「ちりとてちん」? 実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。

さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

 Back Number 21〜25


「ぼやき漫談…その1」

 清八でございます。
 お正月のテレビ番組で、若手のお笑いタレントさんたちが各テレビ局共通 のバラエティ番組で朝から晩まで、同じネタで時間つなぎをするようになって、それが不自然にも思えなくなってしまったと感じているのは私だけでしょうか。数年前から東京の番組でも漫才さんが出演者の殆どになってしまったのですが、関西では落語より漫才が主流でしたから、ずっとそうでした。 ディープな内容になりますが、漫才にもジャンルがありまして、楽器や音楽を取り入れた音曲漫才と会話だけのしゃべくり漫才、体力勝負のどつき漫才やスポーツ漫才、ものまね漫才…と、いろいろあります。しゃべくり漫才の中でもネタによって 夫婦ネタ、恋人ネタ、しゃれネタ、下ネタ、パロディネタなど様々なのですが、ぼやき漫才というジャンルがありました。人生経験豊富な方は、まだ覚えておられると思いますが、人生幸朗・生恵幸子というぼやき漫才、例えば、谷村新司の昴の歌詞をネタにして、「目をとじて、何も見えず…見えるかい、見えたら化けもんやないか」とぼやいて、「責任者出てこい」「お父ちゃん、そんな事言うてほんまに出てきたらどないすんねん」「ごめんちゃい」 こんな落ちで終わっていた漫才です。いつもいつも、グルメに関係ない、こんな仕込みが長くてごめんちゃい。

 本題に入ります。かつて「料理の鉄人」というグルメ番組があり、現在「どっちの料理ショー」がありますね。正月明けの放送でテレビに向かって思わず、突っ込んだのですよ.。 「最高級の米沢牛をコンビーフにしてカレーもんじゃ焼きの食材に使いなや」「何で、お好み焼きが2500円もすんのや」「料理の鉄人」も今から思い出すと、鉄人が交代・交代して終了に近づいてくると当日のテーマ食材とは関係なく、キャビアとフォアグラを使いまくっていましたよね。当時のフードプロデューサーと鉄人スタッフが決定して、審査員が評価していたんだから、ぼやかいでも、いちゃもん言わんでもええやないかと、お叱りを 受けると思います。何でも、功罪という社会への影響がありますよね。料理人もお客も今まで味わったり、想定できなかった素材・調理法に気付いて、より豊かな食生活へと変化 できたきっかけとなれば、結構でした。もちろん、一部の方は、その方向に向かわれたんでしょうが、残りの一部の方はどうだったのでしょうか。適切な調理法を理解しないで、珍しい食材にのみ着目して提供してしまって失敗されたお店もあったのではないでしょうか。ファーストフードからスローフードへという呼びかけがありましたね。どうなったのでしょうか。拒否はされなかったり、変化は少しずつ続いているとは思いますが、ファーストフードの食材や輸入食材に対して関心を持たれる人は増えたのでしょうか。国内の問題だけではなく世界的な問題に進展していくと思いますが、世界中に食材をエサか大量 生産の使い捨て商品のように定義している食品業者たちが現実に存在していて、商売を続けている事実を知って、自分と自分たちの家族を守るよう食品の情報を活用しましょうよ。子供の頃から食べ続けているけど問題は無いとか、昔の方が衛生が悪かったけど病気にならなかった。というご意見があります。当然、今の方がきれいで衛生的にシステム化されています。しかし、人工的な素材や大量 生産のための化学的方法は次々に進んでいます。今回の再SARS、アメリカBSEや鳥インフルエンザ問題をきっかけに子供の頃の食材 や地域の食材をもっと知っておこうと気持ちを新たにしております。

「ちょっと、おっちゃん」「なに」「今日は、えらい難しい固い話になってるけど、あんたは厚生労働大臣か。こんな事勝手に言うてて、怒られたらどないすんの」「言うたるがな」 「どない」「ごめんちゃい」

 

 

 

「何でだろう、なんでだろう」

 清八でございます。
 あっという間に、旧・正月も過ぎまして、2月の半ばになってしまいました。お正月の テレビ番組で連日連夜「何でだろう、なんでだろう」と笑いを振りまいていた二人組も、 一ヶ月も過ぎると、あの状況は一体「何だったろう」という程、露出度が減ってきました。 流行とは正にこういうことなんですね。でも、「ほかに感染例無し、で米、BSE調査打ち切り」に対しては、「何でだろう」を連呼してもいいのではないでしょうか。肉骨粉が飼料 として適切でないと国際世論が高まれば、牛以外ならいいのだろうと、勝手に豚や羊や鶏の飼料に転換してしまう管理体制、病原体が発見されれば発病を防ぐため抗生物質を添付した飼料を与えるその場しのぎ、安い食材が欲しいんだから、何の文句があるんだと、言わんばかりの大量 生産の国の商社・商人、「越後屋、そちも悪じゃのう」「いえいえ、お代官様ほどでは…」時代劇の世界だと思っていたら、正に現代劇の世界なんですね。

 三年前にニュージーランドに行った時、飛行機の遅れで半日潰れてしまいました。そのためか、他のツアー参加者たちはガイドツアーやオプションツアーをキャンセルされたんです。結果 、私たち夫婦二人のみの参加となってしまったため、運転者と日本人ガイドと 私たちだけという貸し切りツアーを体験できる形になりました。夜は、夜間動物園に行ったのですが、ディナー付でした。本来なら、バイキング形式だったのですが、他にお客の予約が入っていないという事で定食に変更されました。しかし、しかしですよ、メインの 肉は牛2枚、鹿2枚、ラム2枚のステーキ、スープがあって、ボール山盛りの温野菜、デザートはホールのケーキが3種類、しかも、これで足らなければ追加調理するという申し出、もちろん、丁重にお断りしました。肉が主食の方々は、こんな食生活なのかと、うんざりしたものでした。イギリスやアメリカ、オーストラリアでは、塩と胡椒のみの味付け ですから、さらに考えてしまいます。

 お叱りを承知で書かせていただきますと、連日連夜、マスコミではチェーン店の牛丼のカウントダウンを報道しておりますが、「アホちゃうか」ですよ。先ず、最初にクローズ すると報道したチェーン店ですが、国内初のBSE発生の時に、いち早く国内産をぼろくそに言って米産に切り替えた会社です。こうしたリスクは予測されていたはずなのに、被害者になろうとしています。マスコミも全国から「牛丼」が消えてしまうような報道をしていますね。これも「何でだろう」の一つではないでしょうか。国内のBSE発生以来、食品にもICタグを付けて、産地・履歴を明確にできるようなシステム化が進められています。旬も季節感も無くなって、必要となれば地球の裏側からでも取り寄せている時代ですから必要だとは思いますが、本末転倒のような気もします。生産者にしても商社にしても、輸出入業者にしても検査機関にしても、「やるべきことをやる」という姿勢が無かったら、事後処理のための科学技術は何の役にも立たないと思うからです。

 逆効果になってしまう危惧のためか、岐阜県内の飛騨牛の報道がされていません。国内産BSE騒動の時、まったく問題なく価格も安価であったためか、今回、商社や大都市の 業者に大量に買い占められ、地元で価格が高騰、品揃えが薄くなってしまったため、旅館・ホテル・レストランで提供できなくなっているのです。私の30年来の友人が飛騨萩原町 で21年前からユースゲストハウス「赤かぶ」という青年民宿を営んでいるのですが、ここの名物料理が飛騨牛のしゃぶしゃぶなのですよ。ところが、この影響で提供できなくなり、現在、飛騨豚を使った豚しゃぶに切り替えています。先日、食べてきたのですが、この「飛騨けんとん」しゃぶしゃぶに最適の肉でした。こんな書き方をすると、この豚肉も 買い占められてしまうと困りますので、ここまでとします。

ご興味のある方は、ホームページをご覧下さい。
 http://www.akakabu-wa.com/

 



「キッシュ、大好き」

 清八でございます。
  このコラムの一回目、二回目で「噺家です」と自己紹介をさせていただいたのですが、 実は、浜松西武百貨店の「City8」でイベントプロデュースの手伝いをしておりました。こんな事を書いても、もはや実在しておりませんので、何の事かおわかりにならない方も多いと思います。今のザザ・シティ西館の場所に西武百貨店がありまして、昭和56年9月に8階に椅子席で100人は収容可能というイベントホールがオープンしました。「地方の時代」というフレーズが登場した時代なのですが、販売促進のツールを超えた「音と映像とさまざまなアートの広場」というキャッチコピーとコンセプトに賛同して平成5年1月までお手伝いさせていただきました。

 今回も、こんな仕込みから書かせていただいたのは、私の経歴紹介ではなく、西武百貨店の地下にあったドイツケーキとキッシュの店を思い出したからです。記憶が曖昧でたいへん申し訳ないのですが、昭和59年から61年頃(これも不確かです)、当時、浜松市内では珍しいケーキ屋がありました。当時、三立製菓さんに指導に来浜されたドイツのマイスターさん(女性でした)が出店されていたという事でした。イベントプロデュースの打ち合わせや当日のイベント等で、月に10日間は店内に居りましたので、よくこのケーキ屋さんに通 っておりました。クッキーやタルト、レープクーヘン、キッシュトルテといった代表的なお菓子が並び、クリスマスシーズンになるとマルチパンやシュトレン、プレッシヒェンなど、当時としてはそのコーナーだけ特別 な雰囲気があって大好きな空間でした。そのお店では毎日ではなかったと思いますが、キッシュ・パイやキッシュ・ロレーヌが作られる日がありました。このお店でのキッシュが多分正式には初体験であったと思います。こんなおいしいものが、あったのかという感覚でした。おそらく1年か1年半で帰国されるようになりクローズしたのですが、それまでの間、ずいぶんと通 い、殆どのケーキ・お菓子を購入し、食べさせていただきました。拙宅での第一期の「わいわいワイン会」は、 ドイツワインのみで企画しておりましたので、このお店のケーキをメニューに加えた事もありました。

 こんな経験からキッシュが大好きになり、今でもデパ地下でキッシュを見かけると購入してしまいます。ホウレンソウ、たまねぎ、ベーコン、魚貝類、ゴルゴンゾーラ等々、どれも大好きです。

 今回、こんな想い出を書いたのは、当時の西武百貨店の地下にあった、このケーキ屋さんについて、何か覚えておられる方がいらっしゃったら教えていただきたいと思ったからです。お店の名前もマイスターの名前も忘れてしまいました、オープン年・クローズ年も 不確かです。でも、確かに存在していて、たくさん購入して、たくさん食べていました。 その後、「わいわいワイン会」を企画したり、フレンチやイタリアンのレストランに通 ったり、ヨーロッパへ観光旅行した時も、この時のキッシュが私のルーツになってしまったと言っても過言ではありません。

 このコラムをお借りして、今回は、お願いします。

 

 



「落語のネタ帳・食べ物編…その5」

 清八でございます。
 今年も桜の開花が早いそうでございます。そこで、落語ではお馴染みの「貧乏花見」の 一席で失礼致します。東京では「長屋の花見」といいますが、上方では「貧乏花見」この 「貧乏」が差別用語という解釈もされているのやそうですが、「長屋」もそうですわな。今は土地が高いんで上へ上へ積み上げて、マンションとかアパートとか言うてますが、昔は 土地が安かったんで横へ並べたんですな。この噺の裏長屋は、ゴーリキーの「どん底」の舞台を思い浮かべて下さい。家が菱餅のように歪んでいるので「三月裏」、年中裸で暮らしているんで「六月裏」、二十軒家があっても戸のある家は一軒しかない「戸無し裏」…。 家賃も今では月家賃ですが、昔の長屋の時代は日家賃というて毎日の家賃、ですから家賃滞納率の高いこと、高いこと。「徳さん、あんたとこ、家賃はどないなってる」「家賃については、親父の遺言がある」「何や」「うちの親父が死ぬ 時に、俺はこの長屋に移り住んでから一回も家賃を払うたことがない。どうか、俺が死んでも家賃だけは払うてくれるな、と涙を流して親の遺言…」えらい事、言うてますな。

 さて、朝方、天気が悪かったんで、仕事に出そびれてしまった長屋の住人、する事もないんで、表の通 りを眺めておりますと、ぞろぞろと人が通ります。「おい、あれ、皆どこへ 行くんやろな」「どこ、行くて、見たらわかるやないか。あら、皆、花見に行きよんのやな」 「そやけど、皆、ええ着物着てるで…」「そら、そやがな。花見に行くと言い上、この着物を見せたい、てなもんやろな」「皆、ええ着物着て、お重下げて、樽酒持って、結構な身分やなぁ。こっちは、汚い着物着て、それ見てぼやいてんねん。おら、もう嫌になってくるわ」「花見に行きたかったら、行たらええやないか。木戸銭いらん」「そやかて、酒が無いがな」「酒、無かったら、お茶持ってかんかい。向こう、酒盛りやったら、こっちゃ、茶か盛りや」「ご馳走が無いがな」「ご馳走言うけどな、今日、家に居てたかて、昼時分になったら腹減るやろ、腹減ったら何なと食べるやろ。それ、持っていったらええやないか」 こうして、この長屋第一回目の合同イベントが開催されます。

 「お〜い、長屋の衆、今日の朝礼や。今日、皆、仕事出そびれてるやろ。天気も良うなってきたし、皆で、花見に行こうと思うのや。そこで、一軒に土瓶にお茶入れて持ってきてや。それから、一品ずつ、ご馳走もってきてや」「俺とこ、ご馳走なんか無いで」「いや、 昼に食べようと思うてんので、ええのや」「そうか、そない言うのやったら、かまぼこが 二枚、あんのやけど」「えらい贅沢なもんがあんのやないか、出し」「オットしょ」「何や 笊に入れてきやがって、お前、これ、飯の焦げとちゃうか」「そやから、釜底が二枚や」 「かまぞこか、お前とこ、これがご馳走」「長いなり、が鉢に一杯あるねん」「長いなり、 お前、これ、オカラやないか」「そうや、オカラのこときらず言うやろ、切らなんだら長いなりや」「えー、そうめんいかんやろか」「ええがな、しゅっと入ってな」「…これ、醤油と違うか」「そうや」「いや、お前、そうめんて言うた」「そや、おかずが無い時、これ飯に かけて食うのやけど、これ箸ではそもうと思ても、なかなか、はそうめん」「おい、長生きはせんならんな。はそうめんちゅう食べもんがあるとは知らなんだで」 わぁわぁ、言いながら、お茶とご馳走が揃えられます。 「なぁ、皆で、ごじゃごじゃしてる間に、気のきいた奴は身なり改めてきたで。八卦見の 先生、やっぱご商売柄だけあって、黒の五ツ紋、黒紋付はよろしいな」「黒紋付に見えますか」「何でんねん」「いや、長屋の子供が手習いをした草紙の真っ黒になったやつを貼り合わせた」「紙の着物ですか」「羽織の紐は?」「こよりや」「辰つぁん、あんた、黒の洋服ですなぁ」「あっ、洋服に見えますか?」「何でんねん」「いや、何にも無いんで、裸に墨塗ったんや」「うわー、汗かいたらないようになるっちゅう服やで」「お梅はん、あんたの着物、 裾が無地で、上に模様があるけども、そんな着物いつあつらえたんや」「何、言うてなはんねん。わてとこ夫婦の間で、着物が1枚しかないがな。で、上はお襦袢着てな、下、何にもないのん頼りないさかい、風呂敷巻いて、ほいで間に帯しめたんや」「ええ、度胸やなぁ。 襦袢と風呂敷で道歩くちゅうがな。おい、頼むさかい、風呂敷落とさんといてや。軽犯罪法どころやないで、保健所が飛んで来るさかいな」  「なぁ、おい、この路地を出る時に、ひとつ皆で陽気に踊って出よか。ちょぃと、ちょいと、コラ、コラ、花見じゃ、花見じゃ」「折角やけど、それだけはやめさしてもらうわ。 酒も飲まんと、そんなアホらしいことができるかいな」

 これから桜の宮へと出かけ、騒動が持ち上がりますという「貧乏花見」のイントロダクションでございました。
 この噺は、私、好きなんですが、二人の男が企画を決める時に、「酒無かっても、ご馳走無かっても花見したらええのや。おい、心まで貧乏しなや、人間は気で気を養うことができないかんがな。」この場面 は、映画のワンシーンのように大切なフレーズとなっています。

 

 

Back Number
1〜5 6〜10 11〜15 16〜20  21〜25 26〜30 31〜35 36〜40
41〜45 46〜50 51〜55 56〜60 61〜65 66〜70 71〜75 76〜80
81〜85              

Copyright© MIZUTANI Co.