2009年1月〜12月 Back Number
12月21日
早朝、寒さの中、西の空に去りゆくオリオン座を見送る。
前山のむこうはまだ暗いので星のまばたきはよく見える。
立ち止まって、まっすぐ上空を見上げると、星雲の「オビ」が左右にわかれ、まわりにたくさんの明るい星たちがちらばっている。
虫や鳥の声も聞こえない。
ぴ〜んとはりつめた空気の中で見上げる天体のショーは、すばらしい自然からのおくりものだ。
桜の大木は枯葉をすっかり落とし、全べての役目を終ったように「すっきりとした姿」をみせている。
秋は終わり、冬本番となる。
12月14日
澄みきった青空の下、2羽のカラスが声をかけあいながらとんできて、杉林の中の一番高い木の「テッペン」にまいおりた。
昨夜の「ネグラ」から昼間の居住地にもどってきた彼らは、のんびりと羽根を広げたりしてあそんでいる。
朝のうちは、太陽が届かないので杉材の中は、うす暗くて寒い。
杉材全体に太陽がふりそそぐころになると、彼らも仲間が増えてきて場所の「トリアイ」でにぎやかになる。
こんなに広いのだから「なわばり」争いはせずにいられるだろうに‥‥‥
おたがいに「おいしい空気を吸って」のんびり、ゆったり‥‥といこうぜ。
12月4日
秋雨が坂道の散りつもった枯葉をぬらす。
谷の方で仕上がった「キリのカーテン」が上空に向ってあがっていく。
雨のせいか気温が高い。
すっかり葉の散った桜の大木で4-5羽の小鳥があそぶ。
動きからして「コガラ」かな…羽根がぬれるだろうに…
「みつまた」の木の「なわばり」をめぐってあらそいを続けている。「ジョービタキ」は相変わらずの行動だ…
寒くなるにつれて動きが活発になる。
争いはさらにはげしくなる。…
そして一年は終わる。…
11月23日
浜松の友人から「風モニュメント風車」をいただきました。
友人は、自分の自由時間に啓発用教育向け風車モデルを作っています。「風車」に関する著書も10冊ほどあり、「風車」研究家です。ご本人は「風と遊んでいる」と言っていますが、作品の風車はとても素晴らしいものです。
先日、その友人が「山荘」を訪ねられました。山荘のベランダを吹き抜ける「風」を見て、「ここに置いたら私の風車も喜ぶでしょう」と浜松からわざわざ運んでくれました。高さ1メートル以上もある大きな風車は、特徴ある「ねじれた竹」が風を受けて静かにまわっています。
自然にやさしい山荘に、新たな仲間が加わりました。
11月13日
早朝4時。
欠けた月のまわりに丸い輪がついている。 明日は雨になるのだろう。
明方の月は光が弱いので無数の星がまわりにきらめいて見える。
寒さを感じるが気持ちがよい。
木々の間を通過する空気に香りがついて冷やされたようで、そのまま身体にふれていくと、健康的なシャワーを受けたようで得をしたような気分になる。
とつぜん、口笛のような「ピュー」というなき声が聞こえる。若い鹿のなき声だ。
「水のみ場」の方角だから親とはなれてしまったのかも知れない。
寒さがやっと来た感じで、木々の紅葉がさらに色づく……
11月2日
週末ごとに、どこかの「村のまつり」がおこなわれていたが、それも終わって静かな里山になった。
11月は、森の町の「まつり」へとバトンタッチされる。町の「まつり」は、人が集まってくるので「にぎやか」な「まつり」となる。
「まつり」には、やはり参加しなければ面白くない。
そこで知人宅をたずねて「まつり」のごちそうをいただきに行くことにする。
もちろん「自ねんじょ」でつくる。
「イモ汁」である。今年もよろしく・・・・
10月20日
山荘からながめる「たまの木」…クヌギ…は茶畑のうしろにあって、雄大な山荘の景色に大きく貢献してくれている。
樹齢120年以上としかわからぬ「アバウト」さも「たまの木」の魅力でもあるが、「あの木何の木?」と質問を受けることが多く、硬い木質は「昔、荷馬車の『タイヤ…』に使用していた」という「知ったかぶり…」で答えている。
山荘をオープンした当時(14年前)は幹まではっきりと見えていたが、まわりの樹々が大きくなり、せっかくの大木の足もとをかくしてしまった。
最近になって、地主さんがまわりの木や枝を落としてくれたので再び太い樹の根っこを見ることができる。
天気に左右されずに「いつながめても」たまの木はすばらしい……。
10月11日
村の「まつり」がはじまる。
場所によって「まつり」の日がちがうのは、「まつりごと」をしてくださる神主さんが、全部の「村」を受け持つことができない。
そのため「まつり」の日をずらしておこなうとのこと。神主さんがおられての鎮守さまである。
「まつり」 が近づくと、道路には角ばった灯籠や、竹の棒にくくりつけられた「チョーチン」がならぶ……
どの「村」にもまつりの「屋台」があって、大人も子供も一緒になって「ひっぱっていく」
「タイコ」と「笛」は、「村全体」になりひびき、「おまつり」の気分を盛り上げてくれる。
「村まつり」の日には「ふるさと」へ帰ってくる若者が多いこともうれしいことだ。
10月2日
刈り残した「古いすすき」の横からやわらかそうな銀色の新しい「すすき」が育って大きく風にゆれている。
山荘のまわりは、この「すすき」に囲まれて、秋本番。………
| 今年の月は、 |
まつよい(二日)、じゅうごや(三日)、いざよい(四日)、
たちまちづき(五日)、いまちづき(六日)。
ねまちづき(七日)、ふけまちづき(八日)。
じゅうさんや(三十日)。 |
さて、どの月が見られるだろうか………
月による天体ショーに「虫たち」も参加して秋の夜長を楽しませてくれる。
村まつりも近い。
9月28日
朝食づくりの早起きは「なにか得をしたような」気分になる。
「長袖」を着ていないと寒さを感じる今朝の気温はもう秋が深いのです。
空気は実に「おいしく」、落ち葉がふえた雑木林の中でシェークされてくるので枯れ葉の匂いがする。
両手を広げ大きな深呼吸をして体内に入れると、今日一日分のエネルギーがたくわえられたような気分になる。
雑木林の真上には、オリオン座が、はっきりと見える。空気が澄んでいるためだろう。
このきれいな空気の中を「落ちついてなく」「虫」の声を聞きながら「レストラン」への坂道を歩いていく。今日一日のはじまりである。
9月19日
森町に入り、森川橋を渡る。
県道58号線を三倉方面に車を走らせる。車窓より右手に見えるのが太田川。
やがてTの字を左側に進むと、左手に三倉川が見える。太田川の支流になるので、川幅がせまい。
岸辺には、たくさんの「コスモス」が咲いている。
ところどころに彼岸花が咲いているので、近づく「お彼岸の日」を感じさせる。
どこかの家の庭先で咲く「キンモクセイ」の香りが車に向かってぶつかってくる。
秋がいっぱいやってきた。
…… さわやかな秋が ……
9月8日
「すずむし」のリズムある「なき声」は、秋の半ばを感じさせる。
ひんやりとした風のつめたさは、昼間のあつさからはとても想像がつかない。
虫の「なき声」にさそわれるように杉林のテッペンに「月」が顔を出す。晴れた夜空は久しぶりだ。
天候不順であった今夏は、「セミ」や「カエル」たちにとっても最悪であった。
例年なら「いっせいに鳴く」セミの声も今年はバラついていてどうにも調和がとれていない。
出おくれた「モノ」もいたりして「一匹」だけの「なき声」は力もなく弱々しく聞こえる。
それも仕方あるまい「落ち葉」の季節だから!!
9月1日
桜の木の葉が黄色く色づいてきた。
秋は、この桜の葉からはじまる。
雑木林から「なきおくれた」セミが大いそぎでないている。なぜか…もの悲しい…
赤トンボが群れ飛ぶ中を「おにやんま」がいばり散らして通る。黄色の「シマ」もようがやけに目立つ。
坂の下からふいてくる風は「ひんやり」として「さわやかな秋」を感じさせる。
食欲の秋のはじまりである。
8月24日
まるまると太った「くつわむし」が、「夕やけ」にさそわれて草むらから姿をみせた。
秋の「夕やけ」は「なくむしたち」に出番をしらせると、前山に「黒いシルエット」を残して消えた。
「くつわむし」のガチャガチャは、せわしないが「えんまこおろぎ」のコロコロリー、「すずむし」のリーンリーン、「うまおい」のスイッチョン、「まつむし」のチンチロリン、「かんたん」のリューリュ、これに「きりぎりす」のギーチョンが加わって、山荘の「合唱団」の「演奏会」がはじまる。
秋の夜長は、静かに「のんびり」とにぎやかにふけていく。
「ほほ」にふれる夜風は、ひんやりとして気持ちがよい。
8月17日
地震のゆれは激しく、朝食の料理を作っているシェフをあわてさせた。
静岡県の一部は6度弱、森町は4度強。
このゆれは、今までに体験したことがなく、思わずガス台の手前のホースをつかんでいた。
「消火」「元セン」を閉める。次に何をすべきかと一瞬のパニックの中、目についたのが調理台から横に倒れた「ブランデイ」の瓶がころがりながら床におちる手前であったのを飛びついて無事「キャッチ」する。
この間、わずか1分弱、残り数秒で野球帽をかむり(なぜか…)、戸をあけて逃げ道を確保する。
ゆれている最中、ガラスの割れる音がしたので気になったり、山荘の宿泊棟のお客様の「安全」が心配になったのも数分間の短い時間の中であった。
幸いにして「山荘」ではガラス一枚割れず、被害はなかった。
「地震がいつ来てもおかしくない」と気にはしていたが、いざ「事」がおきると、自分の動き(行動)の中では、あまりきちんとした「マニュアル」は全く出来ていないことに気がつき、反省をする今回の体験であった。
静岡震度6度弱のニュースは世界中に伝えられた。
おかげで「見舞い」の「メール」や電話が、国内そして遠く外国からもたくさんいただいたのである。
シェフは元気で今朝も朝食づくりをガンバッテいます。……
8月4日
「つゆ」があけた朝、気持ちのよい風をうけながら、ベランダでモーニング・コーヒーをのむ。
桜の木の「テッペン」で、ビーリーリーチチン・ジジッと「オオルリ」がなく。
杉林の方からは「サンコウチョウ」の美しいなき声が聞える。残念ながら姿は見えない……
ひんやりとした山の空気のおいしさは、なによりの「ゴチソウ…」だ。
茶畑の「コジケイ」も「つゆあけ」を喜んでいるのか「あまり」さわがない。
静かな、静かな、山里の朝は「バードウォッチング」で時間がとまる。
7月29日
大雨による被害が各地でおきている。
「つゆ」あけの予報はどうなったのかな… …
山荘は、毎日が深い「キリの中」… …
1分毎に変化する「山の景色」は、おとづれる方には「めづらしい」らしく、さかんにカメラにおさめている。
キリの中の空気は「しめっては」いるが「ひんやり」としていて心地よいので…
「空気がおいしい」といって深呼吸なさる方もおられる。
さて、この「キリ」の中で元気なのが「カラスのカン太郎一家」……いつのまにか6羽のファミリーになっている。
「ゴッドファーザー」らしき「カン太郎」の号令で規律正しい行動をしている。
ひところの「なわばり争い」もなく、今は「平和」なようだ。
したがって彼らの「車のミラー」への体あたり「コウゲキ」はない。
山荘のまわりは「虫たち」にとっても住みよいのだろう。
「キリ」の中で「ホトトギス」「ウグイス」「ホホジロ」「ひぐらし」にまざり、「すず虫」の声も聞えている。
山の中の空気は「それぞれの命あるものに」心地良さを与えてくれているのだ。
「夏休み」に入った「子ら」も、この中に加わってますます「にぎやか」になる。
そのときは「つゆ」も終わりだ。
7月21日
「つゆ」の終わり
たくさんの雨水により木々は濃い緑の葉となり、風にゆれている。
山の風は実にさわやかで気持ちがよい。
とくに朝の空気は格別だ。
夜中に冷やされているので「ひんやり」として木々の香りがついて「おいしい」のです。
山の中で自然を「ひとりじめ」にして、気分は最高…
小鳥たちの朝は早い
朝、まだ暗いうちからホトトギスが「トボケタ」声を出し、この声にうながされて「ひぐらし」が「のんびり」とした声で「友をよぶ」…
7月13日
たっぷりと降った雨は、午後にはあがり、雨水をきらっていた小鳥たちが雑木林にもどってきた。
4〜5羽の仲間で行動している「四十カラ」は、動きが早く、元気いっぱいで見ていても気持がよい。
とつぜんグループの中の1羽が大きく、バウンドするように飛んで止まった「木」は花が咲きはじめた「ねむの木」である。
ピンクとムラサキ色で染められた花は、上質の毛筆のようでやわらかい。
坂道に落ちている花を部屋に持ち帰り、タウンページではさんで「押し花」にする。
「ねむの木」が三倉川の岸辺いっぱいに咲くが、花としては地味なのであまり目立たない。
雨期の終わりと共に忘れられてしまい、そして夏をむかえる。
7月3日
杉林の前にある受水タンクについているハシゴの「てっぺん」に動くものを発見する。
バードウォッチング用の望遠鏡で見ると、若い「トビ」である。
夜明け前から「ピーヨ」「ピーヨ」とないていたのがこの鳥だった。
上空を旋回しているのは見たことがあるが、それの「コドモ…」だろう。
まだ「クチバシ」は黄色く、全身が「モヤッとした」羽毛でおおわれているため猛禽らしさはない。
まわりには、たくさんの小鳥たちがあそんでいるが「トビ」は気にはしていない。
親ばなれをした彼はこれからトレーニングをして強くなっていくのであろう。
ピイーヒヨロ ヒヨロ ヒヨロと旋回をする日も近い。
そのときは「つゆ」も終る。
6月24日
昨夜から降り続いた雨で「あじさい」の花がついに「ダウン」した。
太い「くき」に守られて、多少の雨水をかぶっても平気であったが、花が開ききった大輪の重さはかなりきつかったようだ。
美しく咲いて、今年も楽しませてくれた「あじさい」の花に感謝をしながら横たわっている枝から切りはなして「水鉢」・・・バケツにうかべる。・・・バケツでは「花」に対して申し訳ないので、来年には「水鉢」を用意しておこう。
「つゆ」の季節の楽しみは景色を変化させる「キリ」の芸術である。
正面の茶畑のバックに見えかくれする「たまの木」がなんともすばらしい。
「幻想的」な「キリ」のカーテンの中から聞こえてくる「ウグイス」の谷渡りは、その音色にみがきがかかり、山荘のBGM係を受けをってくれる。
自然は美しくすばらしい。
「あじさい」の花に別れを告げて、「子らのあそぶ」「花火」の季節が近づいてくる。
6月15日
「くちなしの花」の香りが、風にのって谷に消えた。
「にをい」からはとても想像がつかない地味な形をしている「白い花」は黄色く色づいたときが強い香水のような「にをい」をふりまく。
―レストランの入口の横を通り、ベランダに向う―
「この白い花」の木が、一番目立つのも「つゆ」のこの時期だ。
この数年間で大きく成長していたのであるが「花」が咲かなければ気がつかないでいた。
強い「花の香り」がジャマをして部屋の中には飾れないが、そっと「ベランダ」の横で咲いているので、自然の中では気にならない。
気がついたら満開になっていたのです。
「時計草」がえんりょがちに枝にからみついている。この花もさらに地味だ。
6月8日
「ユリの根」は、「いのししのえさ」になってしまった。
季節をむかえると「山荘」のまわりは、たくさんの「ユリの花」でにぎやかであった。
「笹ゆり」「山ゆり」「高砂ゆり」の順で咲いて、「ゆりの山荘」にしても美しさが自慢であった。
ところが「冬の夜」続けて「いのしし」の集団にやられてしまった。
彼らにしてみれば…「土」の中で「春を待つ」「根」は最高の「ごちそうである」
枯れ葉でうづもれて見えなくとも、得意の嗅覚で探しあて、食べるのであるから「根こそぎ」の荒わざである。
しかし、「食べのこし」があって「笹ゆり」は1本だけ勝ちほこったように咲いている。
急勾配のところなので、さすがの「悪太郎」も近づけなかったようだ。
「笹ゆり」が1本だけ風にゆれているのも「いいもんだ」
今年も「笹ゆり」が咲きました。
6月1日
早朝、まわりの静けさに遠慮してか「コジュケイ」の声が規律正しく聞こえる。
昼間は、茶畑の中で驚いたような声でなき続けるのであるが、さすがに静かな時間は心得ているようだ。
ほほじろの「さえずり」は、リズム感があって聞きやすい。ときおり「ピチ、ピチ」という音階が入るが、これは彼の本当の「なき声」だろう。
「めじろ」は集団で目がさめたようで、「ねぐら」の杉林の中で「ミーティング」の最中だ。「ノド」の奥で「ころがす」ような声を出し合っている。
「みんな起きたかい」
「今朝は雨あがりなので水は「あっち」の方がおいしいよ」 ……
「レストランの前の「くわの実」も色づいたので食べごろだよ」 ……
「遊ぶのなら『キリの花』をつついておとすとくるくるとまわって落ちていくので面白いぜ」
山の中のニュースはこうしてみんなに伝わっていく。
笹ゆりが「一本だけ」坂道に咲いた。 「あじさい」がしばらくのあいだ楽しませてくれる。
5月22日
レストランのまわりの坂道に「タンポポ」と入れ替えに咲いた「あざみの花」は、寿命はながい。
「ムラサキ色」一色の花は、「つぼみ」のときも地味だが開花しても、あまり目立たない。
この時期は、たくさんの花が先を争うように咲くので目立たぬ花はさらに地味になる。
それでも「人の目」にふれるのは群れをなして咲いているからだ。
一ヶ所に数百本が、大小「バラバラ」に並んでいるので、まとめて見るようになる。
横の地面には「クローバー」が広がっていて、その中に「シロツメクサ」が元気に咲いている。バランスのよい絵画をみるようだ。
自然のよさは、こちらが気のつかないうちに、花が咲き、散り、そして次の花の命が育っていることだろう。「なにげなしに」………「そっと」………
それにしても「うぐいす」の谷渡りは、聞いていてもその「声」が美しい。
息が続くかぎりの連続の「なき声」は、芸術的である。
「なきくらべ」になるので、「相手より」自分の方が「よい声」なのだと「じまん」をしている。
しかし、それが「いやらしさ」に感じないのは、まわりが…舞台(ステージ)が自然の山の中だからだろう。 「あざみ」も「クローバー」も「シロツメクサ」も聞きほれている。
5月13日
数羽の「ひよどり」が、ベランダ横の桜の大木で「たわむれている」。
動きからみても若い連中だ。
「じゃれあい」の中に遊びが加わり、楽しくて仕方がないようなにぎやかさである。
その姿を目で追いながら新茶をのむ。
「うーん、香りといい、味といい最高だ」
ひとりごちながらムードに酔う……
この「お茶」は前方に見える山を二つ越えていった「村の銘茶である」。
毎年この季節に届けてくださる。
ありがたいことです。口福(しあわせ)です。
新茶なれど味に深みがあって、実においしい。
この村には、私の大好きな川がある。
川岸には自然がいっぱいあって、流れる水の清らかさは云うまでもなく、川遊びと川釣りには最高である。
夏休み中は人で「あふれる」が、一ヶ月我慢をすれば、またもとの静かな村になる。
この村の人たちは川を大切にしているので、川を利用する人に「きちんとした川遊びのマナー」を教えている。
その結果「どんなにたくさんの人が来ても」帰った後は「きれいに」なっていて、もとの美しい川になっているのである。
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この愛する村に残念なことがおきてしまった。
市、町、村の合併により、「市」の名前がついてしまったので、「がっかり……」である。
新住所には自然のイメージが感じられず、地名を……もう少し大事に扱ってもらいたいものだ。
「そうだ。そうだ……」と近くの枝にとまった「ひよどり」が首をひねりながら声をかけてきた。
彼も「村の川岸」の美しさを知っているのだろう。
「キミ」ものむかえ、……新茶を………
5月1日
ゴールデンウィークの「開始ゴング」は、雑木林の中で働く「キツツキ、三太」の「虫とり儀式」ではじまった。
彼が「ねらった立ち木」は、枯れ始めているので「ツツキ」やすいのだろう。小気味よい音が山に「コダマ」する。
立ち場の悪い場所で「木」にしがみつきながら、全身の「力」チカラ…を出し切って「つかまえる」「ごちそう」…は、さぞやおいしいことだろう。
ボ・ナ・プチ …召し上がれ……
こんなバード・ウォッチングができる山道を歩くと、木々の若葉が「ますます青さを増している」濃くなった色は「こぼれび」を「あびる」と、目がいたくなるほどだ。
このあたりには「笹ゆり」が咲くのだが、この花の開花も楽しみである。
「お休みを利用して」御来荘くださる方たちのお料理の素材もそろいました。
さあ、調理場にもどろう……
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茶畑を見る。 |
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雨に濡れて、 |
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山荘の登り口に咲きました。 |
4月29日
たっぷりの水をたくわえた水田で小さな稲の苗が顔を出している。
その成長ぶりは早く、大きさを争っているようで頼もしく見える。
夜になると「カエル」の声がにぎやかだが、昼間は見えないので「なき声」だけのおつきあいである。
「山荘」の朝は、「うぐいす」の声で一日が始まる。
遠く、近く。聞えるなき声は静かに、そして、しっかりとしたメロディーを聞かせてくれる。
次にやってくる「四十ガラ」や「メジロ」は群れで来て、なき声ではなく話しあっているように聞える。
小鳥たちが去ったあとに朝日が、前の山から順におしよせるようにやってくる。
太陽を受けた青葉はまぶしくて、目を細めてながめる。
これは今の季節ならではの体感である。
思い切り深呼吸をすると、若葉の香りが冷めたくシェークされた「空気」の「カタマリ」となって体内にとび込んでくる。
このエネルギーが今日一日を元気にさせてくれる。
4月14日
気持ちのよい風がベランダの横を通る。この風に乗って、桜の花ビラがヒラヒラと舞う。
やがて、動きの止まったときに「さくらの花」の役目は終わる。
桜の木の根元には、黄色い花のタンポポがいっせいに顔を出してごあいさつ…。
「桜の花」に気をとられているうちに、山荘のまわりの木々は「やわらかい若葉」をつけている。若葉が新緑、深緑へとうつりかわり、人々を楽しませてくれる。
先頭をきった「白い花」をつけた「なんじゃもんじゃ」の「木」が、名前のついた由来のごとく、「あれはなんじゃい」と云われながら風にゆれている。
4月6日
山荘の「さくら」は、一部開花してからの数日、寒い日が続き「つぼみ」のままであったが、昨日のあたたかい「春日和」で、わずか一日にして満開になった。明け方に降った「小雨」がよい「おしめり」となったようだ。
この「さくらの木」は樹齢「60年」と聞く。名古屋の植木屋の親方が2年がかりで手入れをしてくれたおかげですっかり若返りをしたようだ。
元気をとりもどした枝の先が「ぴーん」とはねているのがわかる。新しい「生命」が美しい花を咲かせて、わずか数日間であるが、人々に「美しい花」のプレゼントをして終わる。
人々の話題は、「山菜」の味覚へと移っていく。
4月2日
夜、9時すぎ上弦の月が前山のシルエットをかすかに照らす。今夜も寒い。
ベランダの桜の大木は、二分咲きになってから開花をやめてしまった。
昨年の桜はすばらしかったが、今年はこの様子だと少しばかり心配だ。
北海道の方では雪がちらついているようだ。その影響からか、上空はつめたい風がきているようだ。
とまどっているのは「桜」ばかりではない。
「うぐいす」の美声も聞こえてこない。
「コジュケイ」のヤケッパチな鳴き声だけが茶畑の中から聞こえてくる。
「桜の名所」小国神社、大洞院、太田川の岸辺もまだのようだ。 ベランダに座って「桜」を見上げながらの「コーヒータイム」を楽しむのも、あと数日待たねばならない。
3月24日
山荘のまわりがにぎやかだ。
山桜が一番のり、次に「ミヤマキリシマ」。足元に咲く「スイセン」の花は、満開が終わり冬から春へのバトンタッチを無事はたしてくれた。
山荘の名物、桜の大木は昨日のあたたかさに夕方までに10数ヶの花が待ちきれずに「つぼみ」が「ハジケタ」。
今朝は寒いくらいなので、昼の太陽にどのくらいの「つぼみ」がタイミングをあわせられるかな・・・
「うぐいす」は朝のめざめをうながして「カスタマ」をよろこばしてくれる。
ときおりせわしなく声をだす「コジュケイ」にびっくりして、母親にかけよるお子さまもいて、いよいよ全てが動き出した感じがする。
山菜による「朝食づくり」も楽しみが倍加するので、料理人としてのうれしい毎日となる。
3月6日
「なきましたね」…が今朝のあいさつ。
うぐいすの第一声を聞いたのが3日前…
日本中が寒さにふるえ、3月の雪にとまどった日であった。
山荘から見える樹齢150年の「たまの木」の方から聞えてきた。
この近くには「モモの木」があり、今満開に咲いている。
この花の中に入る前の「カンゲキ」のひとなきだったのだろう。久しぶりのなき声は、まだ慣れぬ音階を聞くようで、くぐもっていたが「初音」の役目は立派にはたしていた。
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玄関横の「スイセン」の花は静かにそっと咲いた。
「みつまたの木」の花は、まばらだがつぼみが黄色く色づいてきた。 「ミヤマキリシマ」のつぼみは、はちきれんばかりにふくらんでいる。
もうすぐ、あざやかな色での出番となる。
2月27日
まわりの景色は変わっていないが、木々の枝先が少しずつ太陽の方向に動きはじめた。
これを待ちわびていたように小鳥たちがやってきた。
枝から枝へとすばやい動きで「えさ」をついばんでいるのは「シジュウカラ」。その動きに木の主(ぬし)の「ジョービタキ」もだまって見逃している。
ゆっくりとした動きで枝先をつついているのは「ヤマガラ」だ。単独行動でのんびりとしている。
「メジロ」も数羽いるが、動きが早いので数えることが出来ない。からだを一回転させての器用な「えさとり」である。
小鳥たちの動きは活発だが、「なき声」はまだ聞こえない。聞き耳をたてると「つぶやき」程度の「声」は出しているようだ。
季節風がおちつくと「静かになった」山里に仲間たちはもどってきた。
それぞれの「美声」を聞かせる日も近い。
2月14日
エスコフィエ協会の総会と料理コンクールの大会が、スイスのジュネーブで開催される。
この総会に、日本エスコフィエ協会の会長代理として出席のため渡欧する。
(詳しくは日本エスコフィエ協会のホームページをご覧ください)
日本エスコフィエ協会の会員のための研修センターになっている「三鞍の山荘」は、シェフが留守のため、12日間の休みをとらせていただきました。
(2月14日より平常通り営業しております)
料理コンクールへ参加する選手は、日本でのコンクールで優勝した26才の若いエースコック、吉本選手(インターコンチネンタルホテル勤務)がプロの部に出場する。
(エスコフィエの弟子たちの国際料理コンクールは、プロの部と青年の部がある)
エスコフィエ協会の本部は、フランスのニースの近くにあるヴェルヌーベ村にあり、エスコフィエの生誕の家が、料理の博物館になっている。
総会とコンクールは、一年ごとに本部のフランスと、支部のある国で行われることになっている。
今年はスイス、ジュネーブで開催された。
結果は、 1位 スイス 2位 フランス 3位 イギリス 4位 日本
スイスは、青年の部も1位となる。
開催国のスイスに地の利があるが、二つの優勝に心から拍手をおくる。
表彰式のあとに行われた「ガラ・ディナー」は、「エスコフィエの料理の継承と進歩」のための協会にふさわしい料理内容であった。
そのメニューの中の一部を、今後山荘のお食事の中で再現するつもりです。
2月2日
寒さにふるえることもなかったので、一日中降った雨に感謝する。
この雨に「さそわれてか」「コジュケイ」が、まだなきなれぬ声でないている。
「コジュケイ」の声が山里に「こだま」するのは、もう少し待たねばならぬが・・・・・
冬の間、彼らはどこに行っていたのだろう、問いても答えてはくれないが・・・・・
時期がくると、どこからともなくやってきて、山の季節に加わっていく。
けっして美声ではなく、「さけび声」に近い「コジュケイ」のなき声は、少しずつ芽吹く梅の木の方から聞こえてくる。
用心深いので、けっして姿を見せない・・・・・
「コチャコイ、コチャコイ・・・・・」と仲間をよんでいる。
たっぷりと降った雨は、木や草や動物たちへの、自然からの「おくりもの」である。
1月26日
昨夜から朝にかけて、おしめり程度の雨が降る。
少しの雨でも木々は、生きかえったように枝先をぴんとはねて反応をみせる。
雨のある日は暖かいが、北風がふくと急に寒い一日となる。
この風をきらっているのは「みつまた」の3本の木を「なわばり」にしている「ジョービタキ」。
暖かい日は要注意だ。
カラフルな尾を、上、下に動かして近くに駐車しているシェフの「車」のミラーめがけて体当りをする。
自分がミラーの中にうつると「仲間がいる」と思うのだろう。
そのとき必ず「フン」をひっかけるのでミラーからドアにかけてが大変だぁ‥‥‥
これをさけるには、ビニール袋をミラーにかけておけばよいのだが、ついうっかりと忘れてしまうのである。
「コノヤロー」と手をふりあげて追いかけるが「ピィ‥‥」と一声ないて「低空飛行」をして、桜の大木の枝にとびうつっていく。
シャクにさわるがどうしようもない。
木の実でも食べたのであろう、「ジュース」のような「フン」を水で流しながら「今度やったら「ヤキトリ」にしてしまうぞ」‥‥‥と大声でどなってみるが相手には通じる様子はない。
上空には雨雲があるので、もう少し降るかも知れない。
1月19日
冬、丸ハダカになった雑木林は、急勾配の上の方まで、よく見通せる。
このところ雨が降らないので落ち葉は、カラ、カラにかわいている。
身軽なので少しの風でもふぁっと舞いあがって飛んでいく。
数枚の落ち葉が仲間をさそって飛ぶと、落ち葉の「ボール」ができる。
このときは、静かな林の中がにぎやかだ。
風がやむと静かになる。
カサっカサっと落ち葉をふむ小さな足音がする。姿が見えないのでわからないが小鳥が落ち葉でかくれた木の実でもさがしているのだろう。
冬の木々は、風で動かされぬかぎり、静かなねむりにはいっている。
1月7日
前山の山頂あたりに朝陽がさしはじめると、山荘の朝食タイムになる。
昨年中は幾つかのマスコミに紹介されて、いつのまにか「朝食のうまい宿」として評判になった。
本来、フランス料理が本職であるシェフとしては、和食・洋食のバイキングスタイルの料理はどちらかというと「ついでに作る料理」として、自分の気持ちの中では「趣味…」みたいなもので遊びである。「趣味」で作るので、材料さえあればアイデアとおふくろに食べさせてもらった味を思い出し、懐かしさも加わってメニューの数が自然と増えていくのである。
旬の野菜を運用するのは、やはり「おふくろの味」が一番つくりやすい。
大晦日の「年越しそば」…「きのこの味」でさっぱりと作る。元旦の日だけしか献立に載らない「黒豆」と「レンコンのシロップ煮」は、自分でも満足する出来ばえであった。
毎日作るものではないので「おいしく仕上がる」と嬉しくなり、調理場の中でスキップをふむ。料理を楽しんで作り、その料理を「おいしそう」に召し上がる「お客様」を「カーテン」のすき間から眺めるのも料理人しか味わえない「ヒミツ」のよろこびである。
「シェフ、いつまでも元気でこの料理を作り続けてね」…と、お帰りの際のひとことがうれしく、今年も「ガンバルゾ」と誓うのである。
三鞍の山荘
今井克宏