「ちりとてちん」? 実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。

さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

 Back Number 46〜50

「ディープなコペンハーゲン、その4 番外篇」

 清八でございます。
 さて、5月3日です。午前中は、昨日休館日で見学できなかった国立博物館に居りました。この建物は18世紀、後のフレデリック5世王となるフレデリック王子とルイーズ皇太子妃のために建てられたものですが、展示物は氷河期から現代までが三階まで各階ごとに分類されていました。特に古代デンマーク、グリーンランド、アラスカについての展示物は説明書きが全く読めなくても充分堪能できました。入館料は900円位 なのですが、毎週水曜日は無料入館日となるので、小学生や中学生の団体見学や校外授業の場所になるんだそうです。

 お昼は、バーガーキングで簡単に済ませて、今回の北欧ツアーのもう一つの目的地、スウェーデンのマルメ市まで出掛けました。このマルメ市は南スウェーデン最大の都市なのですが、2000年7月にデンマークとスウェーデンを隔ててきたオアスン海峡に全長16kmの橋が架かりコペンハーゲンと鉄道が結ばれ約35分で行けるようになっていたのです。ホテルからコペンハーゲン駅までは徒歩3分、往復の切符(約2,400円)を購入してマルメへ、途中の海上の橋からは海上風力発電の羽が見えます。この風力発電は横浜タイヤのCMで放映されているのでご存知だと思います。マルメ中央駅内の観光案内所で観光マップをいただいて運河の橋を渡ったところにボートツアー乗り場があり、デンマーククローネでもOKということだったので、飛び乗りました。所要時間約45分で市内の古い町並みを囲んでいるお堀を一周して見ることができたのです。船を降りてから、お堀側から見かけた公園とマルメ城へ行きました。この城は、円筒形の砦に守られたルネッサンス様式の城塞で周囲はお堀に囲まれていました。1434年の創建なので古城ですが、1937年に修復されて、現在では博物館として氷河時代からルネッサンス期にかけての考古学上の出土品が展示されているそうです。というのは入館しようとしたら、警備のおじさんに「もう、閉める時間だから」と言われて外観巡りで終わってしまったからです。オープンは12時〜16時という事をすっかり忘れていたのです。スウェーデンでは、シーズンオフはこのような時間設定になっているそうですので、自由行動の場合お気をつけください。

 駅に戻る経路には広場や繁華街もあり、レストランもたくさんあったのですが、クローナへの両替をしてなかったので断念しました。後からの情報では、このマルメ市内にもお寿司屋が2軒あるんだそうです。橋が架かって交通 が便利になったことによりコペンハーゲン市民の通勤者が増え、このマルメ市の昼間の人口はかなり増え続けているとのことです。経済的にお互いに豊かになっていく事は歓迎するが、お互いの文化が変わっていく事への危惧はどちらにもあるようでした。まだまだ、日本人の観光客は少ないため、13〜16世紀の建物が残っているこの町はお勧めの観光スポットです。

 コペンハーゲンへ戻ったら、又、ディナーの心配です。ところが、ホテルへの帰り道を変えたことにより「スモーガスボード」のテイクアウトのお店を見つけることができたのです。「その1」でご説明したのですが、この料理はオープンサンドイッチだとイメージして下さい。普通 、冷たい料理なのでランチ向きでディナー・コースには設定されておりません。ところが、このお店は遅くまでオープンしていたのです。しかも、ショー・ケースに出来立てが10種類ほど並べられていたので、会話の必要も無く、サーモン、ウナギ、チーズ、玉 子焼き、ハンバーグなど大量に買い込み、ホテルの部屋でのディナーとできました。

 翌4日は、朝食後、デンマーク・デザイン・センターで最新のデンマーク・デザイン作品を見学、そして今日は水曜日だったので無料入館日となっている「ニュー・カールスベア美術館」に入りました。この美術館は、カールスバーグの歴代社長の個人コレクションでエジプト、メソポタミア、ローマ、ギリシヤ等の彫刻、石棺、美術品は質・量 とも優れています。

 コペンハーゲンでの最終の食事は、空港内のオイスター・バーでのデンマーク産の「生牡蠣」としました。少し小ぶりでしたが、地ビールもシャンパンもあって雰囲気もお味も良かったです。今年は海外へ出掛ける機会が増えたのですが、空港内のレストランやバーでのアルコール飲料について、国際線のある日本国内の空港はレベルが低いのではないでしょうか。ビールにしても日本酒にしても、これぞ日本を代表する銘柄を必ず用意しておくべきではないでしょうか。日本人向けではなくて、海外からの訪問者に対して考え直されてはいかがなものかと、考えてしまいました。以前にも書かせていただきましたが、EUの本部はベルギーのブリュッセルにあります。ヨーロッパの「官」の中心になろうとしている街です。今回、訪れてみて感じたのは、デンマークのコペンハーゲンが近い将来「民」の中心になっていくという事です。明治初期に当時の先進的な若者が感じた「小国」への夢と期待が100年後、現実の世界になっていくという実態を同時代に感じられる幸せに感謝しています。

 長い北欧紀行レポートにお付き合いいただきまして、おおきにでした。

 

 

「ディープなソウル、その1」

 清八でございます。
 7月9、10、11日と韓国・ソウル市に行ってきました。もう皆さん、すでに充分にご存知の「名古屋セントレア空港」を朝9時50分のフライトで仁川空港へ、あの韓流ブームの真っ只中のソウルに到着しました。初日のお昼ご飯は何にしょうかと、ネットで調べて行ったのですがフライトの段階で大誤算でした。何と、1時間35分の間に、ビールは飲み放題、軽食以上の軽食が出てきたのです。それでも、税関チェックや空港から市内までの移動時間で約2時間、夕食までは時間がありすぎるので、食堂に立ち寄ってピョンヤンシッネンミョン(平壌式冷麺)とビビンバを食べることにしました。さっそく、もやしのナムル、ペチュキムチ(白菜)で地ビールタイムとなりました。この時間を使ってガイドさんと今日のスケジュールを決定、夕食は「土俗村」の参鶏湯、その後、「貞洞劇場」での韓国伝統芸能鑑賞としました。夕食までは市内観光とバーゲンセール中の免税店巡りとなってしまいました。

 ウェスティン朝鮮ホテルにチェックイン後、「土俗村」へ。予約してくれていたにもかかわらず、順番待ちという事で行列の一番最後に並ばされました。行列で待っている間に鶏を焼いているショーウィンドーを撮影しました。それでも約5分程で個室へ、ビールと参鶏湯、そしてチヂミを注文しました。このお店は、20年の歴史をもつ専門店で、ここのものは生後2〜3ヶ月の軟らかい若鶏に高麗人参やなつめなど30種類の具を詰め二時間ほどコトコトと煮込んだものです。味は塩で好みに調整しなければならない程、淡白です。当然、テーブル上にはナムルやキムチがこれでもかと言わんばかりに並べられていますので、交互に食べるとちょうど良いのかもしれません。現地では夏バテや食欲の無い時の必需品だそうです。日本でいうと「鰻」を食べて滋養アップといった感じです。

 夕食後、あわただしく飛び込んだ「貞洞劇場(チョンドンクッチャン)」は、97年から韓国伝統芸術を常設で公演している劇場です。前鼓、散調合奏、扇の舞い、サムルノリと国楽管弦楽の合奏曲、花冠舞、パンソリ、カヤグム並唱、三鼓舞、農楽ノリと連続して、90分これでもか、これでもかと感動が押し寄せてくる舞台でした。終演後は劇場前で観客と一体となってのレク・ダンスと記念撮影のサービスまでありました。このコースは絶対お勧めです。

 ホテルに戻ってから、歩いて2分のコンビニにビールとミネラルウォーターを買いに出たのですが、ポリエチレン袋が必要かどうか尋ねられました。廃棄物を削減するために、先ずは袋を渡さない、必要ならば一枚2円払ってください、という国の施策なのだそうです。かなり効果 が上がっているとのことでしたが、日本の団体客の方々は「タダじゃないのか」とか「サービスが悪い」とか、誤解された発言を繰り返されているそうです。そう言えば、コペンハーゲンでも袋は無かったし、スーパーでも無料の袋はありませんでした。今の日本では、強制的に「袋はありません」にしない限り、消費者側の積極的な取り組みは期待できないのかもしれませんね。ホテル前には、いつの間、屋台村状態になっていて、「森○朗様ご来店」と日本語で書かれた屋台は仮設テントなのに客席数30という大きさでした。

 二日目は、ホテル近くの「お粥専門店」での朝食後、チャングムのテーマパーク見学後、宮廷料理を体験するということになりました。次回にくわしくレポートさせていただきますが、韓国料理に対する私のイメージが「焼肉」と「キムチ」であったことに素直に反省し、食文化についての情報をまた一つ増やす結果 になりました。次回の予告編ですが、豊臣秀吉が「とうがらし」を持ち込むまでは、「辛い」「赤い」という料理ではなく、海の幸・山の幸を、いかに素材の旨みを保ったまま、調理し、飾りつけをして料理にしてきたのか、王様も含めて、普通 の料理とは何であったのかを知らされた旅でした。

 熱い日が続いています。スタミナ食とビールも程々に。

 

「ディープなソウル、その2」

 清八でございます。
 毎日、暑い日々が続いております。以前、ご紹介させていただきました「愛・地球博」の 北欧館には行かれましたか?ウクライナ館のレストランには、デンマークのTuborgの最高級ビールがありましたので、まだ機会がありましたら、ぜひ味わってみて下さい。余談ですが、一日の入場者が25万人になってしまったら、「穴場」も「時間帯」も関係ないでしょうね。

 さて、たいへん遅くなりましたが、ソウル編の続きです。二日目(7月10日)は、ホテル近くの「お粥専門店」での朝食後、チャングムのテーマパークを見学に行きました。この「お粥専門店」では「松の実粥」がシンプルでおいしかったのですが、「牡蠣としいたけ粥」が絶品でした。そして、ウェスティン朝鮮ホテルからチャーターした車で約40分程で、MBC楊州文化村内にあるテーマパークに着きました。2000坪の敷地内に大殿(デジョン…王の住む宮殿)、水刺間(スラッカン…王の食事を調理する台所)、退膳間(テソンガン…配膳を行う台所)、司_院(サオンウォン…宮中の食材を取り扱う官庁)など、テレビドラマ「チャングムの誓い」の撮影用に建てられた各セットと衣装・調度品・厨房内の食器、食材などが常時展示されています。夏休み以降は、日本からツアー・スケジュールに組み込まれているのですが、当時は現地でのツアーしかありませんでした。私は、このテレビドラマを第一話からかかさず観ているのですが、「女官篇」で水刺間(スラッカン)、退膳間(テソンガン)、司_院(サオンウォン)のシーンが多く扱われました。

 私は今でも、そうなのですが、テーブルまで運ばれた状態のお皿の上の完成品の料理よりも、食材をどのように調理していくのだろうというプロセスへの興味が多いにあります。しかも、電気もガスも電子レンジも冷蔵庫もフードプロセッサーも無かった時代に、どのように創りあげていったのか、興味は尽きません。以前、ヨーロッパの古城や貴族の館巡りを体験した折も、地下の厨房をくわしく見て廻りました。日本でも例えば、京都・島原の「角屋」の台所には大きな竃さん(かまど)が四つもあって、これは順番に茹でて、煮て、炊いて、…という料理手順まで描かせてくれました。

 さて、この「チャングム」では、総てが「宮廷料理」ですから、その季節の食材をあまり「ごった煮状態」にしないように、「温かい料理は、温かいうちに」「冷たい料理は、冷たいうちに」という基本に忠実に創らなければならないのです。もう一度繰り返しますが、電気もガスも電子レンジも冷蔵庫もフードプロセッサーも無かった時代にです。前回、これまで韓国料理を誤解していたと書きました。正直、「焼肉」「キムチ」「冷麺」「クッパ」「ビビンバ」だと思い込んでいました。ところが、この番組の厨房と料理シーンを見てから少しずつイメージが変わってきたのです。結果 、このテーマパーク・ツアーとなっているのですが。元々、「焼肉」が好きではないので、今回の二泊三日ツアーの中では、一度も「焼肉」を食べておりません。その代わりが夜の「宮廷料理」体験でした。 右の写真でご紹介。

 ちなみに、今回は七品とご飯とスープ、デザートのコースで、日本円で約5500円でした。お酒は、日本でもお馴染みの「真露」でしたが、韓国では水割りなどはしない為、度数 を弱くしてあるそうです。初めての「宮廷料理」でしたが、辛くも脂っこくもなく、日本の会席料理と同じでした。おそらく、これが普段の家庭料理であったのだと理解できました。 次の機会には、日本人観光客向けのレストランではなく、一般 の家庭料理店、居酒屋ツアー をしてみたいと思っています。

 

「落語のネタ帳、その11」

 清八でございます。
 「暑さ寒さも彼岸まで」毎年のように繰り返されるフレーズですが、正にそのとおり、秋の気配が感じられる今日この頃です。しかしながら、9月初旬の八ヶ岳の山荘では、すでに朝晩17度、戸隠の森では15度と晩秋の気温になっておりました。スポーツの秋、芸術の秋、 食欲の秋、いろいろ言うてますが、今回は「茶道」のお話です。

 蔵前の、さるご隠居さん。倅さんに代を譲りまして楽隠居、根岸の里の家を買い取りまして、お気に入りの定吉を連れまして、引き移りました。しばらくしますと、退屈で退屈でしょうがおまへん。風流な遊びをしようと定吉を呼びましたな。
「茶の湯をやろうと思うんだが、第一番にお茶碗の中に入れる、あの、青い粉が、なんだったのか、忘れてしもうてな」 「旦那さん、知ってます。お金ください」
お足を持たせると跳びだして帰ってきました。
「行ってきました」 「どこへ行って買ってきた?」 「角の乾物屋で、青黄粉を買ってきました」 「そうそう、青黄粉、よく思い出してくれた」
さっそく煮え立ったお湯をお茶碗に注いで、この青黄粉を入れてかきまわしますが泡が立ちません。
「まだ、何ぞ、入れたぞ」 「知ってます。お金ください」
また、跳びだしますと、また、何か持って帰ってきました。
「何を買ってきた」 「椋の皮で」 「おぅ、そうそう、椋の皮、椋の皮、これを茶釜の中へ入れると」 「わぁ、蟹が泡吹いてるみたいになっちゃった」 「かき回す手間がなくていい。さぁ、飲め」 「何です」 「定吉、飲みなさい」 「飲み方がわかりません」 「これはな、茶碗の両はじを持って目八分に持ち上げるな。ここでな、茶碗を三遍ゆすぶる。青黄粉が淀むといけないから。それから、この泡を向う岸へ吹きつけて、こっちぃ来ない隙を伺って、飲むんだ」 「へぇ、こうやって、吹いて、ごくん。こりゃ、風流だ」

  毎日風流だ風流だ、やってましたが、元は青黄粉と椋の皮ですから、二人とも下痢を催しまして、
「定吉、定吉」 「何ですか」 「昨夜はたいへんだったな。便所へ16回も行ったよ」 「あたしなんか、一遍でしたよ」 「えらいなぁ、一遍ですんだのか」 「へぇ、朝まで便所から出られませんでした」
これでは体をこわしてしまいますから、町内にご案内を出しまして、手習いのお師匠さん、大工の頭、豆腐屋さん、町内から犠牲者を集めます。いくらなんでも、青黄粉と椋の皮では集まらないだろうと、虎屋の羊羹をあつらえました。こうなると、お客も考えまして、お茶を飲んだふりをして、羊羹を懐に入れて帰ってしまいます。ご隠居さんも考えまして、サツマイモを一俵勝ってきました。これを蒸しまして、皮むきをして、すり鉢の中へ入れて、黒砂糖と蜜を入れてがらがらがらがら…。さて、これを型に入れて抜こうとしたんですが抜けません。しょうがないんで、灯油を塗って抜けるように工夫しました。これに利休饅頭と名前をつけたんですが、食べられる代物ではございません。被害者が続出、魔界の館と呼ばれております。

 ある日のこと、蔵前にいた頃の知り合いが訪ねてまいりました。
「ご隠居、この頃、お茶を お楽しみとか。ぜひ、私にも、一服」
犠牲者の志願が現れました。さぁ、待ってましたとばかり、入れたの何の、青黄粉と椋の皮をいつもの倍入れまして、
「さぁ、どうぞ」 「いただきます」
と口に入れたものの、とんでもない液体になっていますので、涙とともに無理やり飲み込んでしまいました。何か口直しは、と見ると、うまそうな利休饅頭、欲張って二つ取ってしまいました。一つを口に、あぐっとやると、とても食べられるものではありません。もう一つは、袂へ入れたんですが、灯油が襦袢の裏地へべっとり。あわてて、便所に駆け込みます。どこか捨てるとこは、と見たんですが、一面 の敷き松葉。もう少し向うは、と見ますと、一面の菜畑。ここならよかろうと、勢いをつけまして放り投げました。

 すると、菜畑にいましたお百姓さんの頬にべちゃ、「あぁ、また、茶の湯か」

 この噺は、浜松出身の瀧川鯉昇師匠の十八番なのですが、何と、お茶席で演じられて、大爆笑だったとか。

 

食育について、その1

 清八でございます。
 前回は「茶の湯」の一席を書かせていただきましたが、ラジオ岩手の投稿番組で次の話を聴いてしまいました。何で、ラジオ岩手を聴いているのかと言いますと、AMラジオ局として国内で初めてpodcasting送信をしていたからです。ここの共通 語と花巻弁と英語の番組はおもしろいですよ。

 さて、盛岡市内のある女性が東京都内の息子夫婦の家に二泊したんだそうです。初日の晩ご飯はご飯が茶碗に一杯、味噌汁も一杯、おかずは一品で漬物無し、お茶もコーヒーも無し。二日目の朝、ご飯が茶碗に一杯、味噌汁も一杯、おかずは目玉 焼きでサラダ無し、漬物無し、お茶もコーヒーも無し。二日目の晩ご飯もご飯が茶碗に一杯、味噌汁も一杯、おかずは一品で漬物無し、お茶もコーヒーも無し。三日目の朝、ご飯が茶碗に一杯、味噌汁も一杯、おかずは目玉 焼きでサラダ無し、漬物無し、お茶もコーヒーも無し。息子さんと話をしてみたら、残飯が出ないようにきっちり人数分作っているとの理由だったそうです。お茶とコーヒーは必要な時にコンビニでペットボトルで買ってくればいい、と言われたそうです。それがどうしたの、と言われる方もいらっしゃるとは思いますが、いかがでしょうか。浜松出身の瀧川鯉昇師匠から20年位 前に伺ったのですが、東京都内の知り合いのお宅で、「まぁ、晩御飯でも…」と誘われてお邪魔したら、カレーライスだけで、サラダも福神漬けもお茶も無かったという話を思い出しました。それも一軒や二軒ではなかったということでした。

 「茶の湯」という噺は、「茶道」が流派は別 にしても日常的にたしなみであり、お湯を沸かして茶葉をどのようにして旨味を出すのか、特別 な知識・技能では無かった時代に創られた噺なんです。ですから、パロディになっているのですが、「茶道」どころか家庭でお茶を用意できない状況が進んでいるようです。例えば、お祭りや冠婚葬祭などたくさんの方が集まってお茶出しの必要な状況で、茶葉をどのくらい準備したらいいのかわからない。実際にお湯の温度も量 もわからないし、急須が使えないとか、湯のみに注げないとか、そんな状況が拡大しているようです。(これらの話は、決して女性を対象にしているわけではありません)以前にも書かせていただいたのですが、以前「料理の鉄人」という番組があったり、今でも「どっちの料理ショー」があったり、レストランの紹介番組があったり、浜松市内でも「美食会」が開催されていますが、日々の食生活って本当はどうなんでしょうか。

 ちょっと政治的な話を書きます。あの郵政法案のドタバタの時に、「食育基本法」という法律が国会で成立しております。ご興味のある方は、ホームページで覗いてみて下さい。さて、 この法律ですが、簡単に書くと、もう大人に食材や調理、栄養について法律で規制したり啓蒙しても遅いから、保育園児の頃から教育として教え育てようという法律です。政府では来年度、具体的な方法を組み立てて、19年度から保育園・幼稚園・学校、家庭、地域、食品関係者など一斉に国民運動として展開させるそうです。例えば、「家庭における食育」としては、「保護者や子どもの食に対する関心と理解を深め、健全な食習慣の確立を図ります。」と規定されています。こんな事も予想されます。保育園児から中学生までの子どもさんのいる 一般の家庭には一週間の実際の献立内容を提出させて、栄養のバランス、調理内容をプロがチェックし、あまりにもひどい家庭にはお呼び出しがあったり、指導員が派遣されるかもしれません。また、プロのお店でも、コストを追及するあまり、食材を理解していなかったり、手を抜いていると思われるお店にも指導員が派遣されるかもしれません。「食文化の継承のための活動への支援等」としては、「伝統的な行事や作法と結びついた食文化、地域の特色ある食文化等、伝統ある優れた食文化の継承を図ります。」と規定されています。誠に、今の日本社会を検証された結果 の結構な法律だとは思います。

 ただ、今回の新人議員の発言にあったように、お茶を入れてくれる秘書がいて、通 常よりも非常に安価な議員会館や各省の食堂で食されたり、高級料亭や高級焼き鳥屋さんで食されている多くの方々には、この法律の内容をご理解されるのだろうかという危惧があります。この法律のプログラム、今後の影響については非常に興味がありますので、今後の定期的なテーマとさせていただきます。(堅苦しい内容ですみません)

 

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