きちんと本を読む事から遠ざかっていたが、何気に手にした宮尾登美子の「菊亭八百善の人々」を一気に読んだ。文庫本で661頁の長編。この本いつごろ買ったのかも覚えていない。濫読、積読のひと頃のものなので、ただ、読んだと言うだけで内容はほとんど覚えていなかった。と言うより、年を経て、小説の内容がようやく理解出来るようになったのかもしれない。

いつだったか、通販カタログで高級料亭「八百善」のお料理が掲載されていたがその時はへえ〜と思っただけで過ぎてしまった。その時までこの小説と同じ名前の 店が実在した事を知らなかった。作者のあとがきや解説を読みやはりあの通 販の店の事だったのだと確認できた。

江戸時代から続いた店の歴史の中の昭和26年頃から昭和34年頃までの「八百善」を舞台に、八代目の舅、姑に仕え、代々「八百善」に勤める使用人達や、その家族店の客等の様々な人生と共に織り成す大きな流れを主人公(汀子)の目を通 して描かれている。単に義理人情の世界の小説では無く、江戸料理の栄枯盛衰と「八百善」の歴史とが重なり、複雑で奥深い小説であると思う。小説では主人公の汀子とその亭主が、店の経営の失敗から、粋をこらした店を売却し、九代目を名乗る事を父親から拒否され、新しい道を探すべく、再出発に向かう所で終わっている。江戸料理に拘り、連綿と守り続けてきた店の格式に拘り、それ故いつしか時代の流れの外側を歩いている。料理の世界に限らず、又どの様な時代であっても機を見る事の重要ではあるが、また同時に決してそれが全てでも無いとも思えるのだが。
単に本の中の物語と、いつもの様に読み捨てに出来ない様々の事を感じた。実在した店であるという事、小説では襲名を拒否された九代目を経て、現在は十代目の方が活躍されている事実が、更に小説を越え現実感を帯びて感じられた。昨年3月にNHKでドラマ放映があったらしい。私は見逃したけれど残念とは全く思わない。 脚色されたドラマより原作を読む事に勝るものは無いと思うから

 



 

「槐」  内山 紀美  

 

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