かび上がらせていく。このわずかな時間のショータイムは、観る人たちにある種の感動を与えるようだ。今夜も星が綺麗に見えるだろう。残月が明け方まで星の輝きをさまたげているが、月の光に負けずに光り輝く星座を見上げるのも楽しみの一つである。

 朝食の時間が一段落するころ、「めじろ」の集団がやってくる。ベランダから少しだけ見える古池に「水飲み」に来るのだ。この池は冬が近づくと見えるようになる。すっかり木々の葉が落ちたので見通 しがよくなったからである。この池には「シジュウカラ」「ヤマガラ」「ヒヨドリ」「ホオジロ」「キジ」「コジュケイ」等がやってくる。姿は見えないが鳴き声が楽しめる。「ウサギ」「タヌキ」「イノシシ」「シカ」等もやってくるようだ。夜中に来るので姿を見る事はできないが、足跡が残っているので分かる。

 「山荘」の朝夕は「ひやっと」する空気がある。寒いが気持ちの良い冷え方で思いっきり深呼吸すると肺の中に入り込んでいく空気の「カタマリ」を感じる。深く息を吸った後の朝食はウマイ!

 

 

12月03日

 残り少ない枯れ葉が桜の木にしがみついている。
午後からの北風は、かなり強く吹いていたが、その風にとばされたのは小鳥がつついた1枚だけであった。
このところ雨が降らないので、残り少ない枯れ葉の寿命は、もうしばらく延びるだろう。

 いたづらに絵を描く。
 色づいた山をスケッチする。今が一年中で一番描きやすい。 10年前に買ったスケッチブックが半分以上残っている。
前回描いたのは何年前であったろうか……思い出せない程、昔のような気がする。
「絵」を描くというより、色をブックにのせるといった方が正しいかも知れない。
自分の絵は、己の満足のために描いている。

 雑木林は葉が落ちているので灰色に見える。 唯一青黒く見えるのは杉林である。 松の木は茶色になっているので、枯れ木が多いのがわかる。 黄色い葉が残っているのが、今が旬の木々である。
ところどころにピンク色と真っ赤に見えるものがある。 この真っ赤な色がスケッチのポイントになる。

── 山の風景が描きあがったころ、太陽が前の山にかくれて消えた。──
今夜も星がきれいだろう。

 

 

12月16日

 各地で雪の被害が出ているニュースを聞くと、ほどほどの積雪であってほしいと願わざるをを得ない。どさっと積もった屋根の雪おろしで事故が相次いでいるようだ。

 お客様からの問い合わせの中心が「雪がありますか?道路が凍っていませんか?」となる。「山荘」の季節をうつした写 真に「雪景色」が見られるのが一枚ある。黒い地面にうっすらと雪がのっているという感じの写 真は「山荘」にも雪が降ったという証拠になる。

 「山荘」にこのくらいの積雪があったのは10年間で3回と覚えている。朝起きて1cmにもならない雪に「大雪だ」と思いながらも「写 真」に撮っておこうとカメラを探しているうちに、肝心の雪は溶けて無くなっているのである。そこで「山荘」にある雪景色の写 真はお客様のお手柄である。

 寒波のニュースに冬である事を自覚し、部屋の「コタツ」に入ると、その「ぬ くもり」がまた季節感を与えてくれて四季の移り変わりが体験できる。

 「山荘」までのアクセスの中で「道路凍結」の心配はないが、橋の上や山肌から水が流れ込んでいる道路は凍る心配がある。その所は必ず「凍結注意」の看板がたててあるのでわかる。この心配も早朝、または夜の遅い時が「キケン」なのは街の中と変わりはない。いずれにしてもスピードの出し過ぎや急ブレーキをかけないのが一番の安全策である。

 X'masのメニューが17日から始まるのでその仕込みに入っている。25日までのディナーはフランス料理の古典料理がお楽しみいただけます。

 

 

12月28日

 山荘にも雪が積った。
クリスマスのイベント中であったが約4センチの積雪は山荘が建てられてから一番の大雪であった。
陽がのぼり午後にはほとんどの雪がとけたので午前中だけの雪景色であった。
雪どけによる凍結が心配されたが、勾配ある山荘への登り坂には「塩化カルシウム」をまいておいたことが効果 となりクリスマスディナーは「ろうそく」のあかりの中で楽しく開くことができた。

 ディナータイムの「炎のデザート」ピーチフランべは好評でした。
カラメルをつくり、オレンジジュースでのばしてソースをつくり、この中にピーチの半割を入れて煮込みブランディーをたっぷり入れると「メラメラ」とアルコール分が燃えていくのは寒い夜には最高の演出となります。

 アルコール分は燃えてブランディーのエッセンスがソースの中にまざり、仕上げに生クリームを入れるとおいしいデザートの出来上がりです。
深めの器にアイスクリームを入れてこの中にあついピーチとカラメルソースをたっぷりとかける。あつさとつめたさのシュプリーズ(おどろき)が楽しめるデザートでした。

 3才の男の子のお子様が大きな声で「おいしいね」という一言がさらに客席をなごませ、クリスマスムードを盛りあげてくれたのでした。

大晦日「年越しそば」もご用意する年中行事、新年の「山荘おせち」へと続きます。