「ちりとてちん」? 実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。

さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

 Back Number 56〜60

「ディープなベルギー、その2」

 清八でございます。
 エピファニーの南竹シェフご紹介の「INADA」さんに行ってきました。このフレンチ・レストランは、「地球の歩き方」に「日本からベルギーに修業に来るフランス料理人の目標がこのイナダ氏」と紹介されています。宿泊したホテル・アミーゴからタクシーで約15分、ブリュッセルの南方向のルイーズ広場南側まで向かいました。ところが、タクシーの運転手が道不案内で、交差点で停まるたびに地図を見るような具合でした。それでも何とか予約してあった午後7時には店に入ることができました。ベルギー人のギャルソンに南竹シェフの名刺とエピファニーさんのホームページを預けると、厨房から稲田シェフが跳んできました。すでに日本語のメニューがあって、どれにしようか悩んでいたのですが、ワイン飲み放題シェフのおまかせコース、60ユーロ(約9000円)にしました。今回、シェフのご了承を得て、すべて撮影させていただきました。ちなみに、ワイン無しのコースは40ユーロとなっています。前述の日本語のメニューには、「鰻の蒲焼」もありました。

 さて、コースですが先ず、写真@「三種類のテリーヌ」が大皿で登場、写真A「マグロの刺身」はマスタードソースでいただきました。そして写真B「大きなラビオリ」と写真C「ホワイトアスパラガスと白身魚」、写真D「仔羊のロースト」と展開されたのですが、何と、モリーユ(あみがさ茸)が中央にのせられていたのはびっくりでした。この頃には、ワインは大きめのグラスに4杯目になっていたと思いますが、もう、満腹状態になっていました。ところが、デザートとして、写真Eの「チョコレートケーキ」を一口食べたとたん、お腹と意識がすっきりしてきたのです。シェフに伺うと、全く砂糖を使っていないので、という説明でした。

 こうして約3時間、シェフの説明を伺いながら楽しんだのですが、閉店後、近くのカフェに行こうと誘われました。前回説明しましたが、このカフェは「喫茶店」ではありません。ビールを飲ませる店です。しかも、朝4時までオープンしていて、ビールが1000種類以上あるとの話に乗ってしまいました。こうした想定外のお誘いになってしまったのは、「落語」なんです。お互いの自己紹介の中で、素人の「落語家」と伝えたところ、この稲田シェフも落語大好き人間で東京での修行時代、当時の寄席に通い楽屋にも遊びに行き、当時の落語家さんたちとも交流があり、今でもルーヴェン(ブリュッセルから車で約30分)のご自宅で奥様に内緒で聴いているとのことでした。この共通の話題であっという間に3時間過ぎてしまったのです。

 最後のお客様が帰られ、厨房の片付けが済んだのが11時過ぎでした。それからシェフの通勤車で約5分位の距離だったと思いますが、駐車スペースを探すのに10分位かかってしまったので、正確な場所はわかりません。州庁舎の近くの「Moeder Lambiek」という店に入店しました。たぶん、奥に1000種類以上のビールとグラスが置いてあったと思いますが、客席はカウンターとテーブル席で30席位、タトゥーを入れた、にぃにぃ(沖縄の言い方で、お兄ちゃんたち)とアンニュイな、ねぇねぇ(沖縄の言葉で、お姉ちゃんたち)がビールを飲んでカードゲームをしていました。言葉がわかりませんので、シェフに通訳していただき、頼んだのが写真Fのビールでした。「Affligem Paters Vat」「LAMORAL」「Guldenberg」など日本国内では入手できない銘柄をいただくことができました。こんな遅くまでオープンしているのは訳があって、例えば飲食業界で働いている人達が自分の店を片付けてからくつろぎに来るからです。にぃにぃやねぇねぇたちがたむろしているからといって、決して悪い雰囲気ではありませんでした。

 ベルギーでの飲酒制限は16歳なのですが、自動販売機はまったく無く、すべて対面売りです。アルコールを提供する店には、昼間であろうと、ファミリーであろうと、16歳未満は入店させません。さぁ、今の日本とどちらがいい、悪いなんでしょうか。

 こうして、ホテルに戻ったのが夜中の2時でした。稲田シェフ、本当に、ありがとうございました。おつかれさまでした。今回は、写真が多いので、このあたりで失礼致します。

 

「ディープなベルギー、その3」

清八でございます。

 前回の続きです。ブリュッセルの「INADA」の稲田シェフについて、ご紹介します。訪問前にエピファニーの南竹シェフから伺っていたのですが、寸座ビラのオープン当時の厨房スタッフとして来浜、その活躍ぶりは今でも逸話として語り継がれているそうです。ですから、この遠州地区とは縁のある方だったのです。30年ほど前、フランス料理研修の一員として全国レベルで選抜され、スイスのローザンヌへ渡られました。当時のフランスでは、まだ日本人を受け入れていただけなかったそうです。研修後、どうしてもフランス国内で修行を続けたかったとの事で、隣国のベルギーに留まり、現在の場所にオーナーシェフとして「INADA」をオープン、現在に至っているとのことでした。

 日本人が多く暮らしている地域だけあって、日本大使館職員、商社員の奥様対象の料理教室、ケータリングサービスも大評判なのだそうです。今回は、「マグロの刺身」をいただきましたが、次回は「鰻の蒲焼」を注文してみようと思います。前回、書きましたように大の落語・噺家好きで、連休前にお亡くなりになられた三遊亭円弥師匠の訃報をご存知でした。来年以降、落語・噺家の最新情報を持って定期的に来店することを約束してしまいました。実は、この日、ホテル着が深夜2時だった為、翌日以降の予定を変更せざるをえず、裏を返す(二度目の訪問)事ができなかったのです。帰国後、直ちに落語・噺家さんのホームページ、ダウンロードできるURLを連絡させていただきました。(写 真@)

 さて、翌日、5月4日の行動です。昨夜の就寝時間から考えても、朝食抜きで遅めにホテルを出ました。成田を出発する時の予定では、ブリュージュへ行くつもりだったのですが、現地での情報とブリュッセル空港でのあまりの日本人の多さで、ゲントに変更しました。

 この街は、ブリュッセルとブリュージュの中間にあり、国鉄でゲント・セント・ピータース駅までは、約40分でした。ゲントは東フランダース州の州都で学園都市です。2つの中世の城、19の博物館、5つの修道院、400の記念建造物が残されている旧市街が有名です。駅からトラム(路面 電車)に乗り、中心部まで約10分でした。この街も水路が重要な交通 経路となっていますので、さっそく水路ボートに乗り込みました(写 真A)。 確かにブリュージュのように日本人団体観光客が少ない為、全体に落ち着いた雰囲気でした。

 ボートを降りて、さっそく昼食です。探している時間がもったいない為、この船着場にある「シェ・レオンティン」にしました。ゲントの名物料理は「フランドル風カルボナード(牛バラ肉のビール煮込み)」(写 真B)と「ゲント風ワーテルゾーイ(鶏肉の入ったクリームシチュー)」(写 真C)なんです。これらの写真で、どんなに量が多いかイメージしていただけると思います。ビアグラスの横にあるのが「フリッツ」(フライドポテト)なんですが、これもとんでもない量 でした。ビールは隣接の「水辺亭」が姉妹店の為、お隣のビールリストからでもOKだそうです。昼食後は、中世の屋内肉市場と魚市場(現在はレストラン)を見学、今回の目的の一つを探しに行きました。

 成田へ向かう前日にインターネットで、ゲント市内に日本人とベルギー人ご夫妻が経営されているB&B(ベット&ブレックファースト)があって、全く日本語で大丈夫だという事がわかったのです。そこで、ホームページを参考に探すことにしたのです。ゲントの一番のメインの建物セント・バーフス大聖堂の近くで、すぐ見つかりました。写 真Dなんですが、1880年代に建てられたギルドハウスで地上5階、地下1階の建物でした。一階にテイクアウトのお寿司屋さんがありました。値段は一人前8貫で12ユーロ(約1700円)ですから少し高目でしょうか。ベジタリアン向きには、アスパラ握りなんてのもありました。調べてみたら、国際結婚されて、このようなB&Bとか、現地案内をされているツーリストが増えているので、次回は利用してみようと思いました。ゲントでは、ブリュージュに次ぐ観光都市として日本人の誘客を図っていくのだそうです。

 それでは、次回までおつかれさまでした。

 

「ディープなベルギー、その4」

 清八でございます。

 前回の続きです。5月5日の行動です。 この日は、フランドル地方のオステンドに出掛けました。

 ベルギー最大のリゾート地であり18世紀にはベルギー最大の貿易港として栄えていたオステンドへは国鉄で、ブリュッセル中央駅から1時間半、ブリュージュからは13分の距離です。港からはドーバー海峡を渡ってイギリスと往復するフェリーや北欧を巡る大型客船が見られます。駅を出ると、ヨット、ボート、そして潮の香りが漂ってきて北海に面 していることがよくわかりました。駅(写真1)から歩いて5分で砂浜(写真2)へ出ました。この砂浜への歩道には魚介類のサラダとスープを売っている屋台がたくさんあって、食べ歩いている観光客が見かけられました。

 さて、この砂浜ですが細かな白い砂で貝殻や小石がまったく無く、裸足で歩き回っても痛くありませんでした。大通りには高級ホテルや高級レストラン、リゾートマンションが立ち並び、夏になると大勢の海水浴客で満室状態になるんだそうです。もっとも、北欧のリゾート地と同様、こちらの海水浴は本当に「海水浴」なんです。日光浴をして一日に何度か海水に浸かることで皮膚の新陳代謝を高め、清潔な状態にする目的なんです。その為、今では当然、水着着用ですが水着着用でなかった時代もあったそうです。

 ここでのメイン料理は、当然、魚介類です。舌ヒラメやタラ、鮭のグリル、生牡蠣、魚貝のスープなど道に面 したレストランで食されている観光客の多くが注文されていました。日本のレストランで出される魚の倍の大きさで、テーブルマナー教室で教えられた作法どおりだと多分口に入るのに時間がかかるのでは?余分な事を考えてしまいました。

 毎日、ヘビーな食生活を続けていましたので昼食は軽めにしました。ベルギー料理の代表的な前菜である「小エビのサラダ」と「スモークサーモン」(写真3)とビールです。前回も書きましたが、付け合せのフリッツは一つにしてもらいました。写真からご想像していただければ、どれだけの量なのか、お分かりいただけると思います。

 食後は、高級ホテル街の裏側を街角ウォッチングしながら駅へ戻り、砂浜とは反対側の水路に停泊させている帆船を見学しました。この帆船は、かつてベルギー貿易海軍の訓練船として使われていた3本マストの外洋船で、海洋博物館「メルカトール」(写真4)となっているのです。(メルカトール地図、記憶にありませんか)

 さて、このオステンドは夏場、パリやブリュッセルよりも気温が10度近く低い為、避暑地であったり画家のアトリエが多かったそうです。画家ジェームス・アンソール生誕の町でもある為、アトリエとして使われていた家も残されています。さすがにこの土地までは日本人観光客の姿は無く、フランス語圏のリゾート地でした。ご興味のある方は、ぜひお出かけ下さいませ。

 ブリュッセルのホテルに戻ると、もう晩ご飯の心配となりました。結局、昨晩も行ったグルメ通りの「シェ・レオン」に入店、「ムール貝のガーリックバター焼き」(写真5)と「フランドル風アスパラガス」(写真6)とビールにしました。どちらもベルギー料理の定番なんです。いつもならこれでホテルへ戻るのですが、今晩が今回最後のブリュッセルの夜なので 街角ウォッチングをしながら、街角の店で「チョコレートワッフル」(写真7)を買ってしまったのですが、このチョコレートの旨かったこと、これは確かにデザートになると思いました。

 こうして、翌6日には来た時と逆のコースで、ブリュッセルからヒースロー空港へ移動、 空港内の移動と二度の税関チェックで搭乗口に着いたのが離陸予定10分前、ようやく乗り込んだのですが、満席状態なのに予定時間になっても離陸しません。どうして?と思っていたら、乗り込んできました、ある一団が。ガレージセールのゴリさんとテレビ・クルーの一団でした。同じ列だったので、何となく聞こえてくる会話の様子から、スタイリストのねぇねぇの金属ベルトが金属検知器に何度も反応してしまい別室で調べられた為、という理由がわかりました。(この、ねぇねぇは日本人のフライトアテンダントが食事を運ぶ際、「お肉にしますか、お魚にしますか」という問いかけに、「わたし、オムレツ」と言って困らせていたようです。)連休明けに放映されたスペイン・ロケの帰りらしく持ち込みのスペイン・ワインをずっと飲んでいました。

 以上、たいへん長いベルギー・レポートでございました。ベルギー・ビールについてのご質問がありましたら、わかる範囲でお答えできますので、ご興味のある方はどうぞ。

 

「落語のネタ帳、その13」

 清八でございます。
 長くベルギーの話を書かせていただきましたので、久しぶりに噺家に戻ります。

 「武士の商法」という死語があります。明治維新によりお侍が士族と身分を変えられ、奉還金を元手に様々な仕事に手を出します。それまでが頭を下げたことのない方々ですし、世間知らずですから、今で言うブローカー・プランナー・コンサルタントに騙されて失敗して丸裸にされてしまいます。その時代にも庶民(これも死語になっているようですが)が言い出した悪口なんだそうです。

 大きなお屋敷に暮らしておりましたお侍、奉還金をいただいて悠々自適の生活に変わった のですが、毎日毎日退屈でしょうがありません。そこで、何か商売でもと、以前から出入りしていた鰻割きの職人を呼び「鰻屋」を開業することにしました。ところが、この職人が酒乱でこれまでにも度々トラブルメーカーで困っていた職人でした。そこで、オーナーはこの 板前に「酒を絶つ」という条件提示で契約しました。ところが、オープン初日の片付け後に うっかり呑ませてしまい、結果、一杯が二杯、三杯となってしまい旦那や客の悪口で大喧嘩、飛び出してしまいました。翌日、心配していると「昨夜は申し訳ない。もう二度と呑みません」と仕事に戻りました。ところが、仕事が終わると、一杯が二杯、三杯の連日連夜の酒乱状態。とうとう、仏の顔も三度、縁切りとなってしまいます。

 お店の方はといいますと、この職人の腕が良かったものですから、オープン初日のリピーターさんたちが連日押しかけております。「中串を三人前ばかり頼む」と言って二階の座敷に二人連れが上がってしまいました。さぁ、困ったのがこのお侍、今日は職人が居なくてできないとは言えませんので、自ら手を出すしかありません。

 鰻の桶に手を入れて掴もうとしますが、「この鰻は、この首が急所であるから、この親指と人差し指で、………、と逃げてしまうであろう。他の鰻が安心をしているところを見すかして、………、と逃げてしまうであろう。では、卑怯ではあるがうしろの方から急所を、………、と逃げてしまうであろう」
「旦那様、つかまらないではございませんか」「うるさい。ザルを持ってまいれ。よいか、こちらから追うぞ。よいか、そのほうがザルに入れよ。やっと、入ったな。それでは、いよいよ料理にかかるぞ。しかしながら、ヌルヌル抜けてしまって、 まな板に移せないではないか」「あの、旦那様」「何じゃ」「漬物に使っております糠を振りかければ」「よい知恵ではないか。糠をかけて、それ、まだヌルヌルして抜けてしまうな。かようにいたそう。拙者が鰻をつかむ。抜けて頭を出したところに、そのほうがすりこ木で頭をポカとやれ」「いざ、いざ、よいか、それ、ここじゃ。あっ!痛い。拙者の頭じゃ」やっとの事で、まな板に乗せましたが、「その錐を持ってまいれ。その錐を。頭に打て、頭に。拙者の頭ではない。………、仕留めた、仕留めた。包丁を持ってまいれ。この首のところに包丁を入れて、あっ、首が取れてしまった。首などは、どうでもよい。この腹を裂かんとな。あっ、逃げた、逃げた、頭の無い鰻が逃げた。(手で鰻を掴んでいるイメージです。握った指の間からヌルヌル抜け出して上へ上へ)「これ、その踏み台を持ってまいれ、踏み台を」(手を前に向けると、今度は前へヌルヌルと)「これ、そこの戸を開けなさい、戸を。履物を出さんか、履物を」「旦那様、鰻を持ってどちらへおでかけになるんでございます」「拙者にわかるか、前にまわって鰻に聞け」

 夏場の寄席では、毎日のように演じられる「素人鰻」という落語なのですが、動き・しぐさはイメージ願います。

 さて、お亡くなりになられた杉浦日向子さんの著作にあったのですが、鰻屋というのは、江戸時代はデートの場所になっていたんだそうです。当然、注文してから鰻を割いて焼くわけですから一時間はかかります。店の人が、離れのお座敷に熱燗とつまみを置いていって出来上がりまでは誰も声をかけない、というシステムであったそうです。ですから、当時は女の子から「鰻屋に行こう」と誘われたら、男の子はドキドキしたんだそうです。しかも、男の子からは誘ってはいけなかったそうで、当時の方が進んでいたのかもしれませんね。

 

「人に教えたくない店、その1…続き」

 清八でございます。
 このコラムの51回目でご紹介させていただきました、高山市久々野の「坂本酒店」に行ってきました。もう二十年以上のお付き合いになるのですが、拙宅で年三回ほど企画・実施しております「わいわいワイン会」のワインを購入しているお店なんです。

 下呂市から高山市方面へ約1時間走行し、アルコピアスキー場交差点を右折すると、正面にアルザス地方の建物があります。大きな看板を付けていないので、初めての方は通り過ぎてしまい、お店に電話を掛けて再確認するといった場所にあります。

 どうしてこのような建物なのに酒店なのか?それは、今年の4月14日にリニューアルオープンされたからなのです。その理由として、店長自ら選んだワインやベルギービール、そして肴としてのチーズをテイスティングできるルーム、「わいわいワイン会」の常設会場(写真1)を自前で創ってしまったのです。リニューアルのご連絡は4月以前にいただいていたのですが、遅ればせながらお祝いに伺ったというわけです。

 今回伺ったのは、もう一つの理由がありました。それは、9月22日(金)から24日(日)にベルギー・ビールの「レフ・ブラウンの生ビール」(写真2)を中部地方で初めて販売されたからなんです。このビールは、5月の連休に四度目のベルギー・ツアーをした際、ロンドン・ヒースロー空港内とブリュッセル市内で飲んでいたので期待していたのです。実は、8月のお盆休みの期間、「ヒューガルテンホワイトの生ビール」を中部地方で初めて販売されたのですが、都合がつきませんでした。今回、伺ってみてわかったのですが、テイスティングルームの収容数は14名、昼は喫茶、夜はベルギーのビール・カフェのような雰囲気になります。店内にあるワインやベルギービールは販売価格そのままで飲めます。しかも、ベルギービールは専用グラス、ワインはショットツィーゼルとか使っていました。ただし、日本のビール(アサヒとか、キリンとか)を持ち込んで飲むことはできません。これは、この店のルールです。もし、日本のビールを持ち込まれる場合は、持込料1万円とか言っています。くれぐれもご用心願います。

 前回も書きましたが、私はこの店長のポリシーに賛同して、長年、通い、お付き合いしてきました。ベルギー・ビールの存在とその魅力を伝えたのは私なのですが、白雪酒造よりも早く個人輸入でベルギービールとビアグラスを仕入れ、高山どころか中部地方での普及を図ってくれているのです。しかも、この4月から専用のグラスで温度管理と泡の状態まで、現地と同様な気遣いを始められたのです。ただただ脱帽です。

 表面上は、ご自分の健康管理を理由にされているのですが、(大きな声では言えませんが、日本のビールは死んだ酵母菌が入っているという理由です)、日本のビールは一切飲まない事にしているそうです。居酒屋さんにしてもパブにしてもベルギー・ビールを持ち込み、祝儀不祝儀の席でも持ち込まれるそうです。当然、出入りを拒否される飲食店もありますが、逆に賛同者も増えてきているようです。ここまで体を張って販売促進されているアルコール販売関係者がおられますか。

 浜松市内(と、言うより全国レベルの話ですが)の居酒屋で、メニューに「生あります」と書かれていて注文すると「生発泡酒」という現実が当たり前のようになりつつあります。クレームを言うと、「お客さん、生ですよ。生ビールとは書いてありませんよ」と返され、それじゃ瓶ビールでいいから「生ビール」と注文すると、初めて「うちはビール、置いてません」というお答え。日本国中、間違っていませんか。言うたらいかんのですか。日本国内では本物のビールを飲んでいるのが贅沢で異常なのでしょうか。以前にもこのコラムに書かせていただいたのですが、日本国内のエンドユーザーのどなたが「第二のビール」「第三のビール」の製造をリクエストされたのですか。メーカーの方も含めて、ご存知の方がおられましたら教えて下さいませ。

 くわしくは、次のURLを覗いてみてください。
 http://www.waiwai-wine.com/

 

 

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