2010年1月〜 Back Number
12月13日
「とんでいる」「とんでいる」確かに「くもの子」が空中をとぶのをみた。
小さな米つぶくらいの「くもの子」が、自分の体内からでた「糸」に「つかまって」気球に似たとび方で、「すーと」10メートルぐらいとんで9号室の「かしの木」の枝の中に消えていった。
「くもの子」が空中をとぶという話は「小説」の中で読んだことがあったが、現実に見ると「コーフン」する。
「くもの子」がとんだという話をスタッフにしたら「風にとばされたんでしょう」という。
もう夢がないな・・・と云いながら坂道を登ったら、今度は本当に風にとばされた「くもの巣」が顔にはりついて切れた。
「くもの子」は本当にとんでいる。それを信じて今年のX'masをむかえます。
12月1日
山荘の一日が終わるころ、裏山の雑木林に見えかくれする月をみつける。
すっかり葉が落ちた木々の間から、まわりに「たくさんの星たち」を連れて、欠けた姿を見せている。
「しーん」と静まりかえっている林の中を、「月のあかり」にさそわれた「小動物」が「カサ、カサ、」 という小気味よい落ち葉をふむ音を残して通り過ぎた。
早朝4時。(朝食づくりは朝が早い)
昨夜の「月」は、前山を「てらしている」。
黒いシルエットに「色がついているから」冬の月夜は、すばらしく「あかるい」。
たくさんの星たちとの競演は、今朝?…も楽しませてくれる。
11月23日
雨上がりの午後のひととき。
カラフルな配色の落ち葉の坂道を登る。土足でふんでしまっては申し訳ないほど美しく積み重なっている木の葉。もうすぐ秋も終わりだ。
やがて雑木林は、すっきりとした「ハダカ」の林となる。しばらくは「木々」の「おやすみ」シーズンに入る。
この季節の山の風景は「枯れる」ことの美しさを見せてくれる。
雑木林の中から小鳥たちの「なき声」だけが後からついてくる。姿は見えないが、ともに散策を楽しんでいる。
夜、晴れれば満天の星がみれる。
「星雲」をみつけると、星までの近さを感じる。
11月15日
ピチピチとさえずるほおじろの声が駐車場の広場から聞こえる。夜が明けたばかりの空気は澄んでつめたく、秋の深さを感じる。
先週までの山荘のまわりは、「たくさんのヒヨドリ」が「たわむれあって」にぎやかであった。
彼らは集団で南方へ飛んでいくという。‥‥‥
その「たびだち前」のミーティングのようだ。‥‥‥
今は、数羽の「いのこり組」がのんびりと、木の実をついばんでいる。
色づいた木の葉が地面に落ちて、自然のスケッチを楽しめるのもこの季節‥‥‥
満天の星の光も輝きをさらに増して、夜空に物語りをつくる。
11月2日
ベランダの木の囲いに枯葉がぶらさがり、それを強い季節風がゆすっている。
枯葉は「くもの巣」の糸にひっかかり、「風車」のように「くるくる」とまわっている。
このめづらしい「木の葉」のショーを見ているのは「つめたい風」と共にやってきた「ジョービタキ」…… 姿は可愛いが、我々にとっては天敵だ。我が愛車の駐車場をめぐってのトラブルは、毎年この時期からはじまる。
「ジョービタキ」にとっては、車のミラーが気になるのだ。自分の姿が「じゃまする敵と」かんちがいし、「つついたり」「体あたり」したり、あげくのはてに「フン」を「ひっかけて」いくのである。
ゆるせない彼とは、しばらく「なわばり争い」を続けることになる。
10月25日
レストランの前にベランダがあり、横に桜の大木がある。残り少ない枯葉をつついて落とすものがいる。落ちていく葉を、空中でつかもうとする離れわざをしているのは「ヤマガラ」だ。毛並みがよいので若い「オス」のようだが、まわりには仲間がいないので単独行動を楽しんでいる。
「四十カラや」「コガラ」の一行は、とっくに通りすぎているので、その仲間にも加わってはいない。
「ヤマガラ」のなき声はとくちょうがあるのでわかりやすいが、「えさ」をついばむのに夢中で今は無言だ。
自然の中で、小鳥と共に秋をたのしむ。
10月12日
無造作に、打ち込まれた、「竹ざお」に「チョーチン」がつけられて、「まつり」は、はじまった。
森町の中心をはなれた「山里の村」のまつりは、屋台をひく人はまばらで、少し、淋しいがそれでも「まつり」は、楽しい。
笛と「タイコ」の音が杉林の中に入って「コダマ」して聞こえる。
「カラス」は、相変わらずの「ウラ声」でうたい、
「モズ」は、「威嚇」するような声でこたえる。
今年も、農作物をあらしまわっている、「おたづね」ものの「いのしし」は、2匹の「ウリボー」をつれて散歩がてらにのぞいていく。
のんびり、ゆったりとした「まつり」は、日にちをずらしながら全ての「村」が参加して行なわれる。
10月2日
久しぶりに「キツツキ」の音を聞く。
木々の葉が少し落ちて、見晴らしがよくなり、彼の勇ましい姿をみることができる。
下から見上げていることなど「知らんぷリ」…
一生懸命「つついている」。…
その規律正しい音色は、リズミカルで小気味よい。
中には、よほど「うまい」「ごちそう」があるのだろう。
木々をぬける風…朝の太陽では、まだあたたまらず「ひんやり」としているが、彼の動きでは、あせばむのでは…
でも楽しんでいるからいいのかな…
夜になると「村まつり」のれんしゅうする「タイコ」や「笛」の音が聞こえるのもこの時期だ。
おそい「里山」の稲刈もはじまった。
それを「いわし雲」がみつめている。
9月23日
森町に入り、太田川の上流、三倉川の水の流れをみながら山荘へ向かう。
車窓からながめる風景は、大きく変わっていく。
下流で見た「田んぼ」は稲刈がすんで夏の終わりを感じる。上流にすすむにつれ、「田んぼ」の「稲穂」はまだ青さが残っている。「稲刈」まではもう少し「案山子」の世話になるようだ。
だが、稲刈のための「田んぼ」の「あぜ道」の草は刈りこんであり、真赤な「マンジュシャゲ」…彼岸花…が咲いている。
この花の開花はまったく不思議であり、「お彼岸」にあわせるように咲く花の「生命力」に脱帽する。
山荘に近づくにつれ、温度が3−4度下がり、レストランのまわりをたくさんの「赤トンボ」がとんでいる。その「からだ」は「黒っぽい赤さで」すっかりたくましくなっている。ときおり「からだ」の大きな「しおからトンボ」が横切っていく。
その動きは「ジェット機」のようで、彼の「ナワバリ」は広い。
ヒラヒラと羽を「バタ」つかせてとぶ「まっくろな」「水トンボ」はペアでとんでいてうれしそうだ。
桜の枯葉が続けざまに落ちて風に乗って谷間に消えていった。山荘の秋は深い。
9月11日
なく「セミ」のトリを受けもつ「ツクツクホーシ」がゆっくりとないている。
「ものかなしげな」この「セミ」の声の終わりが「これっきりよー、これっきりよ‥‥」と聞こえる。
先をあらそってなく、夏本番の「セミ」とは、ちがって「きっちり」と最後まで「しめくくってないて」‥‥そしてだまる。‥‥‥
夏の終わりが近づいている。
朝、夕、の涼しさは、秋を感じさせてくれる。
枯葉となって落ちる木の枝の「すき間」を、風が通りぬける。その風が冷やされると、もう秋だ。‥‥‥
「みのりの秋」「食欲の秋のはじまりだ」
農家から「自ねんじょ」の便りが届いたので、朝食の食卓に加わる日が近づいてきた。
9月1日
午前4時30分
山荘の早朝は、ハダ寒さを感じる。
少し欠けた月が足元を明るくてらすと、鳴きつかれた「バッタ」がとびあがって草むらに消えた。
明けの明星は、ぴったりと月について輝きを増している。
日中は、まだ残暑がきびしいが、山荘の朝夕は、すっかり秋の気配だ。
気がついたら、この2〜3日で桜の葉が黄色く色づいている。
8月4日
「ひるまえのひととき」
ランチの仕込みが終わり、ベランダに座ってミルクコーヒーをのむ。
青空の中に「入道雲」があって、午後の「あつさ」を感じる。
桜の大木からは「なきいそぐ」「セミ」の声が聞こえ、その声に「えんりょ」しがちに鳴くのは「うぐいす」である。二羽、いや三羽の「なくくらべ」である。
春先の活気ある声に比べ、「つやっぽさ」はなくなったが、朝のすずしい空気の中では「だまって」いられない …… というところか ……
山の中も「風」が止まる「なぎ」…?の時間になると、さすがに「あつさ」を感じるが、それがすぎると「山かげ」で受ける「さわやかな風」は、山の中だけでしか得られない「自然のクーラー」である。
この「風」に乗って「遊ぶ」のは、若い「白っぽい」「ト
ンボ」たちである。やがて「トンボ」たちのからだの色が少しずつ赤く色づいてくる。そのころはたくさんの仲間がふえるのである。
「入道雲」が少しだけ動いた。さわやかな風の出番となる。
7月23日
日中のあつさは山の中でもかわりがないが、木の枝が太陽をさえぎってくれるところは、通りぬける風も加わって、涼しさを感じて実に気持ちがよい。
街の中と位べると約3℃の温度差があるので「山荘」に来られたお客様の第一声が「空気がちがう」と云う。……
この風を肌にうけると、さわやかで気持ちがよいのでしょう。
しばし「ベランダ」で風とたわむれる人が多い。
「山荘」のまわりにやってくる小鳥たちも「季節ハヅレ」の「なき声」をあげて「おどろかせる」。
ほととぎす、うぐいす、コジュケイ、ヒヨドリがなく夕方になると、もう「虫」たちがないている。
やがて「夏休み」に入った「子ら」がやってくる。
7月3日
「いのしし」
しばらくの間、姿を見せずにいたので安心していたが、
「えさ」を求めて掘る「アナ」が、日毎に多くなっている。
「ゆり」の根が好物で、それこそ「根こそぎ」食べてしまうのである。結果は「アナだらけ」になる。
「山荘」のお客様の中には、この花の咲くのを楽しみに来荘される方もおられるので、被害には実に腹が立つ。‥‥
農家では、「いのしし」の被害を防ぐため「田んぼ」や野菜畑のまわりに「鉄せん」を張り、これに電気を通して囲いをつくっている。
この囲いがどんどん大きくなっている。
それにつれて彼らの「行動はんい」も広くなり、食べられるものは「何でも食べてしまう」‥‥
「山荘」の被害は、これから咲く「ゆりの花」‥‥少しは、残してくれることを祈る。‥‥‥
6月21日
朝、4時。
ガラス戸をあけると、つめたい外気が「ねぼけ顔」にぶつかってくる。それはつめたくて、かたまりとなっているのではっきりと空気とわかる。
「つゆ」に入っての日中の気温は、30度を越え「しっけ」が加わり、じっとしていてもあせばんでくる。
山荘のまわりには風があるので、ベランダに立つと、3度ぐらいの涼しさを感じるのであつさの中でも少しはすくわれるが「つゆ」どきの「うっとおしさ」は、さけられない。
朝夕が涼しい山荘の気温は、天然クーラーとして「じまん」ができる。
でも、お気をつけください。涼しさがあって、気持が「よい」と窓をあけて寝ると「カゼ」をひきますから‥‥くれぐれもご注意を‥‥。
ベランダの横の「くちなしの花」、垣根の「とけい草」それぞれ満開の花が咲いてます。
6月2日
早朝の月を見る。
明るくなった東の空に、まんまるの白い月が残っている。
昨夜、夜空をてらしきれずに朝をむかえてしまった・・・という感じの弱い光の月。
地上の杉林の中はまだうす暗いが、朝の早い小鳥たちは「ぐづり合って」いる。「さえずり」合うにはまだもう少し時間がかかるようだ。
杉林から雑木林へと続く山荘のうら山は彼らの「すみ家」であり、これからはじまる一日のミーティング中といったところか・・・。
それぞれの仲間との「さえずり」合いは、その種類の数だけ聞こえてくるので実ににぎやかだ。
6月に入ってもまだ「ウグイス」が主役であるが、「メジロ」も負けじとノドをならす・・・。
レストランの入口には黄色い花「ハルシャギク」が満開に咲きはじめた。
5月24日
頭花は、紅紫で丸く、「アザミ」なのに刺がない。
野草の図鑑によると「キツネアザミ」と言うらしい。
山荘のまわりにたくさん咲いている(いや立っている?)
草刈り名人が「この花」を切らずにおいてくれるので、なおさら目立って見える。
「つゆ」に入ると「あじさい」の天下になるが、それまでの「つゆどき」の花として地味に咲いている。
雑木林の中には、見当たらないので「道ばた」だけの「ナワバリ」である。
雨期にはまだ早いが、朝からの「雨」に「ホトトギス」が「ノドにつかえるような」声でなく。
これに負けまいと「コジュケイ」がはげしくないている。
杉林の中からは「トンビ」の美声が仲間をよんでいる。
山荘のまわりは、にぎやかである。
5月8日
山荘からながめる茶畑からの新芽を、「キリ」のような細かい雨がぬらす。
新茶に必要な「あたたかな」日が少なく、茶どころとしては大変に心配されたが、この場所は一般的に「おそい収穫」のため、最悪の結果はまぬかれたようだ。
ゴールデンウイークの連休前後に「あたたかな」日が続いたので、いっせいに若葉が開いたのである。
今日のような「キリ」は、収穫をさらに「おくらせる」かも知れないが、「新芽」の「美しいみどり」を見ると、「おいしさ」を感じるのである。
「おいしさ」で云えば、天候不順のため、夏や秋の野菜に影響がでそうだが、農家の人たちの苦労もとても他人事ではすまされない。
自然の恵みを「いただいている」。そしてそれを利用して料理をつくるものとして、「このおいしさ」にもっと感謝をもたねばならないと思う。
いつの間にか「キリ」のような雨はやみ、いくつかの「白いジュータン」となって上空にあがっていく。
その都度「すみ絵」のような「美しさ」を見せて消えていく。「ウグイス」の声もひときわ大きく聞こえてくる。「もうすぐ《つゆ》」に入る。
4月29日
午前4時。
もう五月になるというのに寒い朝だ。
欠けた月が前山の上空で黒いシルエットの山頂をてらしている。
ピュ-ピュと口笛のような「なき声」で鹿がないている。
規律正しく、交互の「ないて」いるが見えないので「何頭」いるのかは、わからない。
地元の人には「きらわれもの」で、木々の新芽や木の皮を食べてしまうので「困ったやつら」の仲間であり、「いのしし」と共に「おたずねもの」になっている。
「おたずねもの」にとっては「えさ」を食べなければ生きていけない。悪いと反省しながら、「だまって」横からいただいているのである。
全べてに云えることであるが「バランスが悪い」のだ。
鹿もいのししも増えすぎてしまった。
「えさ」を求めて畑に入り、食べつくす「竹の子」や「くり」など夜中のうちに彼らの胃袋におさまってしまう。農家の人たちにとってもこれは許せないことで「おたずね」者のレッテルをつけて追いはらうのである。
悪者の仲間入りした「鹿」は、口笛のような声で明け方に「おたがい」をさがし求めあっているのである。
山の木々が新緑から深緑に移っていくなかで、人間と動物との「見えない」たたかいがおこなわれているのである。
4月16日
−雨あがり−
残っていた桜の花は、昨夜からの雨にぬれ、重くなって地面に落ちた。
桜の木には茶色と灰色がかった葉が残り、地味になったが、これも数日で青葉となる。花が散ってからの桜の枝は早いスピードで変化する。
桜の花を楽しんだのは、人間様ばかりではない。
たくさんの小鳥たちが花の中でたわむれていた。
「四十カラ」や「めじろ」たちは群れでやってきて、去るときも、まとまっていた。
「ひよどり」も、たくさんやってきたが彼らの行動はバラバラであり、やたらさわがしい。
花の「みつ」を吸うのか、「虫を食べるのか」知らないが、咲きほこった桜の花の中で遊んでいった。
−雨あがり−
初音の「なきくらべ」がはじまる。
双方ともなき「なれている」。昨年からのキャリア組だろう。
高音もよいが途中の低音もしっかりしている。
美しい「なき声」にうっとりとする……
青葉、小鳥のさえずり、花の香り……山荘は静かに春をむかえている。
4月9日
山荘の桜は、見事な開花をして見る人たちに「美しさ」の感動を与えてくれた。
約4年間の手入れの「おかげ」である。
冬の寒風の吹きすさぶなか、老木の枝にしがみつくようにして、病巣の枝切りをしてくれた名古屋から来てくれた職人さんたちの作業の成果である。
「樹木のドクター」から病気の「指摘」をされた枝先に小枝を集めたような「もの」は、花がつかず「モサモサ」として小鳥の巣のように見えた。
この「もの」を切りとる作業は「ハシゴ」をかけて行なったが、枝の「尖端」についているので「ハシゴ」の届かないところにある。そのため木に「しがみ」ついて行なう剪定となる。
桜の木は折れやすいと聞いているので「キケン」なことに「ハラハラ」する。
「山荘」をオープンした当時は、「サクラ」を切る「バカ」はいない、「切らないものだ」という言葉を信じていたのであるが、「花の咲きぐあいが悪く、美しくなかった」。
これを相談した相手が造園の若きオーナーのYさんであった。Yさんは弟さんとの共同作業で「このサクラの木若返り作戦」をしてくれたのである。
専門的なことはわからないが「花」の咲きぐあいが「ちがう」……枝の先の方まで花がついて、花ビラ一枚ずつが「力…チカラ強く…」開いている。
「この桜…他のサクラとちがう美しさがあるわ」…と満開の桜をバックにして「ハイ、ポーズ」をしている奥さまたちの言葉が聞える。
ハイ、ポーズの輪に加わっている「シェフ」は無口なのでその理由を説明できぬうちに話題が変わる。
「やはり桜にとって自然の中がいいのだわ……空気がちがうもの……」。これにも「にやにや」している「シェフ」なのである。
若返った桜の花は、たくさんの人たちのカメラの中におさまり、シーズンが終わったのである。
美しさに「お手つだい」いただいた「Yさん兄弟…」ほんとうに「ご苦労様でした」。そして、ありがとうございました。
3月25日
満開の「ミヤマキリシマ」が、昨夜から降りつづいた雨にたえきれず、多くの花ビラを地面におとした。
春の「花」の咲く順番を待っていた「葉ザクラ」が、地味な花と同じような「葉」をつけている。
「葉ザクラ」の新芽は、そのまま「つんで」サラダにも加えたらおいしかろうと思うのも、この季節だ。
「一号室」の前に4-5本の「タラの木」がある。
この新芽は「実にうまい」が「かぎられた」量しかとれないので、この「てんぷら」を召しあがった方は「ラッキー」な「モーニングサービス」になる。
春は「ハデな」桜の開花にばかりに「きをとられがち」だが、調理場に持ちこまれる「春の旬」の素材は、季節の「香り」をいっぱい運んできてくれる。
「ワラビ」は「てんぷら」もよいが、油アゲとの「煮びたし」がうまい。これも「おふくろ」の自慢の一品だった。やがて「タケノコ」との「煮もの」へとうつっていく、これも楽しみだ。
山荘名物「さくら」…は咲きはじめました。
週末には2分咲きでしょう。
3月12日
ベランダの真下にある「ミヤマキリシマ」が咲き始めた。
3月4日、3月11日の2回、「三鞍の山荘」がテレビにでる。 (BS日本21.00〜22.00)
取材は、2月の第4週、5日間にわたっておこなわれた。
過去、何度か「テレビ」には出演しているので、慣れてはいるが、腰に「マイク」をつけられ、カメラを向けられていると、いやがうえにも「キンチョウ」する。
食材で「お世話」になっている人たちにも、多大のごめいわくをおかけすることになったが、心よくお手伝いいただき無事、終了する。
「山荘」には、BSのアンテナがついていなかったので、電気屋さんに頼みこみ「付けてもらって」4日のオンエアには見ることができた。
写真には動きがないが、「テレビ」の中の自分の動きを見たり「ぼそぼそ」とした会話を聞くと目のやり場に困ってしまうのである。
それでも取材をしてくれた「ディレクター」や「カメラ」さん「音声」さんの熱心さに「いつの間」にか引きずられていた自分としては「BS」の画面の美しさに見入ったのである。
「三鞍の山荘」からながめる景色は、「山また山」で、どこで区切っても「山」である。
自然の中に建てられている「山荘」がさらにすばらしく見えたのは、ヘリコプター出発からのながめであった。
私は小さいときから「ブランコ」に乗ったことがない。「ゆれる」のが大キライなのだ。
船も、波のあるところでは10分と「もたず」グロッキーになる。また、私は「高所恐怖症」であるから上空から「山をみる」などということは「死ぬ」覚悟だったのである。
「ヘリコプター」に乗る話は「テレビ」の取材とは関係なく決まっていたので、「いつか」は乗るという気持ちは「もっていた??」のである。
「上空」からの「さつえい」は大成功であった。
「三鞍の山荘」の建物はほんとうに素晴らしい場所に建てられており、15年目を向かえた建物がすっかり自然の中にとけこんでおり、高性能の「カメラ」で写されたのでなおさら見る人たちに感動を与えたのである。
「さつえい」が終わっても、4〜5日は首すじがいたく、肩のあたりまで「ガチガチ」に「こって」しまっていたことをみても、「力」の入ったシーンなのである。
放映が終ると「三鞍の山荘」のホームページのアクセス数が大変な数字をかぞえ、ファックスのコピー用紙も机の上に山盛りになった。
友人、知人、リピーターのお客様からは「落ち着いてから」という「気くばり」をみせてくれる。みなさんからの− −「テレビ」を見た感想の中に「久しぶり」によい「テレビ」を見たという言葉を聞いて、つかれも「首すじ」をのぞいてはふっとんでしまった。
「さつえい中」に何度かディレクターよりたずねられた言葉の中に「これからのシェフの夢」または「やりたいことは」という問いかけがあった。
それに対し、 「今の自分は、これからも健康に注意して「山荘」を訪れてくれる「お客様」に料理をつくり楽しんで食べていただくことが、なによりの「よろこび」であり、うれしいことなのです…」この言葉が私の夢として画面の中で表現されていたのをみて、本当に気持ちのよい「テレビ」出演ができたと深く感謝をしています。
2月15日
今年の冬の寒暖の差がはげしく、ベランダ横の桜の大木にやってくる、小鳥たちにも変化がみられた。
暖かい日は、気持ちよさそうに語りあっていたが、寒い日は「モクモク」と「えさ」をついばんでいるだけだ。
太陽の逆光のせいか、なき声が聞こえないので正体はわからない。メジロかな‥‥。
黒い物体が枝から枝へと移っていく‥四十カラかも知れない‥‥。
枯草の多い土手には「スイセン」の花が咲きはじめた。
「みつまた」のつぼみは、例年に比べると数が少なく、冬の間の寒さがきびしかったようだ。
次の出番の「ミヤマキリシマ」は、つぼみがしっかりとふくらんでいるので開花が近い。
今年の「ジョビタキ君」は、あまり「トウソウ」を好まず争いの少ない越冬だった。
彼とも別れる日が近い。
2月2日
咲きはじめた白梅をぬらす雨は一日中降りつづける。
昨年の暮に刈りこんだ土手の草も、この雨で元気づいたようだ。
朝・夕の寒さは相変わらずだが、日ごとに暖かくなってくる気配は感じる。
桜の木でたわむれている小鳥たちにとっても、春は待ちどおしいだろう。
いつもの「ジョービタキ」は、シェフの執拗な「なぐり込み」におそれをなしてか‥‥
今年に入ってからは実におとなしい。
車の「ミラー」にとまらなくなったし、「フンコーゲキ」の戦法はとらないので、今のところ平和である。
このまま続けてもらいたいものだ。
もうすぐベランダの下の「フキノトウ」がめぶくことだろう。
朝食の「てんぷら」に加わる日も近い。
1月19日
早朝4:00
うら山の雑木林の木々の間からきらめく星が見える。
木の葉は、全べてを落としているので上空の星が枝にからみついているように見える。
チカッチカッと輝いている大きな星は「ダイダイ色」で熟したフルーツのようだ。
寒さをのぞけば、この季節の「山」は大好きだ。
とつぜん、暗やみの中で坂道を「かけあがる」足音が聞える。音の大きさからして「いのしし」だろう。この時間、おどろいたようだ。
「ごめんよ」と一人ゴチながら、林の中から前山の方に目をむけると、そこにも満天の星がある。
ショータイムはまだ楽しめます。
1月11日
元日は、何年ぶりかの雪が降る。
大作日からふりだしたので、積雪を心配したが約1センチの雪景色を見ることができた。
連泊のお客様は「おとそ」がすすみ、正月の気分を満喫されていた。
「雪だるま」をつくって「ハシャグ」子らには、雪の量は少なかったようだが、数ヶ所に「雪だるま」が出現した。
雪は午後にはやんでしまったので、夕方には白い景色は消えてしまったが、カメラにおさめることができたのでホームページにのせることができた。(山荘のアルバム集をごらんください)
「かどまつ」のとれた玄関先には「ジョービタキ」がやってきて、相変わらず「自分のナワ張り」を誇示するように尾を上下にゆすっている。
